第23話:傭兵の女王
「うわぁーー。ここはまた、騎士団とは全然違う雰囲気だね!」
王都の東部に広がる広大な露営地。案内役の侍女に連れられてやってきたセラは、目の前の光景に目を丸くした。
そこは、王都を本拠地とする「ティグレス傭兵団」の訓練場だった。
整然と白銀の甲冑が並び、気品と格調に包まれていた騎士団とは真逆の空間。そこにあったのは、雑多で、荒々しく、そして、どこまでも自由な活気だった。
上半身裸で大斧を振るう熊の獣人、酒樽を片手に笑いながらナイフを研ぐドワーフ、仲間同士で賭け試合をして盛り上がっている人間たち。
ここは、国王コルダがかつて率い、今もなお彼が団長を務める、王直属の叩き上げの戦闘集団だった。
「ようこそ、歓迎するよ。『赤鬼殺し』のお嬢ちゃん!」
野太くも澄んだ声が響き、人混みを割って一人の巨漢の戦士が歩み寄ってきた。
そこにいたのは、身長二メートル近い、金色の豊かな長髪の獅子の獣人、傭兵団の隊長を務めるライサだった。
ライサの肉体は、長年死線をくぐり抜けてきたであろう無数の傷跡に彩られ、背中には彼女の身長ほどもある巨大な両手持ちの大剣を背負っていた。鋭い黄褐色の瞳が、品定めするように、セラを見つめる。
「アタシはライサ。アンタが陛下を鍛錬場でブン投げたっていう、おてんば娘かい。あの戦闘狂の旦那を素手で投げ飛ばしたとはね……。その噂、本当なのかい?」
「うん、本当! 実際は足で投げたけど……。朱雀セラだよ! よろしく!」
セラが物怖じせずに右手を差し出すと、ライサは「ハッハッハ!」と愉快そうに笑い、その大きな肉厚の手でセラの手をがっちりと握った。
「いい度胸だ! だがね、傭兵ってのは噂や伝説じゃ動かない。おい、お前ら! お嬢ちゃんの相手をしてやりな!」
ライサの合図で、双剣使いの小柄な狐の獣人と、槍を担いだ壮年の人族の戦士が前に出た。
「これが『赤鬼殺し』ねぇ。怪我させちまっても文句はなしだぜ、嬢ちゃん」
軽口を叩いているが、油断している気配はまったくない。二人ともかなりの手練れであるようだ。
「アタシの心配より、自分たちの心配をしたほうがいいよ!」
セラは新調した闘衣の感触を確かめるように、軽くステップを踏んで身構えた。
模擬戦が開始される。
双剣使いが目にも留まらぬ速さで斬りかかり、同時に槍使いがその死角から突きを放つ。
(いいコンビネーション、だね!)
セラは急襲する双剣の刃を紙一重でかわすと、相手の手首を掴んで引き込み、アームホイップで槍使いに向かって放り投げる。
槍使いは体を横に振って避け、構え直した槍を横へ薙ぎ、胴を払いにいく。セラは闘衣の硬度を信じて、その攻撃を脇腹で受け、腕と胴で槍をがっちりと抱え込む。
そして、そのまま槍を伝うように相手の懐に飛び込んでみぞおちに膝を入れ、背面に回り込んでクラッチした。
「そーーれっっと!」
美しいブリッジを描くジャーマン・スープレックス。槍使いの体が宙を舞い、背中から地面に叩きつけられて砂煙が舞った。
槍使いは、地面に仰向けになって目をぱちくりさせている。
「す、すげえ……! 一瞬で二人を……!」
周囲の傭兵たちからどよめきと歓声が上がる。
ライサは顎を撫でながら、鋭い目でセラの動きを観察していた。
「なるほどね……。素手の近接。打撃と投げ技。ひとことで言えば『格闘』だが、何か新しい感覚がある。強いし速い。それに、演舞のようでもあるね」
「……?」
セラは首を傾げるが、ライサは言葉を続ける。
「ただの力自慢でも、軽業師でもない。見たことのない戦い方だ。だが、確かに強さはピカイチだね。強烈な存在感と、ド派手な大技。アンタがど真ん中で大暴れしている間、周囲がその隙を突けばいい……。よし、お前ら! お嬢を中央に置いて、五人でチームを組むよ!」
