第16話:誓いの「リング」
晩餐会の熱狂から一夜明け、朝の柔らかな光が差し込むスターゲイト城の謁見の間。
昨夜の豪華なドレスから、いつもの着古したコスチュームに着替えたセラは、レオと共にコルダ王とコルミィ王妃の前に立っていた。
「昨夜はよく眠れたか、セラ、レオ」
玉座に腰掛けたコルダ王は、昨晩の豪放な雰囲気から一転して、一国の主らしい落ち着いた笑みを浮かべていた。隣のコルミィ王妃も、優雅に寛いでいる。
「はい! ベッドがふかふかで、めちゃくちゃ爆睡しちゃいました!」
「お、おい、王様の前だぞ……。あ、はい、陛下。過分なおもてなし、恐悦至極に存じます……」
元気いっぱいに答えるセラと、慌てて頭を下げるレオ。その対照的な様子に、夫妻は小さく笑った。
「もう堅苦しい作法は抜きじゃ、レオ。ワシはそなたらを友人のつもりでおるぞ。さて、赤鬼討伐の褒賞金は、ギルドを通じて手配した通りだ。だが、それとは別に、余から特別な褒美をとらせたい。そなたらの働き、快挙である。何か欲しいものはないか? 何でも言ってみるがよい」
太っ腹な提案に、レオは恐縮して言葉を詰まらせたが、セラは目を輝かせて即座に手を挙げた。
「アタシ、“リング”が欲しい!」
コルダ王は一瞬虚を衝かれたように目を丸くしたが、それから何かを察したように口の端をニヤリと吊り上げた。
「ほう、“リング”とな。“指輪”か。いささか意外じゃな。星の石をあしらった、王家の指輪のことであろう。ならば、余の側室となるか? 余は嬉しいが、コルミィはどう思うか……」
「……陛下……?」
王妃から凍りつくような睨みをくらい、コルダ王は首をすくめる。
セラは頬をぷくーっと膨らませて、ぶんぶんと首を振った。
「違う、違う! 指輪じゃなくて、アタシが欲しいのは“プロレスのリング”! 四角くて、コーナーポストがあって、ロープが張ってある、アタシの世界の、なんていうか、闘いの舞台のこと!」
「……闘いの舞台、とな」
首を傾げる王に対し、レオがすかさず補足を入れる。
「陛下、セラがいた世界では、闘士たちが戦うための舞台があるのだそうです。四角く区切られた空間で、周りに縄を張り、その中で、強者たちが力と技を競い合うのだ、とか……」
「なるほど。興味深い……」
王は顎を撫でて、何やら考えを巡らせている。
「のう、レオよ。セラの言う“リング”は、我が国の“闘技場”に近いものだと思うか?」
「はい。おそらく、そうではないかと……」
コルダ王は膝を叩き、セラに言った。
「セラ! ならば、我が王都が誇る大闘技場『グラン・コロッセオ』を見てまいれ! それがお主の言う“リング”、血沸き、肉躍る、強者たちの闘いの舞台じゃ!」
「コロッセオ……。大闘技場……!!」
セラのプロレスラーとしての血が騒ぐ。
「そこでは世界中から腕自慢の剣士や冒険者、格闘家が集う闘技大会が開催されておる。勝者には莫大な富と名誉、そして『王者』の称号が与えられるのだ。セラよ、お主ほどの力があれば、あるいは――」
「チャンピオン……!!!」
セラはその言葉を反芻し、両拳を強く握りしめる。脳裏に、かつて見た超満員の観客席と、黄金に輝くチャンピオンベルトの姿がよみがえる。
「いい! めちゃくちゃいい! アタシ、その闘技場で絶対チャンピオンになる!!」
セラの熱い宣言に、コルダ王は豪快に笑った。
二人の様子を静かに見守っていたコルミィ王妃が、控えめに、しかし心配そうに口を開いた。
「闘技場を目指すのは素晴らしいことですわ、セラさん。ですが……ほかに何か欲しいものはなくって?」
セラは少しだけ考える素振りをするが、あっけらかんと答える。
「んー、特にないかな……。ねえ、レオ?」
レオは、正直混乱していた。仕官でも、屋敷でも、なんだったら領地でも、所望すれば何だって叶えられそうな状況だ。選択肢が多すぎて、要求を決めることができず、言葉が出てこない。
「セラさん、それならせめて、お召し物を新調なさってはいかが?」
「え? アタシの、服?」
セラは自分の姿を改めて確認してみた。
いつも通りの赤とオレンジのリングコスチュームだが、魔獣との戦闘、そして赤鬼ウィロムとの死闘で、生地はところどころ擦り切れ、肩口や腰の飾りもとれかけている。
「あ、ああー……。確かに、ぼろぼろだぁ……」
急に、悲しさと恥ずかしさがこみ上げてくる。
