第26話:嵐の前の円卓
「お、おいおいおい……。嘘だろ……」
瘴気の霧が晴れた廃村の広場で、一人の傭兵が呆然と立ち尽くしていた。
彼の視線の先には、胸部まで地面へ垂直に突き刺さり、墓標のように大地に埋まった魔神将ドラウグの姿があった。
周囲の傭兵たちや駆けつけた騎士、魔術師たちも、顎が外れそうになるほどあんぐりと口を開け、その光景を見つめていた。
セラは、武器も使わず、ただその体ひとつで、魔王軍の将軍クラスを文字通り地面に葬ったのだった。
「ハッハッハ! 見事なんてレベルじゃないねぇ。セラ、お前、本当にとんでもないおてんばだ!」
ライサが金色のたてがみを揺らして豪快に笑い、セラの肩をばしばし叩いた。
「へっへー。アタシの必殺技、きれいに決まったね!」
セラが胸を張ると、傭兵たちが一斉にどよめき、歓声を上げた。
「おい、今夜の酒場は大盛り上がりだな!」
「キマイラの首をとった姉御に、魔神将を地面に突き刺したお嬢! 傭兵団最強の『姉妹』万歳だ!」
彼らはセラを温かく、そして熱狂的に迎え入れた。
実力と度胸で人をはかる傭兵たちにとって、セラは文句なしの称賛の的となった。ライサもセラを気に入り、二人は傭兵たちから愛着を込めて「姉御」「お嬢」と呼び慣らされるようになっていった。
魔法師団の魔術師たちによって廃村の「瘴気だまり」の浄化処理が完了した後、一行は王都アストラムへと帰還した。
スターゲイト城の壮麗な円卓会議室。そこには、国王コルダ、王妃コルミィを筆頭に、騎士団長ルサーノ、魔法師団長アマテア、そして傭兵団代表のライサが集まっていた。
「――以上が、先遣隊の調査、及び討伐の報告です」
ライサが報告を終えると、会議室に重苦しい沈黙が流れた。
ルサーノは腕を組み、厳しい表情でセラを見つめた。
「魔神将ドラウグを一騎打ちで倒すとは……。セラ殿、君の武勇には敬意を表する。私の懸念など、君の強さの前には不要であったな」
「あら、だから言ったでしょう?」
アマテアが眼鏡の位置を直しながら、知的な笑みを浮かべた。
「彼女の『超受身』と『超回復』は、この世の奇跡のような能力よ。暗黒魔法や呪いすら無効化するとなれば、魔神ごとき、相手にもならないでしょうね」
「だが、手放しで喜んでばかりもいられんな」
コルダ王が低い声で言い、円卓に手を置いた。その目は、憂いの色を帯びていた。
「奴らの仕掛けた罠だったとはいえ、魔王軍の幹部である将軍を討ったのだ。このまま黙しておるはずがない。必ず、我が国への復讐を企てるであろう」
「ええ、その通りですわ」
コルミィ王妃も同意し、美しく整った顔を厳しく引き締めた。
「廃村の戦いは前哨戦に過ぎません。本隊の侵攻に備え、国全体の防衛体制を整えなければ……」
コルダ王はすぐさま、各隊の長へ具体的な軍備の指示を下し始めた。
「ルサーノ、第一騎士団は王都の外壁の確認と、住民の避難場所の確保を急げ。武具の備えはもちろんだが、食料や薬、兵站も再確認しろ」
「ハッ! 直ちに!」
「アマテア! 魔法師団は魔力炉の充填を急ぎ、王都を覆う防壁の展開に備えよ。また、遠距離攻撃の魔法陣の準備も怠るな」
「了解したわ。魔術師たちを総動員するわね!」
「ライサ! 傭兵団は王都周辺の巡視と、街道を通ってくる物資の警備につけ。冒険者ギルドとも連携して緊急時の徴兵の手はずをとれ」
「おうよ。任せな、団長」
「コルミィ、『星の探索者』にも急報を。情報は何より貴重だ。魔王軍の動向、侵攻ルートの偵察を」
「はい、陛下。それでは、皆、決してぬかりなく」
王妃の瞳には、強い決意の光が宿っていた。
円卓からは一人、また一人と、それぞれの備えのため、各隊の長が退席していった。
*
同じころ、王都アストラムの遥か北方。
黒い雲と絶え間のない落雷に覆われた、魔王領の最深部にある「魔王城」。
その玉座の間は、一切の光を拒むような絶対的な闇に包まれていた。
玉座に座る「魔王」の姿は濃密な黒霧に覆われ、二つの赤く昏い光だけがその存在を示している。
玉座の前で、一人の魔族が不気味に光る水晶球を手に平伏していた。
彼の名は、妖魔神フォベトール。魔王軍の幹部であり、“影”と呼ばれる暗殺者たちを束ね、魔物の召喚と使役を得意とする魔術師だった。
「……ドラウグが死んだと、そう申したか。フォベトールよ」
玉座の闇から、地を割るような超越的な重低音が響いた。
「はっ、魔王陛下。ドラウグは己の策に溺れ、人族が擁する新たな怪物『オーガの女王』に返り討ちに遭いました。魔将の面汚しにございます」
「実に、いまいましい。虎の王も、流星妃も、その鬼の女王も、な。……フォベトールよ、時は来た。王都アストラムへの侵攻を命ずる。あの都を、人の生きられぬ地にせよ」
「御意に、陛下。このフォベトールの智略をもって、アストラムを奈落の底へ沈めてご覧に入れましょう。偉大なる陛下より賜りし、強大な魔物たちの力で……」
フォベトールは水晶球を見つめ、不気味に嗤った。
彼には、既に王国を滅ぼすための策があった。
「流星妃の【メテオスウォーム】は人族最強の魔法ですが、ひとたび放てば膨大な魔力を消費し、しばらくは再使用できませぬ。さらに、あの『オーガの女王』は一対一の格闘戦では無類の強さですが、『ドラゴン』や『サイクロプス』のような超大型の魔物となれば、さすがに掴んで投げるわけにはいきますまい」
フォベトールは水晶球を舐めるように撫でる。その中では、王都を蹂躙する巨大な竜と巨人の幻影が浮かび上がっていた。
「所詮、人など小さく脆きもの。アストラムの命運は、もはや魔王陛下の手の中。……フフフ、ハハハハハ!」
暗黒の玉座の間に、妖魔神の邪悪な笑い声が響き渡る。魔王軍による大侵攻のカウントダウンが静かに始まったのだった。
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