第12話:「赤鬼殺し」
討伐報告から、三日が経過した。
オルトの冒険者ギルドから派遣された調査隊は、現場周辺で徹底的な現地調査を行った。そして本日、その結果がギルドマスターから正式に発表されることとなっていた。
「静粛に!」
ギルドマスターの鋭い声が、満員となったギルド本部のホール内に響き渡る。
壇上の男はすらりと背の高い壮年の紳士で、波打つ長い黒髪を無造作に後ろへ流し、黒縁眼鏡をかけた、理知的な印象の人物だ。
普段は荒くれ者たちで騒がしい酒場スペースも、今日ばかりは張り詰めた緊張感に包まれていた。壇上には、ギルドマスターと仲介官のウル、その横にセラとレオが並んでいる。
「調査隊の報告を伝える。街道の奥地で討伐された巨大な赤いオーガの死体は、体色、骨格、魔力残滓、そして回収された真紅の角と、ベルトに付けられていた星の勲章の照合により……五年前、王国の騎士団を壊滅させた伝説の魔獣、『赤鬼ウィロム』であることが正式に確認された!」
ドォッ! と、ギルド全体が割れんばかりの歓声と騒ぎに包まれた。
「本当に、あの『赤鬼』だったのか!」
「嘘じゃなかった……! あの二人が、伝説の化け物を仕留めたんだ!」
冒険者たちが拳を突き上げ、驚きと称賛の声を次々にセラたちへ浴びせる。
ギルドマスターは手を上げて再び騒ぎを静めると、セラとレオに向き直った。
「セラ、そしてレオ。お前たちが成し遂げたのは、国家規模の脅威の排除である。ギルドの規定に基づき、両名の冒険者ランクを二段階昇格し、本日をもって『Bランク冒険者』と認定する」
礼服で正装したウルが恭しく、銀色の輝きを放つ二枚のプレートをセラとレオに手渡した。
プレートの職業欄は、セラが【プロレスラー】、レオは【戦士】と刻印されている。そして二人のプレートの裏面には、今回の偉業を称えるギルド公認の異名――【赤鬼殺し】の文字が燦然と刻まれていた。
セラは銀のプレートを掲げ、ギルド内の冒険者たちに向けて、満面の笑みでアピールする。
さらに、商人のマルコが登壇し、依頼の報酬金に加え、王国から特別に支給された『赤鬼ウィロム』討伐の懸賞金が手渡された。
ずっしりと重い金貨の袋が、どさっどさっと、いくつもテーブルに並ぶ。長年討伐者が現れず、年々積み立てられてきたものだ。その金額は、帝都に大邸宅を構えても尚余るほどだろう。
いまひとつ価値を理解していないと見えるセラは、その一袋をむんずと掴み上げ、マルコへ放り投げる。
「――っ!? セラ様、これは……?」
「ん。飲み代。マルコは、酒と食べもの、これからもずっとギルドに納めてよ。“お抱え”ってやつだね」
「し、しかしッ! こ、こんな大金……」
「いーってことよー。もし余るなら、残りは“タニマチ”へのお礼、ってことで。これからも頼むよ、マルコ!」
そして、セラはよく通る大音声で、ざわめく観衆を煽る。
「おーーい、野郎どもぉぉぉ!! 今夜も飲んで、騒ぎまくるぞおおぉぉぉぉ!!!」
セラ、レオ、マルコ、三人の名を叫ぶ観衆たちの思い思いの熱いコールが、ホール中を満たした。
狂騒の会場を後にし、セラとレオは、ギルドマスターの執務室へと通された。
「さて、本当にご苦労だった」
ウルがお茶の用意をし、ギルドマスターがゆっくりと話しはじめる。
「私はアレハ。冒険者ギルド、オルト支部のギルドマスターを務めている」
「『赤鬼ウィロム』が現れ、一人の犠牲者もなく、馬車一台が破壊されただけで済んだというのは、奇跡としか言いようがない。すべてお前たちのおかげだ。心より感謝する」
アレハは椅子から立ち上がり、深く一礼する。
