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第25話:星の破壊者

 廃村の広場は、二つの激烈な戦闘によって、巻き上がる土煙と怒号の渦に包まれていた。

 一方の戦場では、不気味に巨体を揺らす合成獣キマイラが、獅子の頭から火炎を吹き出し、尾の毒蛇が鋭い牙を剥いて傭兵たちを威嚇していた。


「気色の悪いデカブツめ! 舐めるんじゃないよ!」

 ライサが雄叫びを上げ、気合一閃、背中の大剣を力任せに両手で振り下ろす。風を切って放たれた重い一撃が、キマイラへと叩きつけられる。肉を断つ鈍い音が響き、獅子の頭が苦悶の声を上げる。

「へへっ、姉御、同士討ちですかい?」

 双剣使いが愉快そうに軽口を言う。ライサは獅子の獣人だ。

「あんな“混ざりもん”と一緒にするんじゃないよ! 無駄口叩く暇があるなら、尻尾の一本くらい切り落としてきな!」

 彼らは幾多の死線をくぐり抜け、その身ひとつで生き延びてきた歴戦の戦士たちだった。

 傭兵たちは散開して魔獣の注意を分散し、機を見て足や尾を狙い、その巨体のバランスを崩そうとしていた。最後方に控えるコルダ王は鋭い闘気の斬撃を放ち、キマイラの脇腹を深く切り裂く。負傷者の治療には魔法師団の魔術師たちがあたり、護りの魔法は炎や毒を防ぐ壁となっている。

 彼らは想定外の怪物との遭遇にも決して慌てず、的確に状況に対応し、互角以上の戦いを繰り広げていた。


 しかし、もう一方の戦場――セラと魔将ドラウグの一騎打ちは、誰にも予想できない、目を疑う展開となっていた。


「ハァァァァッ!!」

 ドラウグが禍々しい黒炎の大剣を狂ったように振り回し、セラに斬りかかる。

 さらに、ドラウグの指先から放たれる暗黒魔法【死の黒炎】、触れた者を内側から腐らせる【魔蝕の霧】、そして対象の自由を奪う【呪いの怨鎖】が、次々に、容赦なくセラを襲った。

 だが、セラは避けることすらほとんどせず、一歩ずつ魔将へと近づいていった。

 まったく効いていないというわけではない。斬撃はわずかにセラを身じろがせ、黒炎は闘衣の表面で激しく燃え散り、毒がセラの全身に紫の斑紋をつくる。

 呪いの鎖は全身に巻きつき四肢に食い入るが、セラは意に介さずに歩み続け、忌まわしい鎖を引きずり、引きちぎっていく。


 歩むほど傷つき、だが、歩むほど癒え、強くなっていく。

 魔将に手が届くところまでたどり着いた時には、セラの体は何事もなかったかのように、元通り光り輝いていた。

「な、何者だ、お前は……! 剣も、魔法も、毒も、呪いも……。なぜ一切効かぬ!」

 セラはおもむろに魔将の顎をくいっと掴み、さながら口づけをするような体勢となる。

「……!?」

 予想外の事態にドラウグは怯み、かっと目を見開く。

「はい、一発目ぇッ!」

 顎が上がり、ガラ空きになった魔将の胸板へ、セラの渾身の逆水平チョップが叩き込まれる。

 漆黒の鎧を貫通し、肉と肉が激突する、凄まじい爆音が響き渡る。ドラウグは胸を砕かれ、広場の端まで一気に吹き飛んだ。


「……がっ、はっ……!? なんだ、この威力は……ッ!」

 黒い血を吐きながら立ち上がろうとするドラウグの目前には、既にセラの影があった。

「二発目ぇぇッ!!」

 再び顎を掴み上げられ、無防備になった胸元へ、一発目を超える威力のチョップが炸裂する。

 肋骨が軋み、魔将は再び地面を転がった。誇りは完全に打ち砕かれ、絶望が全身を駆け巡る。

「ま、待て……! 話を聞け……!」

 懇願するドラウグの額をむんずとつかみ、セラはにっこりと笑う。

「ヤダ。いっくぞぉー! 三発目ぇぇぇッ!!!」

 容赦のない三連撃の手刀が、ドラウグの胸板を完全に破壊した。

 バキバキと凄まじい音が響き、ドラウグの胸はセラの腕の形に無惨にひしゃげていた。

 ドラウグは、もはや立つこともできず、膝立ちでうずくまっている。


 その片膝を、セラは正面からおもむろに抱え上げ、足と首元をがっちりとクラッチし、フロントヘッドロックで抱え込む。

 セラの脇の下にあるドラウグの顔あたりから「えっ……?」という、か細い声が漏れる。

「じゃあ、次。はい、一回目ぇッ!」

 その体勢のまま、セラは勢いよく体を後ろにブリッジし、丸まった魔将の体を大地へ叩きつける。プロレスにおける最も美しい投げ技のひとつ、フィッシャーマンズ・スープレックスだ。

 投げ終わっても、セラはホールドを解かない。

 そのままくるりと回転して立ち上がり、最初の姿勢に戻る。そして、再び投げる。

「二ッ回目ぇぇッ!!」

 二度目のスープレックスが炸裂し、地面が更に激しく陥没した。

 セラのクラッチはまだ解かれない。


「……アンタをここにぶっ刺して、アタシの記念碑にするね」

 魔将は、言葉にならない呻き声をあげている。

 セラはクラッチを固く維持したまま、ドラウグの全身を、今度は後方に投げるのではなく、天に向かって垂直にリフトアップした。

 ドラウグの巨体が、頭を下にした状態で空中に完全に固定される。

「これで、最後ッ! 決めるぜぇぇ、アタシの星墜としぃぃッ!!!」

 セラはそのまま、全体重をドラウグの脳天に乗せるように勢いよくシットダウンした。ドラウグの頭部が地面へと垂直に突き刺さる。変形式のフィッシャーマン・バスター、スター・クラッシャーだ。