「セラさんの強さ、そして戦い方は、この世界ではあまり例のないもの。市場の品では使いものにならないでしょう。しなやかで、頑丈で、そして、華やかな、特別なものをあつらえるのがよいでしょうね」
「それは……確かに、そうかも。鉄の鎧? みたいなのは、ちょっと苦手。動きにくそうだし。丈夫で、かわいくて、かっこいいのがいいなぁ……」
「それなら、私にお任せになって!」
王妃は、ぱんと手を叩いて侍女に合図し、一枚の書状をセラに手渡した。
「馴染みの仕立て屋を紹介しますわ。少々……いえ、かなり独創的で、前衛的なサルトリアですが、腕前は一流です。魔法銀の扱いにも長けておりますので、軽くて丈夫な理想の一着を、きっと作ってくれるはずですわ!」
「わあ、ありがとう王妃様! 助かるよーー!」
セラは紹介状を受け取って嬉しそうに微笑み、王妃はうんうんと頷く。
「お役に立てることがあって、よかったわ。それに、レオさん。貴方は少し戸惑っておられるみたい。思いついたらでいいわ。私たちで力になれることがあれば、いつでも王城をお訪ねになって」
王妃は優しく微笑んで、戸惑うレオを気遣う。
「ならば、これも持っていけ。ワシとコルミィの客人である証じゃ」
コルダ王は、二人に王家の紋章があしらわれたペンダントを手渡した。
「通行証のようなものだ。それを見せれば、大方どこへでも入れるであろう。我が国をよく見聞してまいれ。セラ、レオ」
「ありがとう、王様! 王妃様! レオ、行こう!!」
二人は礼もそこそこに、風のように王の間から飛び出していく。
「ふむ……」
王は小さく笑い、呆れ半分に、王妃に呟く。
「金も要らぬ、身分も要らぬ。欲しいのは“闘う舞台”だけ、か」
王妃は、ふふっと、小さな笑いと共に答える。
「あれほどの器量、花のような美しさですのに、なんの気取りも、こだわりもなく」
二人は楽しげに、お互いの顔を見合わせる。
「しかし、魔族も黙ってはおらんだろう。それに、闘技場か。“百戦無敗”も、うかうかしてはおれんな。どれ、久々に、鍛錬場に籠るとするか……」
「“流星妃”も、すっかり壁の花ですわ。せめて秘術に磨きをかけ、危機に備えなくては……」
どこからともなく現れた一人の英雄候補の登場に、王と王妃は静かに決意を固めた。
*
謁見を終え、スターゲイト城を後にしたセラとレオは、仕立て屋があるという王都の大通りへと繰り出した。
初めてじっくりと見る王都アストラムは、賑やかで活気に満ちていた。
白亜の美しい石造りの建物が並び、通りには多民族国家の名にふさわしく、様々な種族の人々が行き交っている。
「すごいね、レオ! 色んな人がいる!」
「ああ、本当に賑やかだな」
セラが物珍しそうに周囲を見回す中、レオの視線は通りで働く人々に向けられていた。
森の知識を活かし、植物や薬を販売しているエルフ。
屈強な肉体と技術で、頑丈な鉄器を打ち出すドワーフ。
身軽な体を活かし、手際よく荷物を運ぶ獣人たち。
誰もが、自らの特性や、生まれ持った「強み」を理解し、それを活かして生き生きと働いている。
「みんな、自分の得意なことを活かして、生活しているんだな……」
レオはそっと自分の両手を見つめた。
セラと出会い、その背中を追いかけてがむしゃらに戦ってきた。セラの戦い方は、強靭な肉体と格闘センス、そして、無類の負けず嫌いという彼女の最強の「強み」を最大限に活かしたものなのだろう。
(俺の「強み」は、なんだ……?)
レオは、セラと並び立ち、「赤鬼殺し」として賞賛されることに、何とも言えないもどかしさを感じていた。
(俺は、セラと並ぶには、弱すぎる。このままじゃ……)
頭に浮かぶのは、衝撃を吸収・反発させる独特の闘気操作。そして、森での探索で役立った、微細な魔力や気配を察知する能力。
(剣士としてじゃ、セラの強さには決して追いつけない。でも、俺にはセラにない気配察知の感覚や、特殊な闘気の能力がある。状況を見通して、柔軟に、変幻自在に動き回るような……そういう戦い方が、俺の「強み」を活かすってことなんじゃないか……?)
王都の活気の中、レオの心に、ひとつの考えが芽生え始めていた。
「……ねえレオ、何ぼーっとしてるの? あそこだよ、王妃様が言ってたお店!」
セラの元気な声に引き戻され、レオは「あ、ああ! 今行く!」と応え、セラの後に続いて店の前へと駆け出した。
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