第14話:流星妃コルミィ
「……ねー。これ、なんかひらひらして、落ち着かないんだけど……」
スターゲイト城の一室で、セラは鏡に映る自分の姿を見て、眉をひそめていた。
コルミィ王妃の差し金で、侍女たちに半ば強引に着替えさせられたのは、夜空を思わせる深い藍色と月光のような純白の生地に、動くたびきらきらと輝く星の紋様がいくつも贅沢にちりばめられた、豪奢なイブニングドレスだった。
「何を仰いますか! これほど美しいドレス、めったにお目にかかれるものではありません! ましてや貴族でもない『いち冒険者』に、こんなに豪華な品の着用が許されるなど……!」
オルトの街からずっと健気に付き添ってくれている、受付嬢ウルの大興奮した声が響く。
ドレスを纏ったセラは、ド派手なリングコスチューム姿から一変し、貴族の令嬢のような気品を漂わせていた。すっきりと美しいデコルテから腰へと続く流れるようなライン。セラの体と完璧に調和したドレスのシルエットが、彼女の魅力を余すことなく引き出していた。
セラはドレスの裾を少し持ち上げ、軽くステップを踏み、くるくると回ってみせた。
侍女たちから嬌声が上がる。その動きは、驚くほど滑らかで、優雅だった。
(まあ、慣れれば悪くない、か……。なんか、前世を思い出しちゃうじゃん)
セラはプロレスの世界に入る前、子どもの頃には、本気でアイドルやアーティストを目指していた時期もあった。夢は叶わなかったが、その時にトレーニングしたバレエやダンス、そしてピアノや歌などの素養は、今でも彼女の基礎となっている。戦いの中での体のさばき方、リズム感、アクロバット、パフォーマンスの見せ方などは、すべてその時の経験から来るものだ。
「よし。じゃあ、ご馳走にありつきにいこっか!」
セラは控室を出て、スターゲイト城の晩餐会場へと足を踏み入れた。
無数の魔法の光球が温かい光を放ち、宮廷音楽家たちが奏でる華やかな弦楽の旋律が響く中、セラのドレス姿は、居並ぶ人々の視線を釘付けにした。
「え、セラ……!?」
騎士風の礼服で正装したレオは、セラを一目見るなり、顔を真っ赤にして固まった。
普段のオラオラした野生味溢れる姿とのギャップに、完全に思考が停止している。
玉座から降りて歓談していたコルダ王も、特大のジョッキを片手に目を丸くした。
「おお! 見違えたぞ、セラよ! まるで星の精霊が舞い降りたかのようではないか! 馬子にも衣装とは――」
王が手を上げ、大声で呼びかけた瞬間、その隣に立つコルミィ王妃の、凍てつくような瞳が王を射抜く。
「陛下。主賓のご紹介を。くれぐれも、王の間でのような無礼は――」
「お、おお、ゴホン! いや、……わかっておる!」
王は一瞬で借りてきた猫のようにおとなしくなり、セラとレオを他国の王族を遇するように恭しく演壇へとエスコートする。
「皆の者! この者らが、先の赤鬼討伐の功労者、朱雀セラとレオである!!」
参列者から大きな歓声が上がり、壇上は万雷の拍手に包まれる。
「どうじゃ。このセラの姿。星の精霊に見まがうばかり、可憐であろう。しかし、強いぞ、この者は。ワシも、先ほど手もなくあしらわれたばかりじゃ」
なんと、ご冗談を、という明るい笑い声が、酒席のあちこちに広がる。
「イーデンのことは、皆も覚えておろう。コルミィの弟、ワシの義弟じゃ。正義感が強く、ひたむきで、民のためならば命をも顧みない、勇壮な騎士であった。我が王家の誇りじゃ」
皆の酒杯を傾ける手が、ぴたりと止まる。わずかな静寂。
「ワシは王の座を擲って赤鬼を追おうと、幾日も、幾晩も、数えるに飽きるほど考えた。だが、この者ら、セラとレオが、イーデンの命を奪った赤鬼ウィロムを見事討ち倒し、我が義弟の仇を討ってくれた!!」
王国万歳、コルダ王万歳の声が上がる。イーデンの名を叫ぶ声もある。
