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4 弟。記憶を失う前の俺について語る。

 俺が記憶喪失になってはや一月くらいが過ぎた。

 今の所記憶が戻る気配はない。

 カゲちゃんは記憶を取り戻す手段は検討つかず首を傾げるばかりだったし、カーヤは記憶喪失の俺という被害者を見るたびに罪悪感からか両目にいっぱい涙を湛えるものだから、記憶が戻る手段について聞けるわけがないし、唯一の肉親らしい弟の秋重くんにいたっては、叩けば治るんじゃね? こう、斜め45度でオラァってさ。と思考を放棄しているきらいがある。

 一応俺はお兄ちゃんだぜ? なんか扱いひどくない? 或いはもしかして、俺はこういったトラブルをしょっちゅう起こしていて、秋重くんにしてももうそんな俺が起こすトラブルに呆れているというか疲れてしまっているのではなかろうか?

 だとしたら、俺はきっとダメなお兄ちゃんなのだろう。

 このバラエティに富んだパーティ、家族? は如何にしてこのカタチに落ち着いたのか?

 俺達が今いる場所は果たしてどこなのか?

 ここに至るまでどんなことがあったのか?

 記憶喪失になってしまった俺とはもともとどういう人間なのか?

 それこそ疑問はいくらでもある。

 それらをいっこいっこ取り戻すのにそれこそ時間などいくらあっても足りない。

 とりあえず俺というハンディキャップの治療のためにはこんな波乱万丈な放浪生活はふさわしくなく、どこか落ち着いて滞在できる都市部でいったん療養しようと、強くおねーちゃんことカーヤが提言してくれて俺達一向はその都市部とやらに向かっているのだった。


「それで、一番付き合いが長い秋重くん。君に俺という人物がどんな人間なのか聞きたいんだ」


 川に沿って歩き続ければそのうちに文明はあるだろうと、何か街的なものにつくだろうと根拠のない理論に従って、ひたすらに歩いていた。

 季節があるとしたら夏。すぐに汗びしょびしょで不快に衣服がぺたりとはりつく程度には暑い。

 カゲとカーヤは水浴びに行ってしまった。

 俺と秋重くんは荷物番をしていて、記憶が無くなる以前なら兄弟チックなくだらない会話も出来たんだろうけれど、これまでのあらすじを喪失してしまっている俺といえば他人同士の距離に緊張なぞしてしまっている。

 だから時間をつぶす為、水浴びに行ってしまった二人が戻ってくるまでの時間稼ぎとしてこんな質問をぶつけたのだった。


「兄ちゃんについて? そうだなぁ。とりあえず兄ちゃんは僕の事をあんまり名前で呼ばないなぁ。なんか結構な確率で弟って呼ばれる気がする。切羽詰まった感じで」


 唯一の肉親を名前で呼ばない? なんで? なんだか聞いてはいけない事情でもあるのだろうか。

 もしかしてこれは地雷を踏んでしまっただろうか。


「いや別に仲は悪くないと思うんだ。お互いに雑な扱いしても特に引きずる事はないとは僕は思ってる」


 顔に出ていたのだろうか。俺が思っていることのアンサーをすぐに返してくれる秋重くん。

 この察することが出来るという間柄ならば秋重くんの言葉にウソや忖度はないと思う。


「ただ素直じゃないからなぁ兄ちゃんは。なんというか親しい人にほど素直になれないと言うか、逆ツンデレというか。更に意外と頑固だし、最初に僕の事を弟なんて呼んじゃったから今になって名前で呼ぶことに抵抗があるのかもしれない。

 まったく大人気ない、というか子供のまま、というか。生きずらそうだよねぇ」


 笑顔で記憶喪失前の俺をそう称する。

 すっごいいい笑顔だ。少なくとも肉親をこき下ろす時の顔じゃない。


「いっつも勝手に突っ走って、どこかで派手に転んで、取り返しがつかなくなってからムスッと下向きながら助けろって言ったりする兄ちゃんなんだよ。本当に素直じゃないんだよアハハ」


 いやもういい、聞きたくない。拷問かよ?

 記憶喪失前の自分の事とは言えそれは間違いなく俺の事だ。

 聞けば俺の年はもう三十路で秋重くんは十八だという。倍とまではいかないがそういっても差し支えないくらいに歳は離れている。

 だと言うのに、俺のこの落ち着きの無さ。そして対するに秋重くんのこの落ち着きはなんなんだろうか?

 本当は人生経験逆なんじゃないだろうかってくらいだ。


「年上としてのふるまいとかも特にないし、本気で就職する気があるのか疑問だし、ホントに反面教師の兄ちゃんなんだよ」


 なんというか。俺にいい所、無くね? 泣きそうになる。


「でもさ。結果論でいうと、兄ちゃんは間違えないんだよね」


 泣くまで秒読みの俺であったが、話のテンションが明らかに落ちた。

 まるで今までのが前座でここからが本番だと言いたげだった。


「その都度、流されて屈して自分の意志でそう決めたとはとても思えないような判断をするけど、ひたすらに事態をめんどくさく引っ掻き回すだけ引っ掻き回すけど、最後には少なくとも兄ちゃんの周りは笑って終わってる。兄ちゃん本人は苦笑いだったりブチ切れてることもあるけどね」


 いや、ここからが話の本番じゃなかったわ。まだお兄ちゃんディスの続きだったわ。


「いっつも、自分だけが助かればいい。なんてアウトロー気取って、自分の欲望のままに行動するのが信条の癖に、結局ふさぎ込んでいる誰かに手を差し伸べて貧乏くじを引いてる。

 自分だけが助かればいいんだよっ。なんて言いきった次の瞬間にはみんなが助かる選択を無意識でやってる。行動と心情がまったく伴わない。本当になにをしたいのかが一貫していない」


 もうやめようぜ。お兄ちゃんのライフはゼロだ。


「でも、不思議と兄ちゃんの周りにはみんながいる。

 助けられた人もいるし、貶められた人もいる。味方だった人もいれば敵だった人もいる。

 そういう境界をごっちゃにしてなんだかんだみんな兄ちゃんのまわりにいる。意味わかんないよね」


 俺にも意味がわからん。ここから秋重くんがお話をどこにおとしたいのかわからん。


「僕はたぶん、それが面白いんだと思う。そして結局兄ちゃんが何を為すのか見たいのかもしれない」


 なるほど、なるほど? 結局何が言いたいのかはよくわからなかった。

 あと、この弟が唯一の肉親であるお兄様をまったく尊敬していないこともわかった。


「いや、尊敬してるよ。一応ね」


 だから、俺の表情から心を読むのをやめてくれ。


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