第11話 三者面談
約二十分前。
化学室が爆発し、金村と内田の二人が瓦礫ごと吹っ飛ぶのを同じ階の地学室から確かめた誠一と一ノ瀬は、その後集まってきたテロリストたちが引き揚げるのを待って地学室を出た。
遅れて作動したスプリンクラにより化学室の火勢は早々に収まり始めているようだったが、特別教室棟三階には灰色の煙が濛々と立ち込めている。視界が悪い上に、煙にどんな化学物質が含まれているか分かったものではないので、誠一としては具合が悪くなる前にさっさと離れたかった。
東階段には防火シャッタが降りていたが、シャッタ横の避難用くぐり戸から階段室に入ることができる。戸を開けた誠一は、特に警戒することもなく階段室に入り、見覚えのある中年男性と鉢合わせた。
数学科の田中だった。
相手が先生だったことが、誠一の判断を僅かに遅らせた。誠一が散弾銃を持ち上げるより、田中がミニUZI短機関銃の銃口を誠一の顔に突きつけるほうが早かった。
「動くな! ……ショットガンはそのまま下に向けておけ。変な動きしたら殺すからな。まったく、誰かと思えば佐々木だったのか。四人も殺しやがって、タダで済むと思うなよ」
興奮を誤魔化すためか、田中が早口でまくし立てる。
突然の遭遇だったので、田中も心臓が跳ね上がったことだろう。そんなことを、誠一は辛うじて冷静さを保っている頭の片隅で考える。
「ゆっくりと下がって廊下に出ろ。変なこと考えるなよ。逃げようとしたらすぐ撃ち殺すからな」
文字通り目と鼻の先に銃口を突き付けられた誠一は、田中に言われるがままに、煙の漂う廊下に戻る。
田中も誠一に続いてくぐり戸を抜けて廊下に出てきて、そこで真横から「動くな」と声を掛けられ、今度は田中が凍り付いたように動きを止めた。
「手を上げろ。変な動きをしたら殺す」
一ノ瀬が田中の側頭部に、田中のミニUZIより一回り大きいUZI短機関銃の銃口を突き付けて言う。UZIの引鉄に指が掛けられていることを、眼球だけ精一杯動かして確認した田中は、震える唇を開いた。
「もし撃てば佐々木の命は――」
「いいから手を上げろ!」
まだ脅迫を続けようとした田中に、一ノ瀬が凄んだ。田中は一ノ瀬の気迫に押され、あっさりと両手を上に上げた。
ミニUZIの銃口が自分から離れたことを確認した誠一は散弾銃の銃口を上げ、田中に向ける。
一ノ瀬が田中の右手からミニUZIを奪い、誠一に差し出してくる。誠一は、負い紐でミニUZIを肩に掛けた。
「さて、どうする? ここで殺す?」
一ノ瀬が、UZIの引鉄に指を掛けたまま言い放つ。まだ心臓が持久走後のように拍動している誠一は、思考が纏まらず何も答えない。
それを賛同だと勘違いしたらしい田中が、「ま、待て」と震える声で言った。
「俺は敵じゃない。そうだ、君たちと同じで、俺もテロリストから逃げていたんだ」
田中が、突然滅茶苦茶なことを言い始めた。一ノ瀬が「流石に厳しいんじゃない、それは」と呆れたように呟く。
「武器は敵から奪ったんだ。先生の俺が、テロリストどもの仲間なわけないだろ?」
田中が脂汗でじっとりと湿った顔を引き攣らせながら、笑みらしい表情を浮かべて言った。だが当然、誠一と一ノ瀬が銃を下ろすことはなかった。
「まあ、立ち話もなんだ。どこか静かなところで、ゆっくりと話したいな。四階に音楽室があったよな」
ショックから立ち直った誠一が、引鉄に掛けた人差し指に今にも力を入れそうな一ノ瀬を宥めるように言った。一ノ瀬は誠一の意図を読み取ったらしく、田中の後ろに回って背中に銃口を突き付けた。
「じゃあ行くよ。歩け」
後ろからUZI短機関銃と散弾銃を突き付けられた田中を先頭に、三人は階段を上り、四階の音楽室へと向かった。
*
音楽室の防音ドアをしっかり閉め、念のためドアレバーの下に丁度良い高さだったピアノ椅子の背もたれを置いて、外から開けられないようにする。
しかし、身ぐるみを剥いだ田中をガムテープで椅子に縛り付け、いざ尋問を始めようとしたタイミングで、机の上に並べた拳銃やナイフなどの田中の所持品の中のトランシーバが『田中、早く戻れ。何かあったのか?』と男の声を発した。
誠一は舌打ちして、田中の後ろに回り込んだ。そして、ポケットから取り出したトランシーバを田中の口元に当てた。
「特に異常はありません、すぐ戻ります。と言え」
誠一の命令に、田中が頷く。誠一はそれを確認し、トランシーバを握り締めたまま側面のPTTボタンを押した。
「こちら田中……音楽室だ! 敵は音楽室!」
だが、田中は誠一の命令を無視し、叫んだ。そして、叫び終えると、ぐるりと首を回して誠一に勝ち誇ったような笑みを向けた。
