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第27話:竜と巨人

「あ、レオーー!」

 スターゲイト城の回廊を歩いていたセラは、向こうから歩いてくる人影を見つけて大きく手を振った。

 現れたレオは、普段の軽装の戦士用防具ではなく、全身を隠密用のしなやかな黒装束に包んでいた。その腰には、淡く青白い光を放つ細い鞭のようなものが巻かれている。

「セラ! また大活躍だったらしいな!」

「うん! それよりレオ、その服かっこいいじゃん! それに、その腰の武器、なに?」

 レオは少し照れくさそうに笑いながら、腰の鞭に手を当てた。


「『星の探索者(スターシーカー)』で鍛えてもらったんだ。闘気を紐状に固定して操作する技術を叩き込まれた。鎖のようにして敵を拘束することもできるし、網のように広げて衝撃を受け止めることもできる。異名は星の紐使い、『星結(ゆ)いのレオ』になったよ」

「おおー! いいじゃん、すっごく強そう!」

 セラが自分のことのように喜ぶと、レオは真剣な表情に戻り、セラの目を見つめた。

「俺はこれから、王妃様の命令で魔王軍の本隊の動向を偵察しに、アストラムの外へ出る。魔将を倒したことで、敵が大きく動く可能性が高いから」

「そっか……。気をつけてね、レオ。アタシたち、また冒険に行けるよね?」

「ああ、行けるさ! セラも王都の守りを頼むよ」

 二人はかるく拳を合わせ、それぞれの無事を祈って別れた。


*


 レオと別れ、王城を出る途中、セラは曲がり角で小さな人影とぶつかった。

 大きなうずまき眼鏡の小柄な少女。重力魔法の研究者、エミーだ。エミーは悲鳴と共に、床にたくさんの資料をぶちまけ、派手にすっ転んだ。

「わ、ごめんごめん! 大丈夫!?」

 セラはエミーを助け起こし、資料を拾うのを手伝った。

「ほえぇぇぇ……。いえ……! こちらこそ! 考えごとをしていて……」

 エミーは放心状態から立ち直り、しゃっきりと起き上がって、お詫びのお辞儀をする。

「エミー、だね。今日は、天井に貼り付いてないんだね」

 セラがにっこりと笑いかける。魔法師団を視察した時に会った、研究熱心な少女だ。

「あ、セ、セラさん! このたびも、とんでもないご活躍だったそうで……!」

 エミーが眼鏡を直しながら、会った時と同じ、へにゃりとした笑顔を向ける。

「うん! いま傭兵団にいるんだ。魔法師団のみんなも、すごかったよー!」

 エミーは嬉しそうに頷きながらも、気になることがあるようで、そっと目を伏せる。


「戦争が、はじまるのですよね……。私も、何か役に立たないと……。街が、王都が……」

 悲し気な少女の姿に、セラの胸が痛んだ。誰もが勇敢で、戦う力があるわけじゃない。エミーのように、否応なく巻き込まれてしまう人たちもいるのだ。

「心配いらないよ。みんなも準備を始めてる。エミーは、エミーのできることをすればいいよ」

 セラはやわらかく微笑んで、エミーの頭を優しく撫でた。

「セラさん……。私、いま、重力魔法の効果を魔道具に込める実験をしていて。あとほんの少しで、カタチになりそうなんです。もし出来上がったら、いちばんにセラさんで実験――じゃなくて、使ってみてほしくて……」

 エミーはおずおずと、しかし力を込めてセラに言った。


「いいよ、もちろん! アタシ、頑丈さだけは自信があるから! ……エミーは、自分で何でもやろうとしちゃダメだよ。こんなにちっちゃいし軽いんだから、どこかに飛んでっちゃうよ!」

 セラはエミーの脇の下に手を回し、その体を軽々と持ち上げた。

「はわぁぁぁぁーー! 下ろしてくださいぃぃぃ……」

 エミーは体をバタつかせて必死に空中を泳ぐ。セラはエミーを優しく地面に下ろし、またね、とウィンクして、その場を後にした。


*


 その後、セラは傭兵団の露営地に戻ったが、そこにはこれまでとは異なる、張り詰めた空気が漂っていた。

 先遣隊で大活躍したライサの名声と、セラの「魔神殺し」としての噂は王都中に広まり、傭兵団の評判、そして兵たちの士気は天を突くほどに高まっていた。しかし、迫り来る魔王軍との総力戦という現実を前に、団員たちの思いは様々だった。

