7 カーヤ。罪の意識から俺にやたらと構う。
「うおおおおおお!!! おっほおおおおおお!!!」
そこらへんで落ちていた骨を削って釣り針を作り、ツタっぽい植物を叩いて繊維をこよりにこよって作った釣り糸が一瞬で魚に持って行かれた時に出る悲鳴はこれだった。
これにかかった手間が走馬灯のように脳を駆け巡る。
もはや我が子と言ってもいいくらいの愛着はあった、しかしそれでも失う時は一瞬で、なんで5分前の俺は、これだけ頑張って作った釣り針に釣り糸なんだ、きっと釣れるさ。なんて期待を抱いていたのだろう? 世界はそんなに優しくなんてない。残酷が過ぎる。
ヒトはいつだって大切なものを失ってからしから後悔はできない、俺の頭の中に巣食う寄生虫、もといブレインであるマオも俺が時間と労力をかけてこれらを必死に制作している様を一番近くで見ていたためか、言葉も出ないようである。
下手な慰めすら躊躇われる、そう思われているに違いない。そしてそれは間違っていない。
きっと慰めの言葉なんぞかけられたら、思い出がフラッシュバックしてもう俺は涙を我慢できない。
現状俺の心に渦巻いているのは絶望、それだけである。マジ泣きそうだ。
「どうしたのっ、にーちゃくん!!!」
俺の悲鳴があまりにヤバかったのだろう。傍で調理をしていた自称お姉ちゃんこと、見た目少女なカーヤがパタパタと駆けてきた。
歩幅は小さく、擬音はパタパタで、それでも一生懸命で、それだけで俺を慮って必死に走っているのがわかる。
「大丈夫!? どこか怪我した? どこも痛くない? あぁどうしましょ、どこが痛むの? ねぇお姉ちゃんに教えて?」
俺がどんな大けがをしたと思っているのか。カーヤは俺の身体をべたべたと触ってきた。
少女に体をベタベタ障らせる。見た目だけなら完全に事案であるが、カーヤの必死な形相を見るとそんな感想も引っ込むくらいには本人は真剣に俺を触診しているのだった。
「いやごめん、釣り糸が切れただけなんだ。ややこしくて本当にごめん」
これだけの慌てようだ。心配させてしまい申し訳なくなってしまう
記憶喪失中の我が身であるが、こうなった原因はカーヤにあるという。彼女はその事を悔やんでいる。
家族に手を出してしまったことをずっと引きずって、俺の世話を焼きたがっている。
聞いた所だとそもそもの原因は俺が彼女等の行水を覗こうとした所に起因しているらしく、自業自得じゃねえか記憶を失う前の俺よ。とは思うが、カーヤ自身がこれを悔やんでいる、それが従来の庇護欲に更にブーストをかける結果となってしまっていた。
めっちゃ過保護少女となってしまっていた。
「そう、よかったぁ。じゃあお姉ちゃんまたあっちで調理しているから、なにかあったらすぐにお姉ちゃんを呼んでね? 絶対だよ」
ほっと胸をなで下ろすカーヤ、本当に俺を慮っている。大変申し訳ない。
秋重くんとカゲちゃんは、今俺がいるより下流の方で、返り討ちで殺めてしまったすごい大きなイノシシのような獣をとりあえず処理している。もう少しで夜になってしまうので、内臓を抜いて流水にさらす程度の作業とカゲちゃんは言っていたからじきに戻ってくるだろう。
返り討ち自体は望まぬ展開ではあるが、肉が食べるのはちょっと楽しみだったりする。
カーヤは先ほど述べたようにちょっと離れた所で調理をしている。
皆なにかしろ働いている。ダメお兄ちゃんこと俺は?
「このままふさぎ込んでてもしょうがねぇか…」
たしかに心を込めて作った釣り針と糸を失ってしまったのは悲しいが、それでも確かに魚をかけることは出来たというのは事実だ。
あとは強度の問題さえクリアできれば、次こそは釣り上げられる、と信じたい。
この際釣り針は一定水準以上になったとしよう、次は糸である。
植物の繊維をもっと何重にもこよればいいのか、もっとしっかりと乾かすべきなのか、ある程度は水分は残した方がいいのか、あるいは何かを塗布することで強度があがるのか、そもそももっと強度が期待できる植物があるのか。
考えることは山積みである。
一番簡単なのはマオに聞いてしまう、頼ってしまうことであるが、頭の中に巣食っている寄生虫のくせいにコイツは俺の成長というヤツに結構重みを置いているフシがある。
記憶が無いのに成長とはこれ如何に、ではあるが、それでも自分で出した結果に勝る結論はないと、他愛のない話は結構してくれるが、こと安易に結論を求めるということにかんしては案外答えを渋る傾向にあった。
「とりあえず、取り出した繊維をもっと乾燥させて、ちょっと不恰好かもしれないがもっとぶっとくこよってみるわ」
答えが帰って来るとは思わなかったがとりあえずマオにはそう報告した。
(自分で考えてやってみることが重要だ。私にそれを止める権利などない。好きにやってみるがいいオニイチャンとやら?)
へいへい。好きにやってみますよ。
よっこらしょと、立ち上がると誰かがこっちに歩いてくるのが見えた。
もう辺りは暗く、ぼんやりとしたシルエットでそれが誰かはわからない。
背格好的にはカーヤくらいであるが、カーヤだとしたら俺を呼びながら近づいてくるから違う。
なら、アレは誰だろう?
整備された道というわけはないがここは川沿いである。決して多くはなかったがそれでも他人とすれ違う機会自体はあった。
となると、近づいてくるあれは俺達同様に旅をしている人だろうか?
近づいてくるという事は俺に用がある、と考えてよさそうだ。これが賊ならわざわざ真正面から近づいてなどこないはずだ。
これまでの旅人とすれ違った時の事を思い出し挨拶しようと軽く手を挙げた。
「どーもこんばんは―――」
バチリと、俺に向かってくるヒトの右腕が発光したのが見えた。
青白く、鋭く発せられる音はおおよそ警戒音。そしてその誰かさんは発光した手をこちらに向け―――。
(避けろッ、横に跳べッ!!!)
マオが突然怒鳴った。びっくりして思わず横に跳ぶ。
バチリ、と俺がいた場所に青白い線が走った気がした。何分それは早すぎて目視ができない、ただ、結果として俺がいた場所の直線状にあった木が派手な音を立て倒壊したという事実だけが、今のが俺に対する攻撃だったとわからせる。
(間違いなく、貴様に敵意を向けた攻撃だったぞ? 知り合いかオニイチャンとやら?)
いやマオさんや。俺が記憶喪失なの知ってんでしょ?
そんな軽口を叩きたいがそんな余裕など皆無。
今度は俺に向かってくる人物の両腕が発光するのが見えた。見てから回避が出来ない光線、それが二発来るという予告。
俺を襲い掛かった誰かさん。距離がだいぶ近づいてきたからようやくその姿を見る事ができる。
「よお、久しぶりだなぁ!!!」
荒々しい口調だったが、それは少女だった。おおよそ可憐と言っても差し支えない。
流れるように淡く輝く金髪ではあるが、まばらにおおよそ半分が色素が抜け白髪のようになっている。
おそらく、心神喪失、よほどなにかショックなことがあってこうなってしまったと思わせるような痛々しい色素の抜け方。
纏った衣服は黒く、しかし白く民族文様のようなものが施されていて、記憶を失っている俺ではあるが、俺の知る現状この世界でもっともクオリティが高い衣服も神秘性を高める一因と充分機能している。
当然記憶喪失状態の今でこの少女に関することは何一つとして思い出せない。
ただ、現状彼女を呼称するとしたら、両腕がバチバチ発光しているからバチバチ少女と言ったところだろうか。
「あんときの借りを返しに来たぜぇ。死にな!!!」
バチバチ少女が両腕をピクリと動かす。
マオは少女の魔力の流れ的なものを感知できるのか回避の指示を出してくれる。
今回の二連撃もそのお陰で回避できた。
「ちぃ、相変わらずちょこまかと逃げるじゃねぇか」
忌々しそうに吐き捨てるバチバチ少女。
本当に表情から俺を憎んでいるのがありありと見て取れる。
一体何をしたらこんなに恨まれるんだ、教えてくれよ記憶を失う前の俺よ。




