5 カゲちゃん。過食症の疑いをかけられる。
相も変わらず記憶が戻る気配が無い。
俺の頭の中を住処にしているマオとやらの言では。
「ふとしたきっかけで戻るとは思うぞ、いやなに、前回と同様に体内電気ショック療法でもいいのだが、なにぶんアレはひどくデリケートだからな。
少し加減を誤ると頭がポンッてなるかもしれないから、緊急時以外の使用はあまりおススメできない」
だそうだ。俺は以前も記憶喪失になった事があるという事実と、前回はその頭がポンッてなるかもしれない治療法を取ったことにドン引きしていた。
まぁとにかく、この治療は別に急いだ所でデメリットの方が勝りそうなので、現状維持を余儀なくされている、というか。俺は俺の事を覚えていなくても俺の事を覚えてくれている人がいるからそこら辺の焦りは意外と少ない。
どうやら俺は意外と図太いようだ。
この旅? というか放浪は現在の所、俺の療養が出来そうな街だか国だかを探してひたすら割と幅のある川沿いをひたすら歩いて日が落ちたら野宿、雨の日はちょっと内陸側に移動し雨がしのげる所で野宿という目的は明確な癖にゴールは誰にもよくわからん、というものになっていた。
朝。起床してお姉ちゃんことカーヤの家から持ってきたらしいドライフルーツ的なものをもっそもっそ食べてから移動を開始。
昼飯は無く、疲れるたび休憩し食べられそうなものがあるたびにそれを採取して翌日以降俺達の糧になってもらう。
夜。川沿いなので、俺と弟であるらしい秋重くんと火を起こす。とは言え枯枝集めて俺のライターで火をつけるだけなのだが。
お姉ちゃん少女カーヤと皆の妹分ことカゲちゃんはその間に近くまで水浴びへ。
俺が記憶を失ったのはこの水浴びを覗いたせいだという。
なっさけねぇな俺。涙が出てくる。
そんでその後集合して、夜ごはんを食べるわけだが。
「ねぇ兄ちゃん。どれが食べられる果物なのか覚えた?」
俺と秋重くんは未だにどの植物が食べられるものかを覚える事ができていない。
俺は記憶喪失というハンデがあるからしょうがないじゃん。とかも思ったが、皆に聞いたら俺はそもそも食べられるものがどれだか覚えられていなかったようだ。
どうやらここは異世界で、俺と秋重くんが住んでいた地球ではないらしい。
おかしな話であるが、この世界の異常に巨大化したケモノとか恐竜じみたトカゲとか獣と人の中間のような生物とかを見ると信じざるを得ない。
異世界。つまり俺達が学んできた常識が、結構な割合で通用しない世界。なさけない事に知識量は赤子同前なのである。
今日一日で歩きながら収穫した食べられそうな植物の内、どれかは食料として調達したものである、だが他はすり潰して湿布みたいに使うらしい植物や、干した種が胃薬になるみたいな目的で採取した植物、いろんな種類がある。
「いや、さっぱりわからねぇ。前にあの赤い果物みたいなヤツ見た気がするんだけど、アレは良いヤツだっけ? 」
「たぶん、あれは食べられるけど、熟すまで時間がかかるから保存食みたいな扱いのヤツじゃなかったっけ?」
「え、でもあの果物、見た目もっと黄色くなかったか?」
「いやそれは熟したら黄色くなる…的な?」
日本人である俺と秋重くんの会話はこんな感じでクエスチョンマークが飛び交うだけな実に不毛な会話だった。
なので食事の準備は女性二人に任せる感じになってしまっている。
大の男が二人そろって、どれが食べれるかわらかないと慌てふためく姿は滑稽でしかないしなんか情けない。
でも仕方ない、だって覚えられないんだもん。どれも一緒に見えるんだもん。
素人が食べれるか否か迷ったら口にすべきではない。だから仕方なくそれらの判断が付く見た目少女な自称お姉ちゃんや名実ともに幼女である妹に任せるしかないのだった。
「いただきます」
三者三様に食への感謝を告げ食事を開始する。
因みに異世界でも食へ感謝をささげる言葉はあるのだろうが、俺と秋重くんが伝わりもしない日本語でいただきますと言い続けるもんだから、二人ともそれに倣ってくれて食事前の食への感謝は日本語となっていた。
今日の食事は、ちょっと前に採取した果物が熟したようで、味はまともなのにちょっと特徴的に臭う果物と干し肉だった。
味はともかく、量は申し分ない。
干し肉を噛みながら唾液で少しずつふやかしながら食し、口内の水分が足りなくなったら果物を食む。
強制的にたくさん噛まざるを得ず、満腹中枢が刺激されるという、実にうまくできた仕組みだ。
干し肉をよく噛まなくてはいけない性質上、食事中の会話は普段の和やかさが嘘のように少ない。
もっちゃもっちゃと租借音だけが響くだけである。
秋重くんは干し肉と果物の残り量をうまい事調整しながらどっちも同時に食べ終わるくらいに調整しながらちびりちびりとうまい事食べている。
カーヤはそういう配分を経験からわかっているのか、なんかすべての動作が洗練されていて深窓の令嬢さながら優雅に食べていた。本物の令嬢が干し肉喰うかっていうのは野暮な質問である。
問題はもう一人の幼女。皆の妹分ことカゲちゃんである。
「ほらカゲちゃん、もうちょっと落ち着いて食べなさい。そんなに急いで食べたら喉に詰まらせちゃわよ」
カーヤが窘めた通り、カゲちゃんはやたらと早食いだった。
あらゆるものを食べても間違いなく味わって食べてはいないだろうとわかるくらいに食べるのが早い、もはや呑んでいると言ってもさしつかえない。
こうして毎回、もっと噛んで食べなさいとカーヤに窘められ、反省はするのかそれからゆっくりと食べるのだが、それもわずかな時間でいつもの早食いに戻っている。
もうこの食べ方は本人にも制御不能で、意識しないとこうなってしまうようだった。
その様はもはや脅迫観念にも似ている。なにがカゲちゃんをそこまで追い立てるのか?
「なぁカゲちゃん。何度もカーヤお姉ちゃんが言っている通りにもっとゆっくり食べよう? よく噛んで食べたほうが少ない量でお腹いっぱいになるし、なによりそんな早く飲み込んでカゲちゃんが喉に何かを詰まらせてしまったら、秋重くんもカーヤお姉ちゃんももちろん俺だって悲しい。だからさ、早食いを早く治そうとは言わないから、ゆっくりでもいいから、治していこう? 今のカゲちゃんにはみんながいるだろ? みんなと一緒ならきっと出来るよ」
なんからしくない説教をしてしまった。
もちろん、早食いをするカゲにも理由があるのだろう。もしかしたらそれが早食いなんて言葉で片付けていけないような重要な病気である可能性だってある。
いや別に早食いを病気なんて言うつもりもないけど。
見ていると不安になるくらいにあるものを片っ端から早く平らげようとしているのだ。
同行しているのだ。なんだかんだ一緒にいるのだ。心配くらいはさせてほしい。
「なんか、にーちゃ君がお兄ちゃんっぽい。すごい!!!」
カーヤが驚いて俺を見ている。
お兄ちゃんぽいって、普段俺はどれだけ頼りにされていないのだろう。
見た目だけなら一番年長者なんだけど。
「そうだよカゲちゃん。にーちゃお兄ちゃんの言う通り。何か理由があるのかも知れないけど、それならばその理由を教えて、それで一緒に考えよう? だってわたし達は家族なんだから」
カーヤにぎゅっと抱きしめられて、まさか早食いがこんな家族のどうこうに発展するとは考えていなかっただろうカゲちゃんがきょとんとしている。
でもカゲちゃんだって何も学べないような子供じゃない。首をふるふると横に振って。
「ごめんなさい。だいじょうぶ。がんばってもっとゆっくりたべる」
言葉足らずともカーヤの目を真っ直ぐに見つめ、それだけは確かに告げた。
その真摯な視線に感極まる所があったのだろう、カーヤはちょっと瞳を潤ませながらカゲをもっと強くぎゅっと抱きしめた。
最初は苦しそうにしていたカゲだったが、そのうちその抱擁を受け入れ、目を瞑ってカーヤを抱きしめ返した。
「いや、カゲが早食いになったのってそもそも兄ちゃんが横取りし続けたせいだからね」
は? 秋重くんよ、今なんつった?
いや言葉はもちろん理解できている。だがその現実を受け止めるだけの強さが無い。
「だから、僕にはカゲとカーヤお姉ちゃんの言葉はわからないけど、カゲの早食いの話でしょ? 兄ちゃんが、オラーなにちんたら食ってんじゃーとか言って横取りし続けた結果だってアレ。兄ちゃんはコミュニケーションのつもりだったけど、カゲ本気で嫌がってたからねアレ」
お、おう…原因は俺かよ。
なんというか、こんな家族の感動的なワンシーンが一気に茶番じみたものに色褪せた。
もちろんカーヤとカゲにとってはまだこれは輝かしい家族のやりとりなのだろう、そして俺もその一員だった。
ただそんな微笑ましいやり取りを微笑で眺めていたら、後ろから思い切り秋重くんに髪を引っ張られた気分である。
「だから何度も言ったじゃん。やめなよって。毎回毎回よくも懲りずに何度も横取りして僕に怒られてを繰り返せるなってこっちも呆れたもんだよ?」
しかも、俺を後ろに思いっきり引っ張った秋重くんはそんな家族の団らんしてんじゃねえよ、そっちに行くんじゃねえテメエはこっちだとニヤニヤしている心象風景まで見えた。
いやもうやめて。お兄様のライフは限りなくゼロよ。
こんなに感動的に家族の絆を確かめたというのに、そもそもその原因が俺って…正確には記憶を失う前の俺って…。
どんだけダメな兄ちゃんだったんだ。
唯一の救いは秋重くんの言葉は異世界人であるカゲちゃんとカーヤにはわからないという所だ。
それが理解できてしまったら悪いのは俺1人だということが露呈してしまう。
ダメ人間エピソードがあふれ出る過去の自分の一挙一動に記憶を取り戻すのが怖くなってきた。
あと、これはカーヤお姉ちゃんには言えないな。とコレをココロの奥にしまっておくことを決めた。