「これでお前らは終わりだ。どうだ今の気分は。じき仲間がやってくる。俺たちの計画を邪魔した罰を受けるがいい」
笑う田中と対照的に、能面のような無表情を顔に貼り付けた誠一。嵌められたことに対する怒りも焦りも見せなかった誠一は、藪から棒に「ところでこのトランシーバ、本当に先生のか?」と田中に尋ねた。
「なんだ、現実逃避か?」と発した田中には答えず、誠一は田中の前に回り、液晶を隠すように握っていたトランシーバを突き出す。液晶の上から指をどけると、電源が入っていれば周波数や電池残量が表示されているはずのモノクロ液晶には、何も表示されていなかった。
「おっと、別のトランシーバだったみたいだ。悪いな」
誠一が嘲笑を浮かべ、逆に田中の笑みが凍り付く。
調理室で刺し殺した男から回収したトランシーバをポケットに戻した誠一の手が電光石火の速さで動き、田中の口にピアノの上に放ってあった雑巾を突っ込んだ。
「ここで嘘を吐いたらどうなるか、教えてやる」
誠一はピアノの上からメトロノームを取り、それを田中の顔面に叩きつけた。一度だけでなく、狂ったように何度も殴打する。鼻血が飛び散り、田中が雑巾の奥から呻き声を漏らす。
五回ほど殴った後、誠一は壊れたメトロノームを投げ捨て、田中の口から雑巾を抜いた。
「次は玉を吹っ飛ばすぞ。『異常ありません、すぐ戻ります』と言え」
誠一は左手で保持した散弾銃を田中の股間に押し付け、右手でトランシーバを田中の前に差し出す。トランシーバの液晶はさっきと同様に指で隠されている。
田中は苦痛と恐怖に歪んだ顔を縦にぶんぶん振って頷いた。
「こ、こちら田中。異常ありません。すぐに戻ります」
『応答までに時間があったな。何があった?』
田中が言った直後、誠一の手の中のトランシーバが男の声を返した。指をどければ、液晶には周波数が表示されていた。今度こそ、田中のトランシーバだった。
「『何でもありません、使い方を思い出していて』と言え」
誠一が散弾銃をより強く押し付ける。田中がガクガクと首を振って頷く。誠一はトランシーバのPTTボタンを押した。
「何でもありません……使い方を思い出していました」
『……この程度、すぐに使いこなしてくれないと困る。次からは素早く応答せよ。終わり』
無線の向こうの男が違和感を抱かなかったことにひとまず胸をなでおろした誠一は、トランシーバを机に放り、田中に向き直った。
「ありがとう先生。これで邪魔が入ることはなくなった」
痣と鼻血で汚れた顔に絶望の表情を貼り付けた田中に、誠一が口元に薄く笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、お話をしましょうか。まず、あんたらは何者だ?」
誠一が最初の質問を繰り出す。もしまた嘘を吐いたら次は何で殴ろうかと辺りを見回す誠一だったが、田中は「日本市民解放機構だ」と素直に答えた。
「平山高校を襲撃した目的は?」
「ふ、不当に逮捕された革命同志たちの解放と、政治弾圧への賠償を求めるためだ」
「要は、生徒たちを人質に、逮捕された仲間の釈放とカネを要求するということでしょ。テロリストの典型例みたいね」
田中の答えを聞いて、一ノ瀬が吐き捨てるように言う。田中は反論しようとしたが、誠一は無視して「じゃあ次の質問」と続けた。
「あんたらの人数、配置、武器、計画など全て、洗いざらい話してもらおうか」
駆け引きも何もない単刀直入な質問だったが、誠一と一ノ瀬が聞きたかったのは、まさにこれだった。
無線の盗み聞きなどで得られる断片的な情報では、全体の一割も状況が分からないのだ。田中をすぐに殺さずここまで連れてきたのは、自分たちが死なないため、そして何より解放機構戦闘員を皆殺しにするため、詳細な情報が必要だったからだ。
だが田中は、怯えながらも反抗的な目で誠一を睨みつけた。
「話すと思うか? 俺は死んでも仲間を売らない。俺が帰ってこないことはすぐに気づかれる。仲間が来る前に俺を解放すれば、命だけは助けてやる」
誠一は舌打ちするとともに、呆れた表情を浮かべた。そして、自分の立場が分かっているのかいないのか、高圧的な命乞いをし始めた田中の口に、迷うことなく再び雑巾を押し込んだ。
そして、散弾銃の銃床で、顔面や胸や腹など殴られたら痛そうな箇所を滅茶苦茶に乱打した。重量四キロはある散弾銃は棍棒としても十分有用で、田中は殴られる度にくぐもった悲鳴を上げる。躊躇は一切なかった。
ひとしきり殴り終え、それなりに息を切らした誠一が、田中の口から雑巾を抜き取った。
「まずお前らの人数を言え」
「…………さ、三十人だ」
息も絶え絶えといった様子の田中が、擦れた声で言う。
素直に喋ったかと思われたが、よく考えれば、トラックから出てきた戦闘員の人数は多くても十五人程度のように見えた。