 所詮は雇われの身。国と命を共にする義理はないと、さっさと荷物をまとめ、他国へ流れていく者たちも少なくなかった。


「……去る者は追わず、だね」

 焚き火の前で大剣を手入れしながら、ライサが静かに呟いた。

「ライサは、寂しくないの?」

 セラが尋ねると、ライサは自嘲気味に笑った。

「傭兵なんて、そんなもんさ。アタシだってそう。忠誠心で戦ってるわけじゃない。……だけどね、アタシはこの国とコルダの旦那に、大きな恩があるのさ。行き倒れ寸前だったアタシたちを拾って、居場所をくれた。だから、アタシはここで戦うと決めてる」

 ライサは立ち上がり、残った傭兵たちを見渡した。

「いいかい、お前ら! 戦うからには、何が何でも生き残るんだ! 死んだら報酬も受け取れないし、旨い酒も飲めない。生き残ること、それがアタシたちの唯一のルールだよ!」

「おおおおおぉぉぉッ!!!」

 ライサの檄に、傭兵たちが力強く応えた。

 残った傭兵の士気は高い。コルダやライサ、セラの姿を見て、この部隊にいれば、きっと何かを手にできる、何かを成し遂げられるはずだと、固く信じる者たちだった。


*


 その直後、王城に戦慄の急報がもたらされた。

 偵察に出ていた「星の探索者」が、王都の北西と南東の二箇所で、大規模な隠蔽魔法の痕跡を発見したという。そして、発見とほぼ同時に隠蔽が解除され、そこから小さな町ひとつ分に相当する巨大な「瘴気だまり」が出現したというのだ。


「報告します! 北西の瘴気だまりより、巨大な火竜(ドラゴン)が出現! 南東の瘴気だまりからは、一つ目の巨人(サイクロプス)が出現しました! それぞれ多くの魔獣を従え、王都へ向けて同時に進撃を開始しています!」