「お前たちの名は『赤鬼殺し』として、瞬く間にこの地方一帯に轟くだろう。私も、聞いてみたいことがたくさんある。年甲斐もないが……まるで、お伽話の勇者とまみえているかのような気分だ」
アレハの眼鏡がきらりと光る。華奢な紳士の風体に似合わぬ鋭い眼光。並みの冒険者とはくぐってきた修羅場の数が違うのだろう。
「だが、私よりも先に話をしたいという御仁がおられる」
ギルドマスターの表情が、一段と引き締まった。
「ティグレス王国の王都より早馬が届いた。我が国の王、コルダ陛下が、お前たちを召喚された。王城へ出向き、直接拝謁せよとのことだ」
「へえ、王様……?」
セラが不思議そうに首を傾げると、隣のレオが緊張で表情をこわばらせた。
「王様って、コルダ・エル・ティグレス陛下……!? 俺たちみたいな駆け出しの冒険者が会えるようなお方じゃない……!」
「『赤鬼ウィロム』は、陛下にとっても因縁の相手なんだ。……すぐに発つのだ。王都への馬車は、ウルが用意する」
アレハは立ち上がり、ウルに王への書状や通行証を手渡す。
「ああ、それと……」
アレハは指を立てて注意を促し、セラとレオに向き直って言う。
「準備をしていけ。王に会うのは初めてだろう」
レオがはっとなって、恥じ入るような小さな声で告げる。
「礼服や、作法のこと、でしょうか。俺は田舎の出で、何の心得もなく……」
「いや、違うな。王は礼儀作法にはまったく頓着がない。そうだな。何というか……」
アレハはひとしきり思案し、適切な言葉を探す。
「『人』に会うと、思わんほうがいいな。『虎』に会いに行くと、思った方がいい」
「……? 虎?」
「会えばわかる。さあ、行け。急げよ」
*
ティグレス王国の王都アストラムは、国土のほぼ中央に位置している。
東の森林地帯にあるオルトの街からは、馬車でおよそ一日の距離だ。
王国は北の魔王軍と領地を接する国で、武勇に優れる騎士団、百戦錬磨の傭兵団を擁し、長きに亘って魔王軍との戦争を続けている。
中央部の国土は平坦で肥沃な土地が大部分を占め、穀物や果樹の栽培も盛んだ。
のどかな田園風景を眺めながら、馬車での短い旅路の末、セラとレオは王都アストラムへと到着した。
そびえ立つ城門をくぐり、二人が見上げたのは、王国の象徴である「星の紋章」が施された壮麗な王城、スターゲイト城だった。白亜の壁に青い尖塔、そして中庭の噴水や旗には、重なりあう五芒星のモチーフが施されている。王都アストラムは、星の加護のもと、多くの国から民が集う都だ。
近衛騎士たちに導かれ、セラとレオは厳粛な雰囲気の漂う玉座の間へと足を踏み入れた。
磨き抜かれた大理石の床の先、天幕が張られた荘厳な玉座に腰掛けていたのは、一人の屈強な男だった。
コルダ・エル・ティグレス王。
光り輝く純白の豪奢な王衣を身にまとってはいるが、その見上げるばかりの豪躯は、一国の主というよりも「歴戦の戦士」そのものだった。豊かなシルバーブロンド、分厚い胸板、無数の傷が刻まれた逞しい腕、そして、すべてを見透かすような鋭く碧い瞳。
レオは思わずその場にひざまずき、深く頭を垂れた。
(なるほど……。「虎」ね……)
セラもまた、王が放つ独特の「覇気」に身を震わせた。それは、元の世界で戦った絶対王者にも匹敵する、圧倒的な強者のオーラだった。
レオに倣って申し訳程度に頭を下げながらも、心が躍り、無意識に口角が上がってくるのを、止めることができない。
「よくぞ参った、若き戦士たちよ」
コルダ王の声は、低く、厳かに、玉座の間に響き渡った。
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