25 魔女。家族になるために己を罰する。
「ありがとう、これだけ泣いたのってどれくらいぶりだろう、忘れちゃったけど。でも嬉しいって涙を流したのって初めてかもしれない」
ひとしきり泣いて、落ち着いたのか淑女たる振る舞いで立ち上がりスカートに着いた埃を払って。
「あらためて初めまして、私はカーヤ。忘却の魔女なんて呼ばれていたけどそれもずっと過去の話よ、えーと貴女がカゲちゃん、貴方がアキシゲ君ね?」
魔女改めカーヤはそう自己紹介した。
因みにこの辺の言葉はまだカゲが話せる言葉の圏内であるようでカーヤ→カゲ間の会話は通じている。
相も変わらず弟だけは言葉の理解ができない。でも弟の方を指さしてカタコトでアキシゲって発している事だけはわかるようでまぁ最低限のやり取りくらいはできるだろ。
それこそ細かいやり取りは俺が間に入ればいい。
いや、別に俺はまだコイツを仲間と認めたわけではないけど。
悲しいかな、多数決でも敗北しているし、本来であれば平等であるはずの一票の重さすら、たぶん一番軽んじられている。
俺。これでもリーダー格の歳上なのに‥‥‥。
「それで貴方はなんて言うの? 名前がわからないと貴方のお名前を呼ぶことができないわ」
カーヤは俺を指さしてそんな事を聞いてくる。それにしてもやはりホントに仕草だけなら可愛らしいなコイツ。
「俺の名前? 大した名前じゃないよ。にーちゃ、って呼んでくれ」
本当の名前は違うのだが、俺は自分の名前が嫌いだ。だからあんまり呼ばれたくないからカゲが俺を呼称する名前を名乗らせてもらった。
「わかったわ、改めてよろしくね。にーちゃ君」
そんな俺の心境など露知らずカーヤが俺に掌を差し出してくる。どうやら握手のようだ。
うっ、と思わず息を呑んでしまった。正直この手を握り返すのには抵抗がある。
この忘却の魔女は手のひらから魔力を発して記憶を阻害すると言う。
その手をこんなに簡単に握り返していいものだろうか?
きょとんとしていたカーヤではあったが。
「ああそうか。私の魔法を警戒しているんだね。そうだよね、あれだけの事をしたのだものね」
しゅん、と下を向くカーヤ。
本来であれば、いいやそんな事はない。とか適当に言い繕うのが正解なのだろう。
ただ、俺は空気を読む気がなかった。
「そうだな。あんだけやらかしたんだ。そんなに簡単に警戒は解けそうにねーわ」
正直にぶっちゃけた。
実はまだ大いにビビってる。油断するとカタカタと震えそうなくらいには深層に刻まれた恐怖は拭えそうにない。
マオの助けもあって、運もあって、なんとかこぎ着けた今だ。なんもかんも足りなかった俺にしては及第点ではなかろうか。そして次はこんなにうまく出来る自信はない。
「でもね。私を家族と言ってくれた貴方たちに魔法をかけることはもうしないわ。う~ん、言葉ではいくらでも言えてしまうわね。どうしたら信じてくれる?」
家族になるための通過儀礼。どうすれば家族になれると聞かれてもそんなのは知らない。
日本で一般家庭に生まれ育った俺にとって家族は最初からいたものだったし、後から生まれてきた秋重にしてみても途中から家族に加わっただけのものだ。
家族になるためになにか試練のようなものが必要というのがそもそもおかしいのだ。
そんなのを家族といっていいものだろうか?
それでもカーヤは己に何か試練を科せと言う。おそらく家族になろう者達に一時魔法をかけた事を悔やんでいるのだろう、それを正当に罰してほしいのだろう。
罪を清算する罰を与えてくれと言っているのだろう。
「ふむ」
ちらりと弟達の方を見た。
弟は俺とカーヤの会話は言語理解できていないから伝わっていない。カゲにしてもなんかよくわからん難しい話してるなーくらいにボケーとこっちを見ているだけである。
その罰とやらについて弟に相談してみるか?
