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第10話 要求事項

 凄まじい爆音と衝撃に、テロリストたちは半ばパニックに陥っていた。特に、金村が取り逃がした正体不明の男子生徒を捜索するために校舎内に散っていた戦闘員たちは、状況が分からず無線に質問を繰り返し、混線により更に混乱を呼ぶことになった。

 一方、教室棟三階の本隊は、校庭に面する廊下の窓ガラスが衝撃波で残らず砕け散る被害を受け、パニック状態になった生徒らを鎮圧する必要に迫られたものの、化学室が爆発する様子が窓から見えたため、状況は断片的ながら把握できていた。


『化学室で火災が発生している。戦闘要員は警戒を厳となし、直ちに化学室に急行せよ』


 実質的に作戦を取り仕切る萩生田の声が、繰り返し無線に流れる。

 混乱の極致にあった戦闘員らは、一旦校舎内をうろつく敵の捜索を棚上げにして特別教室棟三階の化学室へと向かった。しかし、集まってきた戦闘員らは、化学室前の廊下を埋め尽くす大小の破片と黒煙に妨げられ、化学室に近寄ることすらできなかった。


「誰か消火器持ってこい!」

「もう消火器じゃ消せない。なぜスプリンクラが作動していないんだ!」

「防火シャッタを下ろすときに警報装置類を切ったんだ」

「じゃあ警報装置を入れに行け! あとお前とお前、消火栓を使うぞ、手伝え!」


 右往左往しつつも消火を試みようとする戦闘員たち。その後ろから、遅れて到着した萩生田が「落ち着け!」と怒鳴った。戦闘員らは動きを止め、萩生田に視線を送る。


「田中が防災設備の電源を入れなおしに行った。じきにスプリンクラと防火シャッタが作動する。消火はそれに任せ、我々は一度教室棟三階に撤収する」


 萩生田がそう宣言する。

 消火栓の扉を開けてホースを取り出そうとしていた古元が、「スプリンクラに任せるって……一刻も早く火を消さないと解放闘争どころじゃなくなる。それに巻き込まれた奴がいないか確認しないと」と異議を唱えた。だが、萩生田は「これは清水議長代理の命令だ」と突っぱねた。


「じきに消防と警察が大挙して押し寄せてくるだろう。予定に大幅な狂いが生じた今、一度態勢を立て直す必要がある。戻るぞ」


 萩生田の号令の下、集結した戦闘員たちは教室棟へと引き上げていった。







 「爆発音がした」という複数の通報を受け、東京消防庁月山消防署所属のポンプ車はサイレンを鳴らして平山高校に急行した。

 しかし、平山高校の正門は施錠され、門の内側には配送業者のトラックが進入を拒むように横付けされていて、到着したポンプ車は門の前で立ち往生することになった。

 乗車していた消防隊員らは困惑の面持ちで、ワイパーが往復するフロントガラス越しに校舎を見上げる。


『既に火は鎮火した! 帰ってくれ!』


 さらに、校舎二階の窓から男が拡声器で呼びかけてきたことで、消防隊の困惑は最高潮に達した。

 どの科目の教師か分からない真っ黒な服を着た男が「鎮火した」などと叫んでいるが、そのすぐ上の階からは、炎は見えないものの濛々と白い煙が立ち昇っていて、とても鎮火したようには見えなかった。それに、そもそも鎮火したかどうか判断するのは消防の仕事だ。


『月山消防署です。門を開けて下さい!』

『帰れ!』


 消防車のスピーカーと拡声器が完全に平行線のやり取りをする脇で、痺れを切らした消防隊員がドアを開けて降車し始めた。

 それを見た二階の男は舌打ちし、トランシーバを取り出した。


「やはり帰るつもりはないようです」

『消防隊なんか入れるわけにはいかないわ。追い払いなさい』

「了解」


 清水の命令を受け、男は拡声器をその場に投げ捨てると、AK‐47自動小銃を何の躊躇もなくポンプ車に向けた。

 銃声が鳴り響き、ポンプ車の車体が火花を散らす。赤色灯が吹き飛び、サイドウインドウが木端微塵に砕け散る。

 降りてきていた消防隊員が大慌てで車内に戻り、ドアも閉め切らないうちにポンプ車は側面をガードレールに擦り付けながらバックで校門前から逃げていった。


『機関銃で撃たれた! 消防士が負傷!』


 ポンプ車からの悲鳴のような通報が消防無線を駆け巡り、それはすぐさま警察にも共有された。数分後には爆発音の通報を受けて元々向かっていたパトカーが平山高校前に到着し、さらにその十分後には月山市中のパトカーが集まってきて、平山高校前の狭い道路は白黒のパトカーで埋め尽くされた。


