第22話:盾と杖と
翌日、レオは「星の探索者」の本部へと向かい、セラは一人で、ティグレス王国を支える「騎士団」と「魔法師団」の視察に赴くことになった。案内役として、王妃の侍女が同行してくれている。
セラが最初に訪れたのは、城の北側に位置する巨大な「第一騎士団」の訓練場だった。
金属のぶつかり合う音と、荒々しい掛け声が響く中、出迎えてくれたのは騎士団長を務めるルサーノという男だった。
ルサーノは、全身を白銀の重装鎧で包んだ、筋骨隆々の青年だった。その瞳には、まっすぐな生真面目さと、嘘偽りのない純粋な正義感が宿っている。
「貴女が、赤鬼ウィロムを倒したセラ殿か。私は第一騎士団長のルサーノ。国を救ってくれたこと、そして、騎士イーデンの仇を討ってくれたこと、騎士団を代表して心から礼を言う」
ルサーノは厳かに胸元に拳を当て、深く礼をした。
「ううん。アタシもなりゆきで戦っただけだから、気にしないで! それよりルサーノ、アタシ、服を新調したばっかりでさ、ちょっと試してみたいんだけど!」
セラはルーチョが仕立ててくれた「不死鳥の闘衣」を自慢げに見せつけた。
ルサーノは少し驚いたように眉を上げたが、すぐに真面目な顔で頷いた。
「なるほど、ルーチョの店のものだな。ミスリルと隕鉄が編み込まれていると聞く。良ければ、私が直接、組手の形で試させてもらおう」
「オッケー! 手加減なしでお願いね!」
訓練場の中心で、セラとルサーノが対峙する。
ルサーノが剣を構え、鋭い踏み込みと共に突きを放った。セラは避けることなく、あえてその突きに肘打ちをぶつける。
乾いた衝突音が響くが、闘衣の繊維は一筋も傷つくことなく、セラには衝撃すらほとんど伝わらなかった。
「なっ……!?」
「すごっ! 本当に丈夫! これなら、剣も槍も怖くない!」
セラは、突っ込んでくるルサーノを跳び箱のようにして跳躍し、頭上を飛び越えて背後に着地した。衣装の伸縮性も抜群で、彼女の軽快な体さばきを一切妨げない。
ルサーノは剣を下ろし、感嘆のため息を漏らした。
「素晴らしい性能だ。君の戦い方にもよく合っている。……よし、次は騎士団の集団戦術との連携を試してみよう。騎士団のフォーメーションに君を組み込み、模擬戦を行う!」
ルサーノは大盾持ちの重装騎兵たちを十人ほど集め、強固な「盾の壁」を形成させた。その対面には、ほぼ同数の槍の突撃兵が構えている。
ルサーノの指示に従い、セラもその列に加わる。
「よし、では開始だ! 槍兵の突撃を盾で受け止め、合図と共に一斉に押し返――」
しかし、開始の合図が響いた瞬間、セラの頭の中でプロレスのゴングが鳴り響いた。
「っしゃあああ! いくぞーーー!!」
「えっ? 待て、セラ殿ッ!?」
ルサーノの制止も聞かず、セラは盾の列から一人飛び出し、前方から迫る槍兵の列へ猛然とダッシュした。槍をくぐってスライディングすると、二人の足をまとめて刈り、地面へと引き倒す。
しかし、槍兵たちも歴戦の猛者。隊列を組み直し、単身で飛び込んできた無謀なセラを素早く囲い込んでいく。円形の包囲を形成し、セラが走り出すためのスペースを消しながら、近からず遠からずの絶妙な槍の間合いを維持する。
セラは動きを封じられ、包囲の中央で立ち往生する。
一対一、あるいは少数を相手にした正面からの戦いであれば、セラの強さは無双と言えた。しかし、集団戦では、数と連携が物を言う。
背後の盾持ちの重装騎兵たちは急いでセラを助けに向かうが、隊列が崩れ右往左往している。セラはすっかり孤立してしまっていた。
「待て、待てッ! そこまでッ!」
ルサーノが号令をかけ、訓練をいったん停止する。
「……セラ殿、君の強さは間違いなく無類のものだが、戦場でそのように動かれては、命がいくつあっても足りぬ」
ルサーノはこめかみを押さえ、目を細めた。
「列を乱し、盲進すれば、すぐに孤立無援となり、背後の味方にも隙が生じる。騎士の戦いは、個人の武勇ではなく、集団の規律と連携なのだ。そこが魔族と人族の最も大きな違いでもある……。そうだ! ならば、君のその突進力を活かし、馬で敵陣を突破する『突撃騎兵』となるのはどうだ?」
