8 バチバチ少女。襲来する。
バチバチ少女の使役する雷は目視のちの回避では間に合わない。
なにせ早すぎるのだ。雷が通った跡がわずか青白い線となってから、もう遥か前に通り過ぎてからようやく俺にその軌道を教えてくれるのだ。
その線が通った跡がいくつも走っている現状の風景はとても幻想的でこんな状況でなければ感嘆していただろう。
(右ッ、左ッ。ああもうどっちでもいいからとにかく動けッ、止まるな狙い撃ちにされるぞ!!! あと動きに規則性を持たせるな、先読みされるぞオニイチャンッ!!!)
とにかくしっちゃかめっちゃか動き続けるしかない。
バチバチ少女が攻撃してこようがしてこまいが動き続けるしかない。止まったらそれこそ一瞬で黒焦げにされる。
一人でマヌケで歪なダンスを続けるしかないのだ。いや俺は極めて真面目にやっている。
「はははっ、避けろ避けろ!!! 当たっちまうぞハハハ!!!」
俺の一人無様ダンスがさぞ面白いのだろう、上機嫌に笑いながらひたすらに雷撃を放つ少女。
あれだけの威力をこれだけ乱射して未だに俺に当たらないのだ。もしかしたら遊ばれているのかもしれない。
(まぁ、十中八九遊ばれているだろうな。なんというか実力に情緒がついてきていない。油断とも取れるが、それほどオニイチャンを恨んでいるとも言える。本当になにをしたんだろうな)
そんなん俺が一番知りたいわ。
一体どんな悪行をすればあんな少女にあんな邪悪な笑みを浮かばせられるというのだろうか?
圧倒的な嗜虐心を抑えることもなく邪悪に笑う少女に、あんな表情を浮かべさせているのが自分の行動が基になっている可能性がある。倫理観がぶっ壊れそうだ。
(とにかく、オニイチャンがギリギリ回避できるレベルの攻撃である現状を保て。
これ以上攻撃のバリエーションが増えたらもう回避のしようがない。下手に反撃しようとするなよ。勝利条件は弟か魔女お姉ちゃんが助けに来てくれるまで逃げ続ける事だ。格好悪いとかみっともないとか考えるなよ。それが現状オニイチャンの出来る最前だ。
なに心配するな。私もできるだけアドバイスする。命がかかっているのは私も同じなのだ)
1人だったらもう絶対に心が折れていた。隣に誰かがいてくれるという安心感。
一蓮托生だからこそ共有できる危機感は俺の心労を半分くらいにしてくれている。
寄生虫とか思ってごめんマオさん。
現状、息はあがっている。体力もそれなりにヤバい。けど危機感からか脳内麻薬が出まくっているのかそれほど疲労感はない。まだジタバタできる。
「なにニヤニヤしていやがる、気持ち悪ィなぁ!!!」
だというのに。せっかく絆を確認して、覚悟を新たにしたというのに。バチバチ少女はそんな俺を見て更に苛立ちを募らせる。
最初っからそうだったが、本当に八つ当たりである。
バチバチ少女は先ほどまでこちらに向けていたてのひらを地に向けると、ズンッ。と発雷した。雷が蜘蛛の巣のように広がっていく。
(まずいぞ。攻撃を直線から範囲型に変えてくるみたいだ。そうなるともう回避できない)
やるっ。出来るっ。俺達なら回避できるっ。と意気込んだ次の瞬間にはそれがもう通用しない。
本当に待ってくれねぇなこのバチバチ少女。
(オニイチャン、何でもいい、時間を稼げ!!! とにかく広範囲攻撃はさせるな。もう横っ飛びぐらいじゃ回避できない)
その先に待つのは死である。
記憶を持っていようがいまいが俺は俺である。それでも記憶がないのだ。
そこは別人カウントということにさせてほしい。身に覚えが無いし。
なんでそんな別人が過去に犯した罪で殺されなくてはならないのか、納得いかねぇ。許容しかねる。絶対にいやだ。ふざけんな。
「なあっ。過去になにかやらかしたんなら謝罪するから、土下座だってするから、クツだって舐めるから、勘弁してくれないか? 許してくれないか?」
