第13話:白虎王コルダ
「面を上げよ」
コルダ王の声に促され、レオはおそるおそる頭を上げた。セラもまた頭を上げ、その鋭い眼光に真っ正面から視線をぶつける。
「オルトでの戦い、見事であった。五年前、我が国に大きな被害をもたらした『赤鬼ウィロム』を討ち果たしたこと、まずは国を代表して礼をしたい」
王は胸に手を当て、二人に敬意を示した。
「堅苦しいのは好かぬゆえ、二人とも力を抜け。しかし……」
玉座の前で思案するように腕を組み、王はくっと喉を鳴らした。
「“無手の女”との噂を聞き、どのような者かと楽しみにしておったが、いやはや。何とも可憐な、美しい娘ではないか」
王の顔に喜色が浮かび、値踏みするようにセラの姿を見る。
「ふむ、変わった装備をしておるな。硬化革の鎧か? いや、鎧というより軽業師の装束のようにも見える。体術を得意とする一派か……? しかし、引き締まったよい躰をしておる。年はいくつに――」
側に控えるコルミィ王妃が、たまらず割って入る。
「陛下。淑女になんたる物言い。疾く許しを……」
「お、 おお。これはすまぬ! 麗しき娘よ。余の悪い癖なのだ。どうか、許せ」
セラはきょとんとしており、何も意に介してはいないようだ。
傍らのレオは、安堵のため息を漏らす。
「ギルドマスターのアレハから書状を受け取ってはおるが……ワシは、お前たち自身の口からその顛末を聞きたい。どのようにして、あの凶悪な赤鬼を屠ったのだ?」
セラはレオに目配せする。「説明よろしく(めんどくさい)」の意図は伝わるのだが、しかし、レオも少し戸惑っていた。あまりにも非現実的なあの戦いを、どう説明すればよいものか。
レオが言葉を発しないのを見て取って、セラがぶっきらぼうに言い放った。
「“飛び蹴り”だね。カンタンに言うと」
「とび、げり……?」
王が怪訝な表情でセラの言葉を繰り返す。
「そうそう。飛んで、蹴ったの。ドカーン! って、ね」
「レオはぶっとばされたけど、あいつの武器を落としてくれて。それで、まわりにロープを張ってくれて、その勢いでアタシが飛んで、蹴っ飛ばした」
玉座の間にいるすべての人の目がまんまるになり、王も言葉が継げず、ぱくぱくと口を動かしている。
「おおっ、恐れながら! も、申し上げます!」
場の空気に耐えられず、レオは緊張で吃りながらも、戦闘の様子をかいつまんで説明しはじめた。
セラのファイトスタイル、超人的な身体能力と回復能力。そして、自らの闘気でロープを戦場に張り巡らせ、セラがその反動で空中に跳躍し、後ろ回し蹴りでオーガを仕留めたこと。
これまで耳にしたことのない奇妙な戦いの説明が進むにつれ、コルダ王の碧い瞳が驚きと興味にらんらんと輝き出す。
「……面白いッ!!! 武器も持たず、防具も着けず、ただ己の肉体と闘気のみで赤鬼を蹂躙したか!!!」
王は満足そうに大きく頷き、自らの逞しい胸板を親指でつついた。
「余のことを知っておるか。娘よ」
セラはふるふると頭を振る。
「そうか。実はな、余はかつて祖国を失った流れ者の難民であった。生きるため傭兵となり、ただ己の肉体と武勇だけを頼りに、あらゆる戦場を泥まみれで這い回ったものだ」
王は自らの太く逞しい腕に刻まれた数多の傷跡を懐かしそうに撫でる。