「おお、馬! かっこいいね、やるやる!」
しかし、その期待は数分後に無惨に打ち砕かれた。
「うひゃあああーー!? 揺れるぅーー! めっちゃ揺れるってば、これー!」
馬に乗せられたセラは、サドルにしがみつき、涙目で絶叫していた。
身体能力は常人離れしているはずなのに、馬の動きに呼吸を合わせることがどうしてもできない。乗るというより、まとわりつくことしかできず、セラは派手に落馬して地面に転がった。
「うう……。これ無理ぃぃ……」
「……。」
泥だらけになったセラを見つめ、ルサーノは頭を抱えた。
彼はなんとか『赤鬼殺し』の英雄を自分の騎士団に編成したいと願っており、その後も、「次はこうしてみよう!」「焦らず連携を覚えればよい!」と必死にセラを励まし続けた。
しかし、セラ自身、騎士の戦い方の窮屈さや、そのあまりの生真面目さに、何とも言えない違和感を覚えていた。
「ルサーノ、ありがとね……。でもアタシ、ちょっと慣れる時間が必要みたい……」
「いや……こちらの力不足だ。すまない、セラ殿……」
申し訳なさそうに頭を下げるルサーノに別れを告げ、セラは次なる目的地である「魔法師団」の研究棟へと向かった。
*
魔法師団の研究棟は、怪しげな液体が沸騰するフラスコや天体の運行を示す天球儀、巨大な真鍮製の星の模型などが並ぶ、摩訶不思議な空間だった。
そこで待っていた魔法師団長のアマテアは、白と紫のローブを身に纏った、理知的な佇まいの女性だった。
「ようこそ、朱雀セラ殿。私は魔法師団長のアマテア。……ふふ、あなたのことはかねがね噂に聞いていたわ。ぜひ、その規格外のカラダを詳しく測定させてちょうだい……」
アマテアが指を鳴らすと、研究棟にいた学者風の魔術師たちが、まるで珍しい新種の魔獣を見るかのような、好奇の目をギラギラと輝かせてセラを取り囲んだ。
「ちょっ、なにこれ!? なんか囲まれてるんだけど!」
「我慢してちょうだい。あなたという存在は、我々魔法学者にとって宝の山なのよ!」
セラは様々な魔法の水晶玉を握らされ、いくつもの魔導陣の上に立たされ、全身によくわからない計器を当てられた。
測定の結果、セラの体や【超受身・超回復】のメカニズムについて、この世界における魔法的な解釈が示された。
「……驚くべき結果だわ」
アマテアは魔力波形が記録された羊皮紙を見つめ、興奮した様子で語った。
「あなたの【超回復】は、肉体の再生魔法とは本質的に異なる。再生魔法は魔素を用いて身体組織を急速に活性化させるものだけど、あなたの能力は……まるで、発動時のほんの数秒間、既に起こったことを『なかったこと』にするかのような、因果律の操作に近い働きをしているわ。数秒の猶予時間は、この世界の物理法則があなたの存在の歪みを認識し、修正を試みるための時間なのでしょうね……」
セラは難しそうな言葉に完全に思考停止していたが、要するに「普通の魔法よりスゴイ」ということは理解できた。
「ふふ。貴女の体に流れる不思議な魔素は、いったいどの星のものなのでしょうね……。測定は以上よ。せっかくだから、我が魔法師団が誇る『星魔法』を紹介するわね」
アマテアは研究棟の中庭へとセラを案内した。
星の魔素は微量ながらも常にこの地表に存在し、塵のように宙空を漂っているのだという。
「【スターダスト(星礫撃)】!」
アマテアが呪文を唱えると、頭上に輝く砂のようなものが集まり、硬質な光り輝く石となって標的の岩に激突し、粉々に砕いた。
「そして、星の光を集束させて撃ち出す【スターレイ(星光撃)】、標的を追尾する光の矢【ステラアロー(星光矢)】。そして、星の光で傷を癒す【スターライトヒール(星明癒)】よ」
「おおー! どれもかっこいいねー! アタシも使ってみたい!」
セラは目を輝かせ、アマテアの指示通りに魔導陣の上に立ち、精神を集中させた。
「空気中の魔素を意識して……そう、放つのよ!」
「よーーーし……はあああぁぁぁ!」
セラは両手を突き出し、プロレスで気合を入れる時のように叫んだ。