 円卓に緊張が走る。妖魔神フォベトールが仕掛けた、王都への同時挟撃作戦だった。

 しかも、それぞれが王都から目視で確認できるほどの近さだ。人の足でもほんの数刻の距離であり、対象が巨大であることを考慮すれば、即断即決で応戦しなければならない。

 王国は初手から喉元に刃を突き付けられるかたちとなった。しかも、二本同時に。


「城壁の防衛結界を発動! 遠隔魔法で迎撃せよ!」

 魔法師団長アマテアの指揮のもと、王都に巨大な魔法の結界が展開された。

 結界の内部からは、光の矢や星石の魔法が放たれ、魔獣の軍勢を襲った。しかし、小型の魔獣は倒せても、進撃の主軸である火竜や巨人の足は止められなかった。

 バリスタやカタパルトといった兵器も、対象のあまりの大きさに、限定的な戦果しか生み出せていない。

 星の魔法によって平和を享受してきた王国に、未曾有の危機が訪れていた。 

 二方面からの巨大な魔物による挟撃は、極大の威力を持つ【メテオスウォーム】をどちらに撃つかの選択を迫ることとなった。

「陛下……。ご決断を仰ぎたく……」

 アマテアが、緊迫した声で告げる。

「王妃殿下の【メテオスウォーム】は、一度放てば再使用に時間がかかります。どちらか一方を、速やかに、確実に仕留めるために使うべきかと」

 コルミィ王妃は息をのみ、円卓に広げられた地図を見つめた。

 北西のルートは、もとより魔王軍の領地の方角であり、王都の防壁も頑強。しかし、南東のルートは平原であり、防壁も守りも手薄だった。

「……南の巨人を叩きます。ルサーノ、騎士団で巨人を足止めしてください。そこに、隕石を落とします!」

「御意! 一命に代えても!」

 ルサーノ率いる第一騎士団が、南の門から出撃した。強固な盾の陣を形成し、迫り来るサイクロプスの進撃を文字通り肉の壁で受け止め、足元を走り回って撹乱した。

 巨人は力こそ強いが、動きは鈍重だった。騎馬を追い、盾兵を押し退けようとするが、騎士たちの巧みな陣形変化により、大振りの攻撃は、ことごとくかわされていた。

 巨人の足は、次第にもつれ、大きくふらつきはじめた。その足先に突撃騎兵のチャージが直撃し、巨人は前へとつんのめり、膝をついて動きを止めた。

 角笛の合図が響き渡り、騎士たちが巨人の周りから一斉に離脱した、その時。


「我らを護りし星々よ、星を奉ずる我が国に仇なす、邪悪なる者に降り注げ! ――【メテオスウォーム(流星群墜)】!!!」

 コルミィ王妃が天に向けて杖を掲げると、天空の一辺がぐにゃりと歪み、光り輝く無数の隕石群が召喚された。

 隕石は流星雨のように激しく巨人の軍勢へと降り注ぎ、轟音と共に何度も大地を揺るがした。

 赤熱した隕石の連撃を食らい、一つ目の巨人は声を上げる間もなく、降り積もる巨石の山の下へと埋もれていった。


「……南の巨人は進撃を停止! しかし、北西の火竜が防壁に迫っています!」

「北は我らで食い止める! 出るぞ!」

 コルダ王とライサ率いる傭兵団が、北の防壁の外へと打って出た。

 魔法師団の支援魔法を受け、コルダとライサは獅子奮迅の働きで竜の周囲の魔獣たちを屠り、巨大な火竜へと肉薄する。

 しかし、火竜の強大さは次元が違っていた。

 身の丈は王都の大聖堂ほどもあり、赤黒い鱗はどんな刃も弾き返し、口から吐き出される高熱の炎は周囲の地面を焼き払った。

 ライサやコルダの剣をもってしても鱗を破ることすらかなわず、侵攻をわずかに遅らせることしかできなかった。


*


「もっと早く、こうすべきだったのだ」

 妖魔神フォベトールは、魔王城の私室で独り呟いた。

「街ごと廃墟になるであろうが、死霊(アンデッド)どもの棲み処にすればよかろう……」

 “影”による暗殺や内乱の扇動、魔将による奇襲は防がれた。となれば、災害級の魔物による完膚なきまでの破壊こそ、無慈悲な魔王軍の名に相応しい。

 【メテオスウォーム】の威力は確かに絶大だが、短い時間に何度も使うことはできない。包囲戦や挟撃に弱いことを見通していたフォベトールは、何年も前から、王都の周辺に召喚用の門(ゲート)を潜ませていたのだった。


「……流星妃は、やはり、巨人を撃ったか」

 水晶球で戦況を見つめながら、フォベトールは妖しく微笑む。

「南の戦線は、もとより捨て駒。もう星は墜とせぬぞ。あの邪悪な火竜と、どう渡り合うつもりか……」

 フォベトールは、たまらない、という様子で、愉悦の表情を浮かべる。

「火竜は強いぞ。作りものの合成獣(キマイラ)とは、ものが違う。せいぜい足掻くがよい。それにまだ、『奥の手』もあるゆえな……」

 フォベトールは立ち上がり、足元に広がる亜空間の渦の中に、ゆっくりと沈んでいった。


*


「はあああぁぁぁッ!!!」

 ライサが咆哮を上げ、獣人ならではの爆発的な跳躍力で火竜の側頭部へと迫った。

 全体重を乗せた大剣の一撃が、火竜の首筋へと叩きつけられる。しかし、鳴り響いたのは肉を切り裂く音ではなく、鉄と鉄が激突したかのような、甲高い金属音だった。

「チッ! なんて硬さだ!」

 手応えすらなく弾かれた大剣を握り直すライサに、火竜の巨大な眼球がギロリと向けられる。直後、大気をも焦がす超高熱の炎のブレスが至近距離から放たれた。


「ライサ、避けんか!!」

 背後から飛び込んできたコルダが、ライサの体を抱きかかえるようにして地面を転がった。

 二人が直前までいた地面は、熱波によって一瞬で赤黒い溶岩へと変貌していた。

 間髪入れず、火竜が巨大な爪を激しく横に振り払った。風圧だけで足が浮きそうになるほどの、強烈な一撃。コルダは黄金に輝く大剣にありったけの闘気を込め、その一撃をかろうじて受け流した。

