第11話:戦果報告
ギルドのドアを開けた瞬間、室内の喧騒が水を打ったように静まった。
「おい、戻ったぞ……。あの素手の女と、レオだ」
「本当に帰ってきやがった。……おい、あいつらが担いでいるのは、『魔精草』の木箱か!?」
ざわざわと冒険者たちが騒ぎ始める中、セラとレオは満身創痍の体で受付へと向かった。
セラもレオも、服はところどころ破れ、あちこちに泥や乾いた血痕がこびりついている。
だが、その足取りは堂々としたものであり、二人とも晴れ晴れとした表情をしている。
カウンターの奥で、緑の髪の受付嬢が二人を安堵の眼差しで迎える。
「セラ様、レオ様……! それに、依頼の木箱も……!」
「うん! バッチリ、取り戻したよ!」
セラが木箱をカウンターにドンと置くと、後ろから行商人のマルコが駆け込んできた。
「おお、よくぞご無事で! お怪我はありませんか!? いったい、なんとお礼をすればよいのか……」
「だいじょぶ、だいじょぶ! よかったね、マルコ!」
「勇敢なる戦乙女よ! 偉大な勝利に、心からの賛辞を! いや、信仰の証をぉぉぉ……!!」
マルコは目にいっぱいの涙をため、ひざまずいて神を崇めるようなポーズをとる。
セラは気恥ずかしそうではあるが、まんざらでもないという様子だ。小鼻がふんふんしている。
「レオさん、状況を確認させてください」
緑の髪の受付嬢が、冷静に調書を開き、筆記具の準備をする。
「馬車のあった場所は?」
「はい。街道から少し外れた獣道です。ちょうど『イーデンの石碑』の少し先、崖になっている森の近くです」
「なるほど。あのあたりは昔から魔素が不安定で、瘴気だまりができやすい。最近もいくつか魔獣発見の報告が出ているエリアです」
受付嬢はてきぱきとメモをとっていく。
「魔獣の数は?」
「馬車の側にオークが……確か六匹、野営中で軽装でした。その近くに更に五匹。こっちはしっかり武装していました」
「なっ、十匹以上も……!? 隊で動く魔獣の報告は、これまでにありません。厄介ですね……」
「レオさん。あなたは並みの剣士より俊敏で、探索や感知の能力にも長けています。魔獣の隙をつき、上手く『魔精草』をかすめとってきた、というわけですね」
「え? あ、あの……」
「謙遜する必要などありません。剣の腕はそれほどではないかもしれませんが、レオさん、あなたは素晴らしい仕事をしましたよ!」
「あの……。全員、やっつけました……」
受付嬢の温かく慈愛に溢れた笑顔が、一瞬で凍りつく。
「…………へ?」
「野営の六匹、本体の五匹。全員、片っ端からやっつけてきました……」
ペキッ、と音を立てて、受付嬢が持っていたペンが折れる。
「そ、そんな、まさか……」
「実は、それだけじゃなくて……」
驚きに身を震わせる受付嬢に、レオが報告を続ける。
「オークを討伐した後、更に大型の魔獣に会いました。あれは……たぶん、オーガだと思います」
「なッ!!! オーガですってッ!?!?」
「魔王軍の猛将、一匹で一分隊に匹敵する魔獣です! そんな死地をいったい、どうやって……」
「それも、やっつけました。二人で……」
あんぐりと口を開き、白目を剥いて卒倒しそうになる受付嬢の肩を、レオが慌てて支える。
名札には「ウル」とある。「中級仲介官」とも記されていた。
「ウルさん、お尋ねしたいことがあります。失礼ですが、ギルドでのお仕事は長いのでしょうか?」
ウルは、はっとなって正気を取り戻し、気丈に答える。
「さ、三年、いや、四年目になりますが……」
「そうですか。あの……、オーガの一般的な体色、肌の色は、何色でしょうか?」
「茶褐色、あるいは、生息地により灰色や緑がかった種もいると聞きますが……」
「そう、ですよね。書物などでは知っています。ですが、出会ったのは初めてで……」
レオがうつむく。ウルは優しげな表情を取り戻し、励ますように言った。
「無理もありません。何かの勘違いでしょう。Dランクが会敵して生き残れるような相手ではありません」
「いえ、オーガでした。地面が揺れるほどの巨体、大きくて鋭い頭角、悪鬼のような顔。間違いなく、オーガでした」
ウルは、はあぁと息を吐きだし、がっくりとうなだれる。
「ならば、あなたがたは、本当に規格外のようですね……。しかし、こんな危険な状況だったのなら、助けを呼ぶのがギルドのルールです。いえ。むしろ、緊急とはいえあなたたちを行かせてしまった私にも責任が……」
「すみません、本当に……。それに、まだ……」
「まだ……、何かあったのですか?」
ウルは平常心を取り戻し、もはや驚くようなことはあるまいと、レオの話に耳を傾ける。
