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第15話 奇襲

 戦闘員らが、つい今しがた作り出した十体の死体を台車に載せ、使っていない六組の教室に運び込んでいく。

 衛星電話が、また着信音を鳴らし始めた。清水が大儀そうに受話器を持ち上げる。


『待て、切らないでくれ。この後、警視総監が電話する。出てくれるか?』


 何も言わせてもらえずに即切りされまくったのがトラウマになっているのか、交渉人の警官は清水が応答する前に早口でまくし立てた。

 清水は溜息を吐く。

 清水としては、首都警察とはいえ一地方警察の長官ごときを相手にするつもりはなかった。もっと高位の人間でなければ話にならない。


「ねえ、時間稼ぎのつもりか知らないけど、あと何分かしたら、また十人死ぬことになるのよ? それも、今度は先生じゃなくて、未来ある子供たちがね。分かった?」

『ま、待って――』


 清水は電話を切り、萩生田に「次の処刑の準備に取り掛かりなさい」と号令を出す。萩生田は三人の戦闘員を率いて、二組の教室に入っていった。生徒たちから悲鳴が上がり、それを萩生田の怒号が掻き消す。

 その後も怒鳴り声と殴りつけるような音、威嚇射撃の銃声が鳴り響き、適当に選ばれた十人の男女が教室から引き摺り出された。


「そろそろ時間ね」


 腕時計を見た清水が呟いた。あと数十秒で二時十分だ。

 そのとき、また衛星電話が鳴った。清水は受話器を持ち上げる。


『もしもし。私は警視総監の神山だ。清水麗華さんかね?』

「ええ、そうよ。それで、ご用件は?」


 清水は、つまらなそうに髪の毛の先をいじりながら、一応聞いてみる。話をするつもりはないと交渉人に伝えたつもりだったのだが、伝わっていなかったようだ。


『人質の処刑を中断してくれないか。交渉を――』

「人質を殺されたくなかったら、要求したものを出しなさい。カネと飛行機は用意できた?」

『いや、それは――』


 神山が何か言っているのを聞きもせず、清水は受話器から耳を離す。そして、指示を仰ぐように清水に視線を送っていた萩生田に、自分の首の前で横にした手をひらひらと振って見せた。

 「殺れ」の合図だ。


「構え」


 萩生田の号令の下、三人の戦闘員らが短機関銃を構える。


「撃て」


 次の瞬間、凄まじい銃声が生徒ホールを満たした。三つの銃口から迸る発砲炎マズルフラッシュが、ストロボのように生徒ホールを照らし出す。

 窓際に並べられた哀れな生徒たちは、身体中に九ミリ弾を浴びて倒れた。既にあった血だまりがさらに広がっていく。

 清水は、まだ切っていなかった電話の受話器を再び耳に当てる。


「神山総監、私たちは交渉しない。要求した全てのものが用意できたら、そのとき連絡を寄越しなさい」


 それだけ言って、清水は電話を切った。今頃、神山とかいう男はテレビで生中継される虐殺の様子を見て顔を青くしていることだろう。清水はその様子を想像して口元を歪めた。

 その後、数分おきに電話が鳴った。警察庁長官が、国家公安委員会委員長が、手を変え品を変えどうにか交渉を試みようと挑戦し、失敗した。十分おきの処刑は、次もその次も定刻通りに行われ、犠牲者数はうなぎ登りに増えていった。


「次の三時ちょうどの回からは、一回に殺す人数を十五人に増やしなさい。それと、処刑する生徒は各教室から五人ずつ供出させるようにしましょう。処刑する人間を生徒たち自身に選ばせるのよ」


 生徒ホールのカーペットに広がる血だまりが大きくなっていくこと以外に進展がなくなったため、清水は政府に追加で揺さぶりを掛けることにした。

 テレビの報道は過熱していて、政府もこのまま沈黙を通し続けることはできないはずだ。ここで生徒の死者がさらに増えれば、焦って何かアクションを起こしてくると思われた。

 だが、事態は清水らの手によらず勝手に動いた。

 ふと、清水の鼻が異常な臭いを感じ取った。最初は血と硝煙の臭いかと思ったが、どうも違う。


「なんだ、煙が上がってきてるぞ」

「下の階からだ」


 戦闘員らの会話に、清水は顔を上げた。

 窓の外を、黒い煙が立ち昇っていく。

 壁際に置いたテレビに目を向ければ、清水たちのすぐ下の教室棟二階から濛々と黒煙が上がる様子が映っていた。黒煙の奥には、赤い炎が見える。

 約束の時間を一時間以上過ぎても玄関から出てくる者はおらず、校内に潜む男子生徒が提案を受け入れるふりをして騙してきたことは分かっていた。ヘリコプター撃墜と生徒の処刑でごたついていたため、男子生徒のことは放置する形になっていたが、ついに攻勢に出てきたようだ。

 これで、奴が自衛のためだけに戦っているのではないことがはっきりした。


「まったく、考えたわね。これじゃ、火を消さないと人質諸共わたしたちまで焼け死ぬことになるじゃない。……萩生田! 鎮火に人を向かわせなさい!」


 清水は忌々しげにテレビを睨んだ後、萩生田に命じた。萩生田は「了解」と応じ、自らもAK‐47自動小銃を手に取った。


「土屋、松本、渡辺! 消火に向かう! 罠と待ち伏せに注意しろ!」


 間違いなく敵の策略であることは、清水に言われるまでもなく萩生田も認識していた。

 敵が待ち伏せているのか、化学室のときのように誘き寄せ罠に掛けようとしているのか。どちらにせよ、最大限に警戒しつつ消火に向かうしかない。萩生田は「予備弾倉は多めに持っていけ。あと手榴弾を装備しろ」と三人に指示する。