 重々しい激突音と共に、大剣が大きくしなり、衝撃が全身を襲った。コルダは苦痛の叫びを上げながら、大きく後方へと弾き飛ばされた。

「旦那ァッ!!」

 ライサが振り返って、コルダの様子を確かめる。

「……ワシの心配をしている暇はないッ! 来るぞ!」

 コルダは大剣を支えに立ち上がったが、その肩は激しく上下し、手は痺れ、感覚が失われていた。


 剣も、槍も、魔法の矢も、この鉄塊のごとき巨竜の前は、いばらの棘ほどの効果もないようだった。

 火竜はただまっ直ぐに歩みを進め、大地を灼き、兵士たちを薙ぎ払い、その牙を王都へと近づけていく。


*


「アタシが、あのトカゲをブン投げてやる!」

 セラは火竜の足元へ飛び込み、その太い後ろ脚をがっちりと抱え込んだ。背筋に渾身の力を込め、なんとか持ち上げようとする。

 しかし、さすがに竜は重すぎた。

 人が山を持ち上げようとするかのごとき、絶対的な重量差を前に、セラの強化された肉体をもってしても、火竜の脚は一ミリも浮かなかった。

 しかし、セラも諦めない。せめて火竜をこの場に留めようと、顔を真っ赤にして踏ん張り、全身全霊で竜の脚にしがみつく。


 火竜は足元に絡みつくセラを鬱陶しそうに見下ろすと、難なく蹴り払い、巨大な尾を鞭のようにしならせて強烈に薙ぎ払った。

 直撃。闘衣の防御性能を突き抜ける極大の質量、そして重量による、圧倒的な衝撃がセラの全身を襲った。

 セラは砲弾のように吹き飛ばされ、傭兵団の展開する陣地を越えて、街の入口近くの防壁まで吹き飛んでいった。


《警告:肉体の損傷が【超回復】の許容限界を超過。再生時間を算定……ちゅ、ちゅぅぅぅ……》


 脳内に響く無機質で不気味なアナウンス。

 全身の骨が砕け、内臓が破裂し、息をするたびに血が口から溢れ出る。この世界に転生して経験した中で最も重い、瀕死の重傷。視界が急速に赤く染まっていく。

(ぐっ、はっ……。き、効いたあぁぁッ……。ひっさしぶりに、死んじゃいそう、なんだけど……)

 強烈な痛みと苦しさ、そして、急激に重くなる体。自分が生死の狭間にいることが、全身から伝わってくる。

(あのトカゲ、でかすぎるって……。投げられないんじゃ、アタシの技、通用しないじゃん……)

 狭まる視界の隅に、猛々しく咆哮し、王都の壁へと迫る火竜の姿があった。街に近づくにつれ、その巨大さは、より一層圧倒的に、非現実的に感じられる。


「セラ!!! おい! しっかりしろ、セラ!」

 意識が朦朧とする中、黒装束を血と泥で汚したレオが走り寄ってきた。その背後には、うずまき眼鏡を涙で濡らしたエミーもいた。

「セラさん! こっこれ……、これを、試してほしいの!!!」

(この子は……、あの研究者の子? 実験しようとは言ったけど、いま、なの……?)

 エミーが震える手で、セラに金属製のブレスレットを差し出す。腕輪型の魔道具の試作品だという。

「私が作った『重力の腕輪(グラビティ・ブレス)』! これを使えば、一時的に自分の体重を軽くしたり重くしたりできるはず! 試作品で、まだ試したこともないんだけど……」

 エミーが一生懸命に話しているようだが、セラは意識がはっきりせず、言葉が頭に入って来なかった。

 こんな時、どうしてたっけな、と、セラは前世の記憶を手繰っていた。見上げるほどに大きな相手。超重量級のパワータイプ。しかも今回は、一発もらえば即死級だ。

 大きい奴は重心が高い。タックルで倒す。これは無理だ。竜は四つ足で重心も低い。

 重い奴は足が弱い。足を刈って倒す。これも無理。ビクともしなかった。

 それなら打撃か、関節か……と考えたところで、改めて、さっきのエミーの言葉が頭をよぎる。

 重力の、腕輪。「重力」。その瞬間、セラの脳裏に、前世で得意としていた数々の空中殺法(ハイフライ・ムーブ)の光景がフラッシュバックした。

(……? あっ……! そうか! 投げられないなら、飛べばいいじゃん……)

 歪む視界の中、防壁の上から、小さな隕石を必死に墜として竜を牽制している魔術師たちの姿が見える。

 もし自分が、このあたりで一番高い場所から身を投げて、この腕輪で重さを増して、自分自身を竜の脳天に叩きつけることが、できたら……。


「レオ……アタシを、あの塔の一番上まで運んで……」

 セラは口元の血を拭い、激痛に耐えながら、王城の最も高い場所にある監視塔を指さした。

「大丈夫。ちゃんと回復してる。もう少し時間がかかるけど……。考えがあるの。アタシの、一番の得意技を、見せてあげる……よ!」

 セラの瞳に再び闘魂の炎が宿るのを見て、レオは力強く頷いた。

 いつだってそうだった。こいつは絶対諦めない。どれだけやられても、何度でも立ち上がってくる。

「わかった! 俺のロープで、一番高いところまで引っ張り上げてやる!」

 レオは腰の「星紐」を伸ばし、監視塔の天辺へと引っ掛けた。瀕死のセラを抱きかかえ、二人は王都の命運をかけた最後の跳躍のため、塔の天辺へと登り始めた。

お読みいただきありがとうございます!

この作品を見つけてくださったこと。1話でも読んでくださったこと。奇跡のように嬉しいです。

【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】もどうぞよろしくお願いいたします!

( ͜ ★ ・ω・) ͜ ★

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