「武功を重ね、この国の闘技場の闘士となり、数多の敵を退け、民の支持に推されてこの国の王となったのだ」
セラはこのことを知る由もないが、この国でコルダ王の伝説を知らぬ者はいない。闘技場においては百戦無敗の「闘匠」、戦場においては一騎当千の「白虎王」。武神の生まれ変わりであるとも、亡国の王の血筋であるとも噂され、その偉業を称える詩は、王都中の酒場で謡われている。
「なればこそ、わかる。己の体ひとつで立ち向かい、相手をねじ伏せる者の凄みが、な」
王もセラも不敵に笑い、強者の間だけで通じる、特殊な意識の共有を楽しんでいた。
「セラ、手合わせをせんか」
「えっ、いいの?」
「ふん……。貴様、余を見るなり“どうやって倒すか”を考えておったろう。不遜なやつめ。気づかぬとでも思ったか」
コルダ王の眼光が、獣のような鋭さを帯びる。
「謹んで、お受けいたしますわ。王様」
セラはダンスに誘われた令嬢のように、そこにはないスカートの裾をつまむ素振りで、恭順の意を示す。
「はっはっは! なんじゃ、礼もわきまえておるではないか。ワシよりも筋がいい。のう、コルミィ」
王は王妃の様子を窺う。コルミィ王妃はもはや何を言っても無駄という表情で、呆れ果てている。
「皆の者、ついてまいれ! よい余興になろう!!」
*
案内されたのは、スターゲイト城の地下にある石造りの巨大な鍛錬場だった。
武勇を誇る国らしく、使い込まれた石床は血と汗で変色し、よく手入れされたあらゆる種類の武具が壁に並んでいる。
「へ、陛下。これはいったい――」
声を上げたのは、この鍛錬場の主、老騎士のシラノだ。
「シラノ老! 客人だ! 手合わせをいたす」
「……この娘っ子と、ですか?」
「そうだ。老よ、見くびるなよ。この者が『赤鬼殺し』だ。目を見れば、わかる」
シラノもまた、老いてはいるが歴戦の将。幾千の兵士をこの鍛錬場で鍛え上げてきた。
セラの目は戦いを前に、好奇と喜びの光に満ちていた。王に連れられてここに来る者が、こんな目をすることは決してない。
「なるほど。この者が……」
「木の大剣はあるか。戦槌があれば、なおよいが」
「どちらもございますぞ。王よ。戦槌をお持ちしましょう」
「セラ、お主、本当に無手でよいのだな?」
「うん。いい。棒きれなんて、いらない」
コルダ王は華美な王衣を脱ぎ捨て、動きやすい無地の戦着に着替えていた。
その手には、太く頑丈な木製の戦槌が握られている。対するセラは、オルトでの戦闘そのままの、赤とオレンジのリングコスチューム姿のままだ。
セラはばきばきと拳を鳴らし、その場で軽く跳躍する。
「さあ、かかってこい。遠慮はいらぬぞ」
「ありがとうございます、王様……」
言葉とは裏腹の不遜な笑顔で、初撃を見舞うべく、前傾して戦闘態勢をとる。
(しかしコイツ、いや、このコルダって王様……)
足の踏み込みを確かめながら、セラは相手の端正な立ち姿をじっと観察する。
(さっき会った時から、今の今まで、まったくスキがない……)
特に力を込めているでも、待ち構えているでもない。それなのに、飛び込んだら確実にやられる、潰されるという、理不尽な説得力がある。
(いや。だからって、なに? 仕掛けてみないと、はじまらないッ!)