一ノ瀬もそれを思い出したらしく、「トラックから降りてきたのはもっと少なかったようだけど」と田中を睨んだ。
田中は血まみれの顔を青褪めさせ、言い訳すらせずに黙り込んだ。どうやら、この期に及んで、まだハッタリが通用すると勘違いしているようだ。
「懲りない奴だな、お前。そんなに痛いのが好きなのか?」
誠一が雑巾を持つと、田中は口を固く閉じた。雑巾を口に入れられたら、また殴られるとでも思ったのだろう。
誠一は露骨に舌打ちし、田中を見下ろす。
時間がないのだ。さっき田中が言った通り、戻ってこない田中を捜しに、じきに仲間がやって来るだろう。さっさと情報を引き出す必要があるのに、いちいち反抗されていたら、やりにくくて仕方がない。
焦りが苛立ちを加速させ、誠一の倫理観のタガがさらに一段階外れる。
誠一は、田中から没収したナイフを鞘から抜いた。刃渡り十五センチはありそうな立派な刃が、薄暗い室内でも銀色に輝く。
「じゃあ、そのまま口閉じとけ」
誠一は、ナイフを持った右手を、田中の顔の前で指揮棒でも振るかのように小さく振り回し始めた。
「8」の字を描くように滑らかに動く刃先が、田中の顔の上を舐めるように縦横無尽に走り回る。鮮血が飛び散り、薄くスライスされた肉の欠片が頬から滑り落ちる。
田中は絶叫するが、音楽室は防音だ。その声は誰にも届かない。
「さあ、言え。仲間は何人だ?」
数秒でズタズタに切り裂かれた顔の上になおもナイフを走らせながら、誠一が尋ねる。田中は
「何でも喋るからやめてくれぇ!」
と子供のように泣きじゃくりながら誠一に懇願した。
誠一はナイフで田中の顔を切り裂くのはやめたが、鞘には収めず、いつでも再開できるようにピアノの上に置いた。
「仲間は何人だ?」
「じ、十七人。もう四人死んでるから今は十三人だ」
「配置は?」
「教室棟三階の生徒ホールが拠点だ。基本的に皆そこにいる。あんたたちのせいで欠員が出て、予想より早く警察に知られたってことで、校内の捜索は後回しになったはずだ」
田中が、べらべらと聞かれたことに答えていく。
どうやら田中の反抗心を完全にへし折ることに成功したらしい。映画の悪役をイメージしながら自己流でやった拷問だったが、なかなかに効果てきめんだったようだ。
その後、誠一と一ノ瀬は、思いつく限り必要になりそうな情報を田中から搾り取った。
敵全員の名前、持ち込んだ武器の種類と数、今後の計画、テロリストたちが誠一たちについてどの程度情報を得ているのか、など。
驚いたことに、連中は校舎内にいる敵が男子生徒一人だと思っているらしく、一ノ瀬の存在に端から気づいていないらしい。田中が誠一だけに銃を突き付けて安心してしまったのも、そのせいなのだろう。
一通り質問をし終え、腕時計を見ると、針は十二時ぴったりを指していた。田中を捕らえて何分が経つのか詳しくは覚えていないが、そろそろ潮時だろう。ひとまず聞きたいことは聞けた。
顔から溢れる血で汚れた田中は、椅子の上でぐったりとしている。放っておいても、何時間かすれば死にそうだ。
だが、自分たちのことを知ってしまった田中を放っておくという選択肢がないことは、誠一も一ノ瀬も分かっていた。
「聞きたいことはもうない?」
一ノ瀬が、誠一に尋ねる。誠一は「ああ」と頷き、血塗れのナイフをピアノの上から取った。いくら防音のドアでも、銃を使えば流石に気づかれる可能性が高い。
「よし」
だが、誠一より先に動いたのは一ノ瀬だった。
彼女は特に気負った様子もなく田中の後ろに回り込み、調理室で回収したナイフで田中の喉を掻き切った。
顔面の出血とは比較にならない量の鮮血が、まるで蛇口を開けたかのように田中の喉から溢れ出す。田中は見開いた眼を誠一と一ノ瀬に向け、何かを言おうとするように口をパクパクと動かすが、喉の切り口から空気の漏れる音を立てるだけで、何を言おうとしているのかは分からなかった。どうせ罵倒か何かだろうが、田中の最後の言葉を聞き取ることは叶わず、その数秒後には田中は動かなくなった。
誠一はまじまじと一ノ瀬の顔を見やった。自分がついさっきまで容赦なく拷問を加えていたことを忘れて、あまりにも躊躇なく人を殺した一ノ瀬に驚いたのだ。
「なんで引いてるのよ。あんただって同じようなことしてたじゃない」
「いや、まあそうなんだけどな」
「とりあえず場所移動しよう。ここは敵の拠点に近すぎる」
誠一と一ノ瀬は、外に誰もいないことを祈りながら、慎重に音楽室の防音扉を開けた。途端に、複数の――恐らく十は超えるサイレンの音が耳に入ってきた。化学室の爆破は意図した通りに作用し、警察を呼び寄せることに成功したようだった。




