第15話:宴のあと
「まあ、なんて可愛らしいお顔立ちかしら!」
「艶やかな髪、吸い込まれそうな黒い瞳……。絵画に描かれた異国の姫君のよう……」
「見てごらんなさいな、このドレスのか細いウエストと、引き締まった恵体を! まさに戦う女神、いえ、名工の手による美神の彫刻のようですわ!」
平場に降りた途端、セラは高位の貴族夫人や令嬢たちにあっという間に包囲されていた。
普段のコスチューム姿の荒々しさはどこへやら、美しく着飾ったセラは、上流階級の女性たちの格好の「おもちゃ」――もとい、寵愛の対象となっていた。
その場でくるくると回され、髪を撫でられ、頬をつつかれ、細い指先で腕や肩、腰のあたりまで、全身に容赦なく手が伸びてくる。
「あはっは……! くすぐったいってば、ちょっとーー!」
セラは顔を赤くして身をくねらせながらも、必死に笑みを保つ。
心の中では少々戸惑いつつも、前世で人気アイドルレスラーとして活躍していた日々の記憶が、不意によみがえる。
(……これは、あれだ……。握手会とか、撮影会とか、あの感覚)
そう思うと、プロとしてのスイッチが入る。
セラは人懐っこい笑顔をつくり、されるがままになりながらも、絶妙なタイミングで視線を飛ばしたり、愛らしく自然なポーズをとりながら、小さく手を上げて周囲にアピールして見せたりした。
そのたびに、囲みの令嬢たちからは黄色い歓声が上がる。
すっかり女性陣のハートを鷲掴みにしたセラを、少し離れた場所からレオが呆然と見つめていた。
「あいつ、あんな作法をどこで……? まるで歌劇の役者か、歌姫みたいだぞ……」
「フッ、レオよ。あれはセラの天分じゃ。あの娘には、人を惹きつける才がある。強さとは、単に力だけではない。見る者を酔わせてこそ、真の強者よ」
コルダ王は、訳知り顔でレオの肩を叩く。その横で、コルミィ王妃は満足そうに微笑んでいた。
宴が最高潮に達した頃、宮廷音楽家たちが奏でる音楽が、二人組で踊る優雅な円舞曲から、少しテンポの速い、軽快な輪舞曲へと変わった。
この国の輪舞は、決まったステップや形式にとらわれず、人々が輪になってそれぞれ自由に踊るものだった。
「セラよ! ワシらもゆこうではないか!」
コルダ王がセラの手を引き、輪の中央へと入っていく。
王はコサックダンスのような、独特なステップと力強い跳躍を組み合わせたダンスを披露する。会場からは騎士を中心にした野太い歓声が上がる。
(まさか、ダンスまでさせられるなんてね……。でも、どんなことでも、無駄にならないもんだね)
王に促されたセラは、ドレスの裾を大きくひらりと翻し、ステップを踏み始めた。
それは、この世界に伝わるどんな宮廷舞踊、民族舞踊とも異なるものだった。
バレエやジャズダンスを基礎にした優美なターンとアイソレーション。それに、アイドルレッスンで叩き込まれたチャーミングで躍動感のある現代的なダンスの融合。
重力を感じさせない羽のように軽やかな跳躍、指先まで意識の行き届いたポージング、そして何より、弾けるような笑顔。
セラが踊り終え、王の手をとって深々と一礼すると、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
ダンスもひと段落し、女衆の囲みから解放されると、今度は騎士や戦士の一団、元気な子どもたちが集まっていた。
「いやあ、素晴らしい! なんたる優美な踊りだ、セラ殿!」
「セラさま! セラさまは赤鬼をどうやってやっつけたの?」
「ぜひその無手の闘技、『ぷろれす』とやらを、お見せいただけまいか!?」
酒が入っているらしい体格のよい若い近衛騎士が、一人すっと前に出る。
「いいよ! じゃあ、ほいっ」
セラは大柄の騎士の足を払って造作もなく宙に浮かせると、ひょいと肩の上に担ぎ上げ、そのまま自身の背中の上で男の体を反らせる。カナディアンバックブリーカーだ。
「ぬ、ぬおおぉーー! セラどのぉぉ、こ、これはぁぁぁーー」
騎士は喜びとも苦悶ともつかぬ声を上げる。
「セ、セラ殿! わたくしもっ!」
好奇からか、はたまた羨ましさからか、別の男も続く。
「はいよ。じゃあ、とうっ」
今度はタックルから足をとって引き倒し、その体を床でくるりとひっくり返し、サソリ固めを極める。
「ぐっ、はあぁぁぁっ、こ、腰が、があぁぁぁーー」
男が情けない声を上げると、周囲はどっと笑いに包まれた。
「ねー、僕もー!」「わたしもー!」
男の子と女の子がひとりずつ、無邪気に名乗りを上げる。
「おー、勇ましいねー。感心、感心。それなら……」
セラは二人の手首をやさしく掴み、自らを軸にしてゆっくりと回転する。
「そーれ! ジャイアントスイングだーー」
遠心力で二人の子どもの体が宙に浮き、セラのドレスの裾が大きな円を描いて広がる。
「わあぁぁぁーーー! すごーい! 飛んでるー!」
二人の無邪気な笑い声が響く。
五回、六回と回したところで、セラは回転をゆるめて二人をふんわりと床に着地させた。
子どもたちは目を回すこともなく「もう一回! もう一回!」とはしゃいでいる。
そこへ、コルミィ王妃があらわれ、子どもたちの頭にやさしく手を置いて言う。
「あまり無理を言ってはいけませんよ。それに、夜も更けてきました。そろそろ、お開きにいたしましょう」
子どもたちは名残惜しそうにしながらも、素直に頷く。
「みなも、セラさんに、お礼を」
「ありがとう! セラさま!」「セラお姉ちゃん!」「セラ殿!」
会場の至るところから、セラへの感謝と称賛の声が上がっていた。
壇上から、コルダ王の声が響く。
「まこと、久々に心躍る、よい宴であった! セラよ、レオよ。そして、ここにいるすべての者たちに、改めて、心からの感謝を伝えたい。ありがとう! みなに星々の加護があらんことを!」
「セラよ、一言、頼めるか?」
(ん? えーっと、これは……「マイクパフォーマンス」だね!)
「あ、あー、あー。今日は、来てくれてありがとう!」
セラは突然のフリにも動じず、よく通る声で、高らかに宣言する。
「アタシは、プロレスラー朱雀セラ。どんな奴の挑戦も受けるッ!」
巻き起こる「セラ」コール。セラはいったんコールを抑え、定番の決め台詞で締めくくる。
「えー、皆さん。おうちに帰るまでがプロレス……じゃなかった、晩餐会です! 帰り道に気をつけて、これからも応援ヨロシクーー!!」
宴は大団円を迎え、大盛況で幕を下ろした。
*
ちょうど、その頃。
ティグレス王国の遙か北。人族の侵入を阻む険しい岩山と、黒い雲が立ち込める魔王軍の居城。
赤黒い篝火が不気味に揺れる城の一室で、魔王軍の幹部である魔将の一人、漆黒の鎧を纏った大男が冷徹な声を放った。
「……聞き間違いか? もう一度、言ってみよ」
地を這うような低音に、床に平伏するコボルトの生き残りが、ガタガタと全身を震わせながら答える。
「赤鬼ウィロム様が……人族の領地に潜伏し、オルト襲撃の機を窺っていたウィロム様が、討たれました……」
「馬鹿な」
魔将の傍らに控えるローブを纏った魔術師のような魔族が眉をひそめる。
「ウィロムの強さは魔族の亜人の中でも上位に位置する。辺境の冒険者ごときに遅れをとるはずがない。王国が動いたという報せは受けておらぬが……」
「騎士団でも、傭兵団でもありません……。やったのは……あれは、おそらく『魔族』にございます……」
「なに!? 『魔族』だとッ!?」
魔将が身を乗り出す。
「は、はい……! ウィロム様と対峙したのは、亜人の女でした。背格好は人間と大差ありませんが、その姿は、赤き燃えるような皮膚に覆われ、炎のような光を纏っておりました」
コボルトは、自分が目撃したセラの戦いを必死に思い出し、恐怖に顔を歪めながら語る。
「女は、人間の武器など一切使わず、素手で戦いました。ウィロム様の棍棒の打撃を受けても意に介さず、どれほど傷ついても起き上がり、最後には……ウィロム様の巨体を地面へ蹴り飛ばしたのです……」
その場にいた魔族たちに、一斉に緊張が走る。
「素手で、あのウィロムを倒したというのか……」
魔将は信じられぬ、という素振りで首を捻る。
「しかも、赤い皮膚を持ち、驚異的な再生能力を持つ、亜人の女……」
魔術師風の魔族は神妙な面持ちで、顎に手を当てて思案する。
「聞いたことがある。ウィロムよりも、更に鮮やかで緋色がかった紅の皮膚を持ち、炎の加護を受けて身体を再生する。オーガの頂点に立つとされる伝説の存在――。その名を『クイーン・オーグレス(オーガの女王)』」
「ク、クイーン・オーグレス!」
コボルトが驚愕の叫びを上げる。
「おのれ、人族め……。オーガの女王を手懐け、手駒として使っておるというのか!」
魔将が激高し、椅子の肘掛けを力の限りに叩き潰す。鈍い破壊音が響き渡る。
「ウィロムを失ったのは痛手だが、人族にそのような将があると知れたのは収穫だ。クイーン・オーグレス……オーガの女王か。我が“影”どもに調べさせよう。魔の者であれば、調伏できぬとも限らん。オーガは御頭が足りぬゆえな……」
魔術師風の魔族は冷酷な笑みを浮かべ、禍々しいオーラを放つ水晶球を取り出す。
「『クイーン・オーグレス』の情報を集めろ。そして、復讐の準備を始めるのだ。ウィロムの弔いには百や二百の首では足りぬ。いまいましい人族の国を血に染めてやろうぞ!」
魔王軍の城に、邪悪な雄叫びが響き渡る。
その頃、噂の「オーガの女王」は、昨晩の宴の余韻と共に、王城のふかふかのベッドで、幸せそうな寝息を立てていた
「うにゃー……もう食べられないよぅー……」
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