 廃村全体を揺るがすような大轟音が鳴り響き、砂煙が天高く舞い上がった。


 クレーターのようになった陥没地の中心で、ドラウグは胸のあたりまでまっすぐ地面に突き刺さり、ピクリとも動かなくなっていた。

 魔王軍の将の一角が、文字通り地に墜とされた瞬間だった。


*


 セラは息を吐き、周りを見渡す。

 セラの怒りは、自分を「オーガ女」と侮辱されたことだけではなかった。広場の向こうに、ドラウグとキマイラに襲われた馬と騎士たちが倒れていた。何の身動きもない。死んでいるのかもしれない。

 (この世界の命は、軽いんだ。それに、人の命を何とも思わない奴らがいる……)

 ライサの言葉が思い出される。「生き残る」が最優先のルール。

「ライサを、王様を、みんなを、助けなきゃ……!」


 傭兵たちとキマイラとの戦いはまだ続いていた。包囲戦は功を奏しているようだが、決定打が出ず、消耗戦になっている。負傷者も多い。数が減れば、いずれやられるのは人間の方だろう。

(アタシにできることは……。ライサたちと戦う時には……)

「ド派手に、ど真ん中に、だーーッ!!!」

 セラは魔物を目がけて疾風のように走り出す。そして、傭兵たちの包囲の輪の薄いところから、閃光のように戦場の中心に躍り出た。

 が、間近で見たその魔物のあまりにも奇妙な姿に、思わず間の抜けた声が出てしまう。

「わぁーー! なにこいつ!! キモーーー!!!」

「セラ! 無事だったか!」

 ライサがすぐに傍らにつき、素早く戦況を伝える。


「獅子の頭は火を吹く、蛇の尾は猛毒だ。どちらかを抑えたいが、なかなか止められん! 頭を頼めるか?」

「承知ッ! たいちょ!」

「こおらぁぁーゴチャマゼ野郎!! アタシが相手だ!!!」

 ひときわ目立つ新手の登場に、キマイラの注意は明らかにセラに向いている。

 これまで獅子の頭と対峙していたライサは旋回して蛇の尾の方に回り、その動きに呼応するように、手練れの傭兵たちが包囲の輪を狭める。

 セラは、炎のブレスを吐こうとする獅子の口、その上顎と下顎を、プロレスの力比べの要領で縦に掴み、力任せに強引に閉じさせた。

「おおらぁぁぁぁーーー!!!」

 ガキンッと牙と牙のぶつかる音がし、閉じた口の間からわずかに炎が漏れる。セラはそのまま腕の力で獅子の頭を押さえつける。


 頭を抑えられたキマイラは狼狽し、激しく体を振って威嚇する。その尾が、セラを狙うために高く上げられた瞬間、ライサが地面を蹴って大きく跳躍した。

「待ってたぜぇ! ようやく隙を見せたなぁ!!」

 斜めに鋭く振られたライサの大剣が、キマイラの蛇の尾を真ん中あたりで一刀両断した。

 尾を失いバランスを崩したキマイラが、後ろ足を滑らせて横向きに倒れる。


「好機! 一気にかかれぃ!!!」

 コルダ王の号令一下、周りを取り囲む傭兵たちが渾身の一撃を叩き込む。セラは自分の体よりも大きいキマイラの頭を必死に抱え込み、その動きを制している。

 そこへ、キマイラの巨体を踏み蹴って、ライサが飛び込んでくる。

「お嬢ッ! そのままだッ! そのまま押さえててくれ!!」

「……ん承っ知ぃぃぃーーッ!」

 セラは全身に力を込め、足を踏ん張る。

「てえぇぇやああぁぁぁぁぁ!!!」

 ライサが全力の闘気を込めた金色に輝く大剣が、キマイラの太い首筋に深々と突き刺さる。

 剣は地面まで貫通し、キマイラは短い呻き声を上げた後、動きを止め、絶命した。


 ライサとセラは、お互いの無事と健闘を称え合った。

「ナイス、ライサーー!」

「セラ、助かったよ!」

 二人は力強く握手を交わし、お互いの肩を抱き合った。

 そこへ、コルダ王ほか、先遣隊の一群が集まってきた。

「ライサ、セラ、よくやってくれた!」

 コルダ王は、少し疲れは見えるが満面の笑顔で、二人の元へと駆け寄ってくる。

 そこで、ライサがはっとなる。

 敵はキマイラだけではなかったはずだ。魔神将。全身に、再び緊張が走る。


「……待った。セラ、魔神将は、どうした!? 追っ払ったのか!?」

 セラは、無邪気にコルダ王に手を振りながら、こともなげに答えた。

「あー。あいつ? あいつなら、向こうにぶっ刺さってるよ」

「ぶっさ……? なんだって?」

「地面に、ぶっ刺さってるよ。だからもう、大丈夫だよ!」

「……??」

 ライサにはセラの言葉の意味がわからなかったが、確かに周囲に魔物の気配はない。

(そういえば、何かとんでもない地響きが聞こえたような気がしたが、あの音は……)


 ライサたちが、セラの言葉の意味、そして、その「とんでもない地響き」の正体を知るのは、まだほんの少し先のことだった。

お読みいただきありがとうございます!

この作品を見つけてくださったこと。1話でも読んでくださったこと。奇跡のように嬉しいです。

【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】もどうぞよろしくお願いいたします!

( ͜ ★ ・ω・) ͜ ★

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