24 弟。カゲ。魔女を家族と認める。
長い魔女との対決、それがようやく終わった。
文章で締めくくるとたった一行ではあったが、俺の心境としては、十万字くらいで書きなぐりたいくらいには色々なことがあってようやく至れた今である。
敗北した魔女は優しくカゲの背中を押してこちらに返してきた。
カゲは離れる事に後ろめたさみたいなものを表情に浮かべながらもこちらに戻ってくる。これで俺達の家族は大集合だ。
「家族が欲しかったんだ」
魔女がポツリポツリと心境を吐き出し始める。
いやマジホントなに自分語りしてんだよ。いいからそういうの。知ったこっちゃねーから。
対決は決着で、魔女は敗北者で、もうソレ以上のことなんてない。さっさとこんな場所からおさらばして、あんな事こんな事あったねって反省会して終わりにしたい。もう大団円で締めたいのだ。
それだけなのに、なんで今更自分語りなど始めるのか?
いややってもいいけど、俺達が去ってから1人で反省会やってくれ。
「いや、そういう自分語りいいんで、間に合ってますんで。どーでもいいんで。おい秋重、カゲ、行くぞ」
もうこんな所にホントに用はない。
記憶を失っても家族の絆は無くなりませんでした、俺頑張りました、で終わりでいいじゃん。
この魔女はそれを俺達にわからせるための舞台装置でしたでいいじゃん。
なのに、弟もカゲもここから立ち去ろうとはしない。
それどころか、歩み寄って手を差し伸べる始末だった。呆れを通り越し憤りすらわいてくる。なにやってんのこいつ達、てな心情である。
「兄ちゃん、通訳お願い」
それだけ短く告げる。
また? っていうかまだ? まだやんのこれ? 茶番続けんの?
「僕たちと一緒に行きませんか?」
弟はそう言った。血迷っているとしか思えなかった。
正直俺はそれを通訳する気にはならない。面倒事のタネにしか思えないからだ。同情とかいう感情に流された今はいいだろう。でも絶対にどこかで後悔する。そんな未来しか見えねぇ。
「兄ちゃん、頼むよ。このヒトに伝えてほしいんだ」
だんまりな俺を見かねて俺を諭してくる。
ただ今回ばかりは俺はそれに賛成しかねている。いっそ弟が言ってると偽って暴言の限りをこの魔女に叩きつけてやろうかとかそんなことも画策していたりもする。
「ねぇ兄ちゃん。本当にこの通りだ。お願い」
そんなに懇願されても嫌なものは嫌だった。
年上の寛容さなどまったくない。些細なことならまぁ愚痴ぐらいで飲み込もう。だがこれは嫌だ。嫌だったら嫌だ。
「兄ちゃん! 叩くよ!」
「いやお前、いきなり暴力に訴えてこようとするんじゃねえよ。キレる10代かよ。もっと言葉で俺の心を変えるくらいがんばれよ」
「だからこうして兄ちゃんにお願いしてるんじゃんかよ」
「拳を振り上げながらのそれはお願いとは言わねぇんだよ。恐喝って言うんだよそれは!!」
売り言葉に買い言葉。
こうなるともうなんでこんな言い争いをしていたのかもよくわからない。ただ不毛である事は間違いがない。
「あぶない、だめっ!!」
突如、冷や水をぶっかけるようなカゲの悲鳴で俺と弟は我に返った。
こんなことをしている場合ではなかったのだ。
魔女の処遇について言い争っていたのだ。いつのまにか話がよくわからない方向へシフトしてしまっていて、よくわからないケンカになってしまっていた。
カゲの方を二人で見ると、カゲが魔女に飛び掛かっていた所だった。
「アキシゲ、にーちゃ。とめて!!」
何を止めろと言うのだろう?
弟は弾けるようにカゲのもとへ駆けつけ、魔女を押し倒して何かをその手から取り上げた。
なんだよ、負けを認めておいたフリをしてまだ抵抗する気だったのかよ。
魔女の浅ましさにそもそもマイナス評価ではあったがさらに地の底へ評価を下そうとしたら。
弟が持っていたのは小さな針だった。とても殺傷能力があるとは思えないような凶器というのにはあまりにも小さな武器。
(恐らくだが、あれは自害用だろう。偽りの家族を作り上げて晩年の孤独感を埋めていたのにそんな拠り所を取り上げられてもう生に意味を見いだせなくなってしまったのだろうな、孤独死というものは理解できないが、あの寂寥感は理解できるような気がするよ)
頭の中でマオはそう見立てる。
ああ、それなら結構。さっさと俺達の見ていない所で自決してくれればよかったのに、目ざとくそれを見つけてしまったカゲと弟がそんな最後の権利すら取り上げてしまった。
はぁ、と短くため息をつく。
はぁ~~~。気持ちを切り替える為の深呼吸をして魔女の元へ歩き出した。それにしても足取りが重い。行きたくねぇ。
「兄ちゃん、このヒト自殺しようとしていたんだよ」
俺に何を感じ取ってほしかったのか、弟が俺を見て自決用の針をこちらに示してくる。
いやほんとになにを感じ取って欲しいのかわからん。
「だめ!!」
カゲは魔