「いくぜぇぇぇーーッ!!!」
セラが地面を蹴った。
その瞬間、レオの目にはセラの姿が消えたように見えた。凄まじい風圧と共に、セラがコルダ王に肉薄する。
「ほうッ、疾いなッ!!!」
受けるコルダ王も目で追えぬほど素早く、戦槌を横に振り、突進するセラを撃ち据えようとする。
戦槌がセラを捉えるかに見えたその刹那、セラは体を後ろに倒して横薙ぎを避け、ダッシュの勢いそのまま、地面すれすれに滑空して低空のドロップキックを狙う。
丸太のようなコルダ王の足にセラのキックが直撃する寸前、コルダ王はその巨体からは想像できない反応速度で跳躍し、空中で素早く持ち替えた戦槌を稲妻のように縦に振り下ろす。
衝突音が鍛錬場に反響する。セラは片手で戦槌の一撃を地面へと受け流す。腕に伝わる強烈な打撃のエネルギーは【超受身】で消し去られた。だが、戦槌が叩きつけられたセラの足元の石板が音を立てて割れた。
「効かぬか! ならばッ!」
コルダ王は地面へ振り下ろした戦槌を今度は上方向に、セラの顎を目がけてかち上げようとする。
この動きを予想していたセラは、戦槌の柄を上から思いきり踏みつけて攻撃を潰し、そこを足場にコルダ王の肩口に手をかけて飛び上がると、両足で相手の顔をがっちりと挟み込んだ。
ちょうど、セラの股の間に、コルダ王の顔があるかたちとなる。
驚いたのは、コルダ王だ。
「セ、セラッ!? こ、これは――!?」
セラのやわらかな太ももの感触が、コルダ王を動転させる。
屈辱的な体勢。赤面。そして、一瞬の油断。
「ごめんあそばせ。王様ッ!!!」
セラはギリッと足のロックを強め、コルダ王の顔を両太ももで挟み込んだまま、自身の体を後方へ、高速でバク転するように回転させる。この技の名は、フランケンシュタイナー。コルダ王は、そのまま前方に回転して頭部を石床に強打し、セラの股の間で驚愕の表情を浮かべている。
しかし、その表情にはどこか、恍惚の兆しが見てとれなくもない。
静まり返る鍛錬場。そこにいる誰もが、いま自分が見ている光景が信じられないという様子だ。
これ以上はないというくらい大きなため息が、その静寂を打ち破る。
「本当に、いい余興になったこと……」
コルミィ王妃は、怒りとも呆れともとれる表情で、吐き出すように言った。
「セラさん、素晴らしい戦いでした。『赤鬼殺し』の名に偽りなし、ですね」
王妃は、セラに輝くような笑顔を向け、健闘を称える。
「それに引き換え……。王たる者が自ら手合わせを挑んだ挙句、年甲斐もなく色気を出して無様に打ち伏せられようとは……」
コルミィは額に手を置き、天を仰ぐ。
「ち、違うぞ、コルミィ!! こやつの技、まるでドラゴンの鉤爪のように鋭く……」
「……問答無用ッ!!!」
王妃がピシャリと王の言い訳を断ち切る。空気まで切り裂くような、鋭い一声。思わずセラもびくりとなる。
「武勇をもって尊しとする我がティグレス王国の誉れを、これ以上貶めるおつもりか!」
コルダ王はがっくり肩を落とし、口をつぐんだ。
「セラさん、ぜひ埋め合わせをさせてください。赤鬼討伐の宴を催します。夜にまた、王城へ」
セラはこくこくと頷く。王妃の笑顔には、決して異議を許さない圧倒的な力があった。
そして、セラにだけ聞こえる声で呟く。
(強い女は、我が国の宝。女同士、後でゆっくりお話しいたしましょう……)
「はい! 王妃様ッ!!!」
セラは反り返るほどに背筋を伸ばし、無意識に最敬礼の姿勢をとる。
(待って……。ちょっと待って、この人……)
セラは、自分の格闘者としての勘が、突如最高クラスの警報をかき鳴らしているのを感じとっていた。
(あの王様より、全然強い……!? なんで気づかなかった!?)
王妃はにっこり笑って、慈愛に満ちた声で言う。
「側の者を付けます。セラさんも、宴のご用意を」
そして、一転して、冷たい威厳を湛えた声で、供の者たちに告げる。
「みなはここに集まりなさい。コルダ王、貴方もですッ!」
セラが後に聞いた話では、コルダ王は王妃にこっぴどく叱られ、観戦者には、ここで見たこと、聞いたこと、すべてに対して箝口令が敷かれたそうだ。
鍛錬場での一幕は、決して余人に語られることのない、幻の一戦となったのだった。
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