「警察より、よっぽど面倒な奴ね。今度は何を企んでるのかしら」


 準備を整えた萩生田ら四人が、防火シャッタの横のくぐり戸を開けて出ていくのを見ながら、清水は呟いた。







 誠一は、二階にある三年三組の教室に燃料を撒いていた。用務員室にあった刈払機用の混合ガソリンと、ストーブ用の灯油だ。

 廊下でUZI短機関銃を構える一ノ瀬は、三組の教室内で燃料を撒くことに専念している誠一に代わって、五感を研ぎ澄ませて敵を警戒している。


「終わった。下がってくれ」


 ポリタンクを逆さにして、容器の底に残っていた灯油を垂らしながら教室を出てきた誠一は、肩に下げたトートバッグからライターを取り出した。

 腰を屈め、廊下まで続く灯油の導火線に炎口を近づける。


「イピカイエ、くそったれ」


 誠一は、頭に浮かんできた映画のワンフレーズを呟き、着火レバーを握った。カチッという音とともに炎口に小さな火が灯り、灯油に着火する。

 火は灯油の筋の上を導火線よろしく伝播していき、教室中央の灯油の水溜まりに達すると、周囲の机とその内容物をも巻き込んで燃え上がった。


「思ったより勢いヤバいな」

「いいから逃げるよ!」


 猛烈な熱と煙に追い立てられるようにして、二人は走り出した。通りすがりに四組にもガソリンと火を放つことも忘れず、一階へと逃れると、西階段すぐ横の生徒用昇降口に身を潜める。


「連中が出てこなかったらどうする? 俺たちが付けた火で、清水が人質ごと焼け死ぬかも。まあ、それはそれでありかも知れないけど……」

「あり得ない。目的達成の邪魔になるものを、清水は絶対に排除しようとする。あいつは、諦めて死を選ぶなんてタマじゃない。人質に仕掛けた爆弾だって、自分が平山高校にいる間は絶対に起爆しないはずよ」


 不安を覗かせる誠一に対して、一ノ瀬は自信満々に断言した。

 流石に清水の暗殺を何年も前から計画していただけあって、彼女の性格や考え方はお見通しというわけだ。だからこそ、一歩間違えれば自分たちが人質虐殺の犯人になりかねないような危険な作戦を思い付き、それを躊躇なく実行できるのだろうが。


「懸念点があるとすれば、清水たちが火を消す前に、スプリンクラが鎮火してしまうことね」

「それは大丈夫だ。油火災は水じゃ消えない」


 多分、と誠一は最後に付け足そうとして、飲み込んだ。

 上から、複数の足音が階段を降りてくるのが聞こえた。銃を握る手に力が入るが、足音は二階の廊下へと消えていき、しばらくすると銃声が響いてきた。


「何してるんだろう」

「多分、怪しい場所を片っ端から銃撃してるんだろ。俺たちがどこかに隠れているのを警戒してるんだ。掃除用具入れに隠れなくてよかったな」


 一ノ瀬の当初の案では、六組あたりの掃除用具入れに隠れ、敵が火を消そうと消火栓を用意しているところを銃撃する予定だった。ひっきりなしに響いてくる銃声から考えれば、考えを改めて正解だったようだ。

 隠れられそうな場所にあらかた銃弾をぶち込み終えたのか、しばらくすると銃声はやんだ。そして、今度は巨大なシャワーを流すような水の音が聞こえてきた。


「放水を始めたみたいね。行こう」

「ああ」


 二人は、足音を立てないよう慎重に西階段を上り、柱に隠れて二階の廊下の様子を窺う。

 テロリストたちは西階段の目の前の四組から消火することにしたらしく、一人が廊下から四組の教室にホースを向けて水を撒いている。

 西階段は教室棟の真ん中にあり、教室棟の廊下の端から端まで見渡すことができるが、見える限りではホースで消火している者以外に三人の戦闘服が廊下に散らばって、銃器を構えた状態で襲撃を警戒していた。四人とも付かず離れずの距離を保っていて、奇襲で一気に全滅させられないように注意していることを窺わせる。


「俺は中央階段前のでかいのを殺る」

「私は消火してる奴と、その隣の奴。奥の奴は……厳しいかな」


 だが、そんなことは関係ない。出来るだけ多くの敵を殺すだけだ。


「よし、じゃあ三二一でやろう。三、二、――」


 誠一がカウントを取る。

 だが、一と言おうとしたそのとき、不意に聞き覚えのある着信音が鳴り響いた。ズボンのポケットの中で、携帯が震えるのを感じる。


「クソッ!」


 誠一は、中央階段の前にいる大柄な男が振り向いて自分たちに銃口を向けてくるより先に、散弾銃を発砲した。

 振り向きざまの男の手から、バラバラになったAK‐47自動小銃が吹っ飛ぶ。

 あと五十センチずれていたら殺せていたのにという後悔は後ですることにして、前床フォアエンドを勢いよく前後する。ガシャッという音がして、薄く煙を吐く空薬莢が宙を舞う。

 また発砲。しかし、男は教室棟と特別教室棟の間の渡り廊下に飛び込み、散弾を回避した。

 一ノ瀬の短機関銃とも誠一の散弾銃とも異なる銃声が間近で鳴り響き、誠一たちの周辺で壁や天井が爆ぜる。他の敵が反撃を始めたようだ。


「ちくしょう、逃げろ!」


 奇襲作戦は失敗し、戦いの主導権が敵に移ったことを誠一は悟った。

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