しかし、何も起きなかった。石ひとつ転がらず、光のかけらすら現れない。
「あれ? もう一回! はっ! はぁぁっ!」
やはり、何も起きない。
「……残念ね」
アマテアは水晶玉の反応を見つめ、ため息をついた。
「測定結果でも出ていたけれど、あなたには『星の魔法』の適性がないみたい。より正確には、魔素を体外に放出して現象を起こすための『魔力回路』が、完全に閉ざされているわ。あなたはすべてのエネルギーを体内で完結させる自己強化型のようね。戦士や騎士に多いタイプよ」
「うわぁー、魔法使えないんだぁ……。ちょっと期待してたんだけどなーー」
がっくりと肩を落とすセラ。
魔法が全く使えない者を、魔法師団に置くわけにはいかない。騎士団に続き、ここ魔法師団でも、セラを部隊に編成する計画は暗礁に乗り上げてしまった。
「何も落ち込むことはないわ!」
アマテアはセラの肩に優しく手を置き、いたずらっぽく微笑んだ。
「あなたのその肉体は、魔法研究の対象としてあまりにも魅力的よ。例えば……」
アマテアはセラの額に杖を当て、自らの魔力を注ぎ込む。
「これは【マグニトスフィア(磁気圏)】。敵の矢や魔法を弾き返すバリアのようなもの。やっぱりだわ、ごく弱い魔力を送り込んだだけなのに、桁違いに効き目が強い。体の中で勝手に効果を増幅しているのね……」
アマテアは、魔法で小さな光弾や礫をセラにぶつけるが、それらはセラの体に当たる前に消し飛んでしまう。
「まったく、驚異の存在ね。あなたのカラダには、私たちの知らない魔法の叡智が詰まっている……!」
魔法は使えなかったものの、自分の能力や魔法師団への理解が深まったセラは、魔法師団の研究棟を後にした。
次の目的地、傭兵団の拠点へと向かう途中、セラは研究棟の軒先で、奇妙な光景を目にした。
「た、助けてぇぇぇ……! 誰か、降ろしてぇぇぇ……!」
回廊の屋根の部分、建物から張り出した庇の裏側に、小柄な少女がぴったりと貼り付いてジタバタと足を動かしている。
大きなうずまき眼鏡をかけ、白衣のようなローブを纏ったその少女は、重力に逆らうように完全に逆さまになっていた。
「わわ、大丈夫!? 今助けるよ!」
セラは跳躍し、少女の腰をがっしりと掴んで力任せに地面へと引きずり下ろした。地面に着地した瞬間、少女は「ほえぇ……」と目を回し、そのままへたり込んだ。
「ありがとぅ……。魔法の制御が効かなくて……、空まで飛びあがるかと思ったわ……」
彼女はセラに、エミーと名乗った。彼女が研究しているのは、星の魔法では亜流である「重力魔法」。星々が互いに引き合う力を利用し、対象の重力を重くしたり、逆に軽くしたりする、未知の術式だという。
「コントロールが本当に難しくて……。昨日も、自分にかかる重力を強くしすぎて、首まで地面に埋まって掘り出してもらったの……」
エミーの腕には包帯が巻かれていた。見れば、どこもかしこも傷だらけだ。それでも気丈に、へにゃりと笑っている。
「でもね……ワタシ、この魔法が世界を変えると信じてるの。もし重力を完全に操れたら、どんな重い物でも一人で運べるし、誰もが空を飛べるようになるかもしれない。だから、絶対に諦めないわ……」
分厚い眼鏡の奥の瞳には、かつて怪我だらけになりながらも練習を続けたセラ自身と同じ、熱い情熱が宿っていた。
セラはエミーの肩をぽんと叩き、満面の笑みを浮かべた。
「エミー、面白いじゃん! アタシの体、めちゃくちゃ頑丈だからさ、今度その魔法の実験台になってあげるよ。どんだけ地面に叩きつけられても平気だから! 一緒に頑張ろう!」
「本当!? わあ、嬉しい! あなたみたいな頑丈な実験台――じゃなくて! 協力者が欲しかったの!」
エミーはぱっと表情を明るくし、セラの手を握ってぶんぶんと振り回した。
(んー。魔法っていうのも、なかなか難しいんだね。アタシは実験台になるのが一番よさそう……)
セラは、しっくりくる編成先が見つからないまま、次の目的地、傭兵団の拠点へと歩き出した。
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