「……そのオーガは、“赤”かったんです」
「“赤い”オーガ……?」
「文字通りです。体色が、つまり、皮膚の色が、です。血のような、鮮やかな赤でした」
再開しようとしたウルの筆記がぴたりと止まる。
そして、今度は驚きよりは怒気を込めて、レオへと向き直る。
「レオさん。それはさすがに、ありえない話です」
ウルは、ぱたりとペンを置き、真剣なトーンで話しはじめる。
「そもそもオーガとの遭遇自体が稀なケースですが、“赤い”個体など、ギルドにおいてはもちろん、近年の王国と魔王軍との戦史においても確認されていません」
「そう、ですよね。俺も、わかっているんです。それに、あの場所……。『イーデンの石碑』……」
「あら、ご存じなのですね。騎士イーデンの逸話を。それなら、話は早い」
ウルは子どもを諭すような口調で、その物語を諳んじた。
「そう。赤いオーガが確認されたのは、その史実においてだけです。五年前、王国の精鋭騎士団をたった一体で殲滅し、騎士団長イーデンの命を奪った『赤鬼ウィロム』。イーデンは自らの命と引き換えに街を守り、ウィロムを退けたとされています。その偉業を称える記念碑が『イーデンの石碑』です」
「はい……。詳しくはないですが、さすがに俺でも知っています。有名な英雄譚です。子どもの頃に吟遊詩人が謳っているのを、よく聴いていました……」
「ならば、赤いオーガなど……。なぜ、そんな嘘を……?」
「すみません。でも“そうだったから”としか……。あれを、見てもらえますか……?」
レオは、豪快に乾杯の声を上げるセラがいる方を指さす。
セラはマルコとの酒席に着いており、テーブルに足をかけ、その手で巨大な真紅の角をぶんぶんと振り回している。
「おーいレオーー!! アタシこれでビールジョッキつくろうかなあぁぁーー!?」
すいぶんと酒がまわっているようだ。
ウルの顔から、みるみる血の気が引いていくのがわかる。
「あ、あれ、は…………」
「倒したオーガの角です。角と、奴がしていたベルトだけ、回収してきました」
「ベルトを……? なんで……?」
「え、さあ……。セラは“チャンピオンの証だー!”って……」
「いえ、待って! あのベルトについているメダル、あの、星の紋章は……まさか……ッ!!!」
ウルはバァン、とカウンターに手をついて勢いよく立ち上がり、目を見開いてセラの腰に巻かれているベルトを凝視する。
そして、高速で思考を巡らし、矢継ぎ早にレオに尋ねる。
「……魔獣の、亡骸は!?」
「回収する余力はなかったので、そのまま……」
「残党の痕跡、追手の気配は!?」
「なかった、と思う。現場にも、帰り道にも。ただ、それほど自信は……」
「至急、最高ランクの調査班と掃討班を派遣しますッ! 街の防衛隊、騎士団にも緊急の連絡を! レオさんとセラさんは指示があるまでここで待機してくださいッ!」
ウルは踵を返してカウンターの奥へ、脱兎のように走り出した。
(マスター! ギルドマスタァァァー!!)
ギルドの裏手から、ウルが叫びながら、けたたましく走りまわる音が聞こえる。
「おおーいレオってばーー!! いつまでくっちゃべってんだあぁぁーー!? こっち来て飲もうぜぇぇぇーー!!」
レオは、ウルへの説明で、かろうじて残っていた気力と体力を使い果たし、今すぐにでも寝床に潜り込みたい気持ちだった。
しかし、いつの間にか冒険者の輪に囲まれ、傍らにいくつも酒瓶を転がしているセラを見て、自分も楽しみたい、楽しむべきなのかもしれない、という思いが湧き上がってきた。
レオは、セラとマルコのいる席に向かって、遅参の気おくれと少しの気恥ずかしさを感じながらも、ゆっくりと歩きはじめた。
通り過ぎる卓の、声を落としたコソコソ話が耳に入る。
「あの小娘が持ってる真っ赤なぶっとい角。ありゃあ、まさか……いや、まさかな……」
「それより、あのベルトのメダル。あの星の紋章は、ティグレス王国の……?」
かつて聴いた、吟遊詩人の物語。
人づてに広がり、皆が噂し、子どもも大人も憧れる、英雄。
(伝説っていうのは……こうやって生まれるのかもしれないな)
レオは麦酒の大きな酒杯を受け取り、この店一番の喧騒に包まれた、騒々しい卓に腰を下ろした。
「やぁぁっと来た! こいつはレオッ!! アタシの最高の相棒だぁぁぁぁーー!!!」
刻限はまだ宵の口で、ようやく家々に明かりが灯り始めたばかり。そして、レオとセラは待機命令中だ。
どうやら長い夜になりそうだった。
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