「事態の進行が早すぎる。まだ準備が済んでいない上に、予定外の欠員が生じている。今、警察が突入してきたら不味いですよ」


 最古参の古元が、目隠しの布の隙間から窓の外を眺めながら不安を隠そうともせずに言った。

 朝よりは弱まってきた雨の向こうに、大量の赤色灯が瞬いているのが見える。じきに校庭にまでパトカーが雪崩れ込んでくるだろう。だが、「確かに予定にはかなり狂いが出てきているわね」と応じた清水の声は、不安など一切抱いていないかのような調子だった。


「でも、日本の警察がすぐに突入してくることなんてあり得ないわ。こっちには三百人の人質がいるんですもの。そう心配することはないわ、古元」


 自分の父親より年上の男に対するとは思えない不遜な態度で言った清水に、古元は苦笑を浮かべた。


「流石は麗華お嬢様、肝が据わってらっしゃる」

「わたしは父みたいな小物と違うのよ……菅野、予定を早める。警察に電話を掛けなさい。要求を伝える」


 清水は、古元が僅かに顔を顰めたのを横目に確認しつつ、菅野に声を掛けた。警察無線の傍受に勤しんでいた菅野は、「短縮2を押せば繋がります」と言って衛星電話装置とカールコードで繋がった受話器を清水に差し出す。

 清水は受話器を受け取り、テンキーの上の「2」のボタンを押した。発信音の後、「事件ですか、事故ですか」と警察のオペレータが応じたのを無視して「これは録音されてるわね?」と尋ねた。


『はい、録音されてますが……』

「今から要求を伝える。わたしは日本市民解放機構議長代理、清水麗華よ。わたしたちは都立平山高校を占拠し、生徒と教員合わせて三百人以上を確保した。要求が達成されなければ、十キロのセムテックスが校舎ごとわたしたちと生徒たちの命を吹き飛ばすことになる。では要求を述べる」


 清水は、オペレータに口を挟む隙を与えず、予め用意していた文章をすらすらと諳んじていった。


 要求一。これより、許可なく平山高校から半径百メートルの範囲に何人たりとも侵入させないこと。

 要求二。平山高校から半径五キロメートルの範囲を飛行禁止区域に設定し、許可なくヘリコプターやドローンなどの航空機を侵入させないこと。

 要求三。不当に収監されている同志たち六十三名の解放。

 要求四。国外脱出用のジェット旅客機の用意と、平山高校から空港までのヘリの用意。

 要求五。解放機構党員の不当逮捕および解放機構への政治弾圧の賠償として五百億円の用意。うち最低二百億円相当については米ドルで用意すること。


「午後二時までに以上の要求が達成されなければ、達成されるまでの間、十分ごとに生徒を十人ずつ殺していく。この点について交渉の余地はない。校内への侵入を試みたり空からヘリやドローンを接近させたりすれば、直ちに最低十人の生徒を殺害する。未来ある三百人近くの高校生の生殺与奪を我々が握っていることを、くれぐれも忘れないこと。以上」


 清水は言いたいことだけ言って、受話器を置いた。


「政府は要求に従いますかね?」


 大河原が清水に尋ねる。清水は一切迷うことなく、「従わざるを得なくなるわ」と言い切った。


「どうせ、あれこれと時間稼ぎを試みてくるでしょうけど、二時間後に最初の生徒たちが死ねば、大慌てで準備を始めるでしょうね。遅くても四時頃には飛行機に乗れるんじゃないかしら。今からカネの使い道を考えておきなさい」


 清水はそう言って、生徒ホールの真ん中に設えた椅子に腰掛けた。

 大河原は「どうせ使い切れない額なんだ。南国のビーチでアイスでも食いながらゆっくり考えますよ」と応じ、清水が座る椅子の後ろで直立不動の姿勢を取った。

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