ライサは素早く指示を出し、セラの左右に盾持ちの巨漢の戦士と、すばしっこい短剣使い、そして後方に弓兵を配した。
「いいかい、セラ。お前はただ、目の前の敵を派手にブン投げて暴れ回ればいい。お前の死角は、うちの連中がカバーする。……模擬戦、開始だ!」
別の傭兵チームとの五対五の模擬戦が始まる。
セラは騎士団での失敗が頭をよぎり、え、本当にいいの? と思いながらも、猛然と敵陣へ突撃した。
セラが中央で敵の攻撃を受け止め、豪快なラリアットやドロップキックで大暴れする。相手がセラの傍若無人な強さに慌てて包囲しようとすると、すかさず後方から盾持ちの戦士が割り込んでセラの背面をガードし、短剣使いが側面を牽制し、狼狽した敵を後方から正確な矢が射抜く。
「なに、これ……! すっごい連係プレー!」
セラは心の底から感動していた。自分の動きに呼応して、周囲が流れるように動いてくれる。周囲の動きが、自然に自分の次の動きへと繋がる。
仲間の強みに自らの強みを掛け合わせ、互いの弱みを仲間と補い合う。それこそが、傭兵団の戦い方だった。
模擬戦は大勝利に終わり、セラのチームの連勝が五を数えたところで打ち切られた。
チームの傭兵たちはセラを肩に担ぎ上げ「セラ! セラ!」と熱いコールで歓迎した。
*
訓練の後、セラはライサと並んで木箱に腰掛け、冷たい水を飲んでいた。
「どうだい、傭兵団は? 騎士どもの堅苦しい戦い方よりは、性に合うんじゃないかい?」
「うん! 最高に良かった! ライサは、アタシの戦い方を一目で分かってくれたんだね」
「まあね。アタシら傭兵は、使えるものは何でも使う。特に、アンタみたいな強い奴は大歓迎さ。仲間が死ぬ確率が減る。……国だって、命だって、いつ無くなるとも知れない。だからこそ、自分と仲間のために戦って、その日一日を生き延びて、今を全力で楽しむ。それがアタシたちの生き方だよ」
ライサは豪快に笑いながら、空を見上げた。
自分と仲間を信じ、リングの上で命を燃やして、その時を全力で生きる。その姿勢は、セラがプロレスラーとして大切にしてきた精神とも重なるものだった。
「いいね、傭兵団。アタシ、ここでなら役に立てるかも……」
「ハハ、英雄様がずいぶんと謙虚だねぇ! ……だが、のんびり話している時間もなさそうだ」
ライサの元に一人の傭兵が走り寄り、緊急の報告を伝えた。
「王城から急報だ。例の廃村の瘴気だまりの周辺で、偵察に向かった冒険者が魔物の軍勢を発見した」
「なに……!」
「冒険者たちの報告によれば、魔物の数は二十体以上。数体のオーガが確認されている。そして、その中に、これまでに見たことのない大型の『異形の魔物』が混ざっていたらしい」
「大型の、異形の、魔物……」
「ああ。かなりの巨体で重装備、バカでかい大剣を背負っていたらしい。瘴気だまりを門にして召喚された、魔王軍の将かもしれない。放置すれば、王都への攻勢の足がかりにされる。そこで、傭兵団と騎士団が共同で、先遣隊を組織することになった」
ライサは立ち上がり、背中の大剣の柄を握った。
「もちろん、アタシが出るよ。傭兵どもに報せを回しな! どうだい、お嬢、アタシらと一緒に行くかい?」
ライサがニヤリと笑う。セラは迷わず立ち上がり、胸元を力強く叩いた。
「あったりまえじゃん! そのでかいやつ、アタシが魔王の城まで投げ返してやる!」
「よく言った! ……でもね、お嬢、ヤバそうだったら全力で逃げるよ。傭兵団の一員なら『生き残る』が最優先のルールだ」
「了解! 隊長っ!」
夕日に照らされる訓練場の中、セラとライサは互いの拳を力強くぶつけた。
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