だけど俺が出来ることなんて言葉以外なにもない。腹にどす黒いものは確かに渦巻いているが、そのどす黒いものは何かをしてくれるわけじゃない。
だから暴力に屈するという弱者の在り方をキレイになぞる自分には嫌気が差すが、仕方がない、そう自分に必死に言い聞かせて、都合のいい謝罪の言葉を精一杯叫ぶ。
「なにかやらかしたんなら謝罪するだぁ?」
俺の言葉は確かにバチバチ少女に届いていた。
ただ、必死に謝罪するという俺の懇願は―――。
「覚えて…ねぇのか? あんな屈辱を喰らわせておいて? 覚えてねぇだと!!!」
さらなるバチバチ少女の怒りで払いのけられた。
回避する隙間もないように蜘蛛の巣のように展開されていた雷が更に肥大する。
怒髪天のように、バチバチ少女を中心に雷が何本も空へ上り、いくつかは落雷となって地を焦がす。
一人で雷雲を展開している、もはや巨大な嵐である。
(なんと言うか…まぁ。人の神経を逆なでするのがうまいんだなぁ。とオニイチャンの才能に呆れている所だよ。さて、ここからどうする? 因みに私はもう匙を投げたい所だ)
そう言うなよマオさん。俺だって呆れている。
どうすべきか必死に考えなければいけないのに、頭がもう思考を拒否している。
VS積雷雲。どうしろって言うのか?
「ホントはもっといたぶって、後悔と絶望の中で殺さねぇと気がすまねぇんだけど、もうダメだ。いますぐ殺させろ!!!」
バチバチ少女がその手を天に掲げると耳をふさぎたくなるような轟音が大気を引き裂き、地面に幾本もの雷が焦がす。
これすら予備動作なのだろう。おそらくあの手を振り下ろしたらもう回避のしようがないくらいの落雷が俺めがけていくつも降り注ぐ。
そうなると俺に出来るのは当たりませんようにとイモムシのようにうずくまるくらい。
(なぁオニイチャン。生き残る可能性がわずかにあがるだけ、無駄な足掻きとして聞いて欲しいんだが、どうせ止まっていても死ぬだろう? だったら逃げるべきじゃないか)
すげぇなマオさんは。こんな時でも生きる可能性がわずかでもあるのなら行動しろと言ってくる。
別に逃げても確率が10%もあがるわけじゃない。0から0.1%にあがるくらい。
ほとんど意味のない行動だ。
それでもやらないよりはマシかぁ。とりあえず一目散に後ろへ走ろうと足を後ろに踏み出した。
「あだぁっ」
何かに当たって思い切り転んでしまった。なんだよと振り返ると石が転がっている。
俺はこんなのに足を取られたのか? 0.1%の可能性を費やされるのか?
こんなん笑うしかない。
(こりゃあダメだ。あははは)
マオの笑い声もどこか他人事で。投げやりで。俺と同じ心境に違いない。
「じゃあ…死ねッ!!!」
バチバチ少女が手を振りおろし、幾本もの雷が俺に向かって降り注ぐ。
しかし俺はソレが見えるわけじゃない。大体雷は早すぎるのだ、知覚より先に死んでいる。だから、俺が出来るのは少女の挙動に合わせて目を瞑るくらいだ。
目を瞑っていても極光が瞼の向こう側で展開されているのがわかる。それくらいに眩しいのだ。対俺としては明らかなオーバーキルである。
なのに、爆音と極光ばかりが五感を犯していくのに、意識だけはまだ残っている。ついでに痛みを感じることもない。
(はぁ、良かったな。まだ生きているぞオニイチャンとやら? 時間稼ぎ成功だ)
ふと、マオが安堵の声で語りかけてきた。
思わず目を開けると。
「ごめんね遅くなって…大丈夫だった? にーちゃ君!!!」
俺を守るように、お姉ちゃんを自称する見た目麗しい少女である、庇護欲ばかりがカウントストップしている危ねー女こと。
「お姉ちゃんが来たからもう安心だよ!!!」
カーヤが立ち塞がっていたのだった。