「今宵は積年の悔恨から解き放たれ、実に晴々しい気分だ。すべて、この二人のおかげである!! 存分に称え、飲み、歌い、踊るがよい!!」
会場を震わせるほどの大歓声が、大波のように壇上に何度も押し寄せる。
コルダ王は満足げに参列者を見渡し、コルミィ王妃に悪戯っぽい笑顔を向ける。
王妃ははっとするが、王の饒舌は止まらない。
「秘蔵の葡萄酒も、極上のオックス肉も、好きなだけ食らうがよい! だがな、このセラを口説こうなどと、ゆめゆめ考えるなよ。これだけの馳走を前に、床を舐めるだけで帰ることになるぞ!」
参列者がどっと沸き、そこかしこで豪快な笑いが巻き起こる。
王妃は、まったく度し難いという顔で目を伏せるが、王は喜色満面。鍛錬場で受けた屈辱の意趣返し、といったところだろうか。
王妃コルミィはセラに向き直り、大輪の花がひらくような美しい笑みを浮かべた。
「とてもお似合いですわ、セラさん。星の紋様が、あなたの輝くような美しさを一層引き立てていますわ」
コルミィは、セラの衣装より更に典雅で豊かな意匠のドレスを纏ってはいたが、驚くべきことに、その色遣いや飾り物のモチーフはとても似通っており、二人はまるで、妃と姫のように見える。
この心配りが、最上の親愛と敬意の表明であることを、セラは感じずにはいられなかった。
「本当にありがとう、王妃様。美味しいご飯もたくさんあって、最高の気分」
セラは山盛りにされた料理や果物を頬張りながら、無邪気に笑った。
宴が晴れやかに進む中、セラとレオは国王夫妻と同じテーブルに着いていた。酒がまわるにつれ、コルダ王は上機嫌に語り始めた。
「余は剣一本で成り上がった流れ者だ。この国をまとめておるのは、余ではない。このコルミィのおかげなのだ」
「あら、珍しく殊勝なことを仰るのね、陛下」
コルミィ王妃はクスクスと笑いながらも、その言葉には確かな自負が宿っていた。
「レオ、お主は知っておろう。ティグレス王国は北の魔王軍と領地を接しておる。いつ大侵攻があってもおかしくない。それを堰き止めておるのは、コルミィの『星魔法』なのだ」
「セラさん。魔法のことは、どれくらいご存知?」
コルミィ王妃は優しい声色で、親愛を込めて尋ねる。
「ごめんなさい。アタシ、この世界のことがまだ全然わからなくて……」
「いいのよ、もちろん。せっかくだから、私のお話も聞いてくださる?」
コルミィは、この世界における「魔法」について、そして、ティグレス王国の星魔法について語った。
この世界には、火・水・風・土の四つの魔法の系統が存在する。ここに、光・闇を加えた六つの系統が、長きに亘って探究と実践の対象とされてきた。
一般に、人族は水・風・光の系に優れ、魔族は火・土・闇の系に優れる。
水は火を、風は土を、光は闇を、互いに打ち消しあい、世界は微妙なバランスで一定の均衡を保っている。
ここに新たな魔法の系が加わったのは、今から二十年ほど前のことだ。天文に関する学問は、かつては単に暦や占いに用いられるだけのものだった。だが、ある時この国に、一人の天才天文学者が現れた。
この学者の手により、天体の運行が観測される過程で、星々が互いに引きあう力が発見され、星の力を魔素として抽出し、魔法化する術が編み出された。これらの新たな理論は門外不出の秘伝となっており、星魔法はティグレス王国の最重要機密となっている。
特に、星魔法の奥義【メテオスウォーム(流星群墜)】は、王家のみに相伝される秘術であり、この世界で最強の魔法のひとつとされている。ひとたび唱えられれば、無数の隕石が天空から降り注ぎ、城ひとつ、都市ひとつが、瞬く間に廃墟と化す。
現世においてこの魔法の使い手は、ティグレス王妃コルミィ、ただ一人だ。
ついた異名は「流星妃」。流れ星を操る、星の巫女。
(……この人がその気になれば、街ひとつがあっという間にドカーン、か……)
セラは改めて、陶磁器のように整った、キメ細やかで美しい王妃の顔を見つめる。
(こんなキレーな顔して、“歩く最終兵器”じゃん……。えっぐ……)
鍛錬場で感じた「圧」はこれだったのかと、セラはひとり納得する。
「不思議なことに、星の魔法は女人にしか扱うことができぬ。月の満ち欠けと共に生きるがゆえか、はたまた、星の精霊の思し召しか……」
コルダは酒杯を傾けながら、世界の理の神秘に思いを馳せる。
「我が国において、女人はみな星の巫女だ。ワシとコルミィを見ればわかるであろうが、この広間でどんな立派に見える貴族も、騎士も、家では例外なく女の尻に敷かれておるであろうよ」
コルダは豪快に笑い、コルミィもやわらかな微笑を浮かべる。
「コルミィの流星があるゆえ、魔王軍は城を築くことすらままならん。できたそばから、叩き潰すゆえな」
コルダは拳を手のひらに叩きつけ、我がことのように誇らしげに言う。
「城を築けぬ魔族は、森に潜み、野に伏せる。小競り合いが絶えぬゆえ、我が国は正規の騎士団とは別に、大規模な傭兵団を組織しておる。傭兵は機転が利き、野戦に優れる。団長は今もワシじゃ。みなは文句を言うが、こればかりは譲れん」
「そして、お主らの冒険者ギルドだ。傭兵団とギルドが連携し、魔族の動きを未然に防ぎ、大きな災禍となる前に潰しておるのだ。レオ、お主にも感謝しておるぞ」
突然名前を呼ばれたレオはぴっと背筋が伸び、直立の姿勢で畏まる。
「傭兵や冒険者にとっては、余が『流れ者の王』であることも、いささかの支えになろう。自分も身を興せば、王にまで昇れる。夢を抱き、才気に溢れる者たちが、各国から集まってきておる。我が国は様々な種族や移民を受け入れる、多民族国家でもあるのだ」
コルダの長話に、コルミィが穏やかに仕切りを入れる。
「陛下、さすがに、お国自慢が過ぎるのでは?」
「おお。調子に乗ってしまったか。すまぬな、セラ、レオ」
セラはにっこり笑って、リラックスした様子で応える。
「全然いいよ。王様、王妃様。ありがとう、すごく勉強になる。いい国だね、ティグレス」
レオもぶんぶんと頭を振って頷いている。
コルダとコルミィは目くばせを交わし、横目に会場の様子を見る。
「セラさん。いま、少しだけ、会場を見渡してみてください」
「え……?」
セラは言われた通り、宴の会場を見回す。
食べものと会話に夢中で気づかずにいたが、多くの人がこちらの様子をちらちらと窺っている。その視線の先は、どうやらセラであるようだった。
「みな、お主と話したくて、仕方がないのだ」
コルダが口の端を上げ、ニヤリと笑う。
「セラよ。つまらぬ詮索は、一切させん。お主がどこから来たのであろうと、無手で魔獣を倒す女であろうと、我が民にとっては、なんでもないこと」
コルミィもこくりと頷く。
「どれ。ひとまわり、姿見せに参ろうではないか。後見はワシが務めるぞ。悪い虫がついてはいかん」
「あら、陛下。女には女の、宴の愉しみというのがあるのですよ。介添えはわたくしが……」
「なんじゃ。揃いの衣装まであつらえおって。この上、娘のように連れ歩くつもりか?」
「いいではないですか。こんなにもお似合いで……。はじめて夜会に出た夜を思い出しますわ。では、みなで参りましょう」
四人は連れ立って席を立ち、一段高い王族席から下りて、平場の会場席へと歩き出す。
途端に我先にと人が集まり、四人の姿はあっという間に人の波に飲み込まれてしまった。
お読みいただきありがとうございます!
この作品を見つけてくださったこと。1話でも読んでくださったこと。奇跡のように嬉しいです。
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