いや、きっとコイツは、こうして皆無事だったんだし、そんなもの必要ないんじゃないかな。とか言い出すに違いない。
おおよそ万能にすべてを為してしまうが故に、他人の罪には恐ろしく寛容なこいつはきっと今までの騒動を些事くらいにしか思っていないからすぐに許してしまう。
そういう問題ではないのだ。罪を感じているのは他でないカーヤ自身なのだ。
罪に対して罰で、心に引っかかっている後ろめたさを清算したいだけなのだ。きっと、たぶん、おそらく。
なのでこの罰とやらに関してはコイツ等を頼ることはできそうにない。
俺にしたって、そういうのは得意ではない。なんかもう油断すると、どうしたら信じられる? そんなの決まってんだろ、エロいことさせろよ!!! とかすっごい言い出したいくらいで思考が止まっているし。
(なあマオ。聞いてたよな。罰を与えるなら何がいいと思う?)
俺の中に巣食っている魔王様であるならばきっと俯瞰の視点で物事を裁いてくるに違いない。若干もうめんどくなって思考放棄気味に聞いてみることにする。
(そうだなぁ。言葉ではなんとでも言えるが、とりあえず忘却魔法の禁止だろう。もしも使用したら即家族の称号を剥奪する。そしてこれはオニイチャンだけではなく弟とあのコドモにも周知徹底させる、このあたりだろうな。今まで忘却魔法を使用し続けてきた魔女にとってそれは肢体損壊にも当たるだろうから、不便さに耐え切れずに魔法を使用するのは時間の問題だと思われる。それを抑えられるのならばその覚悟は本物だと思っていいのではないのか?)
すっごい具体的な答えが返ってきた。さすがはマオである。
忘却魔法の禁止。たぶんそれは俺達に当てはめるとスマホ・パソコンの使用禁止くらいにあたるのだろう。それが守れないようであるならば、約束反故とする。
俺からすれば罰と言えば肉体的な折檻だというイメージがあったが、なるほどこういう罰もあるのか。
これなら、弟とカゲに伝えるにしても心が痛まないしいいかもしれない。
まぁ、突くにしてはいい所ではなかろうか。よし、そうしよう。
「とりあえず、その忘却魔法とやらの使用は禁止だ。もし使ったらもう家族ごっこは強制終了だからな」
他の細かい点については、追々決めていくとして最低限のラインは定めた。
あとはこの忘却の魔女と呼ばれたカーヤがその字名にも称されたアイデンティティである忘却魔法をどこまで我慢できるか。
なんとも変な言葉であるが、家族に至る為の試験条件とかいうやつだ。
「うん、わかったよ。あと一回しか忘れさせる魔法は使わないね」
どこまで本気かはわからないが、二つ返事でそう告げるカーヤ。
あまりもあっさりしすぎてかえって信用できねーな。
ん、あと一回だけしか使わないと、今この魔女はそう言ったのか?
あと一回、まだ使う気があるのか。いつ、どのタイミングで?
いやな予感がした。この魔女はまだなに企んでいる。
「うん、じゃあ忘れるね」
カーヤは自分の両手のひらをこめかみに当て、そんな軽口をたたいて、そしてそのまま昏倒した。
いきなりの失神に弟とカゲは慌てて駆け寄り、俺はあたふたするしか出来ない。
(どうやら自分に忘却魔法を使用したみたいだな。先ほどの言葉から恐らく、最後の一回とやらは自分の魔法に関する知識か、魔法そのものか、自分自身を忘却させたんじゃないのか? 家族が欲しいか、どうやら本気だったようだな)
マオの見立てに絶句するしかない。
この魔女は俺達の信用を得る為にこんなことをした?
今まで自分の一部だったものを、忘れま~す。とあまりにも軽口で放り投げた。
下手すれば自分自身ですら捨て去る気だったのだ。これが家族になる為の覚悟というのならばそれはなんて歪な覚悟だ。
呆れるしかない、と言いたい所だが、ここまでされてはソレ以上の評価であるドン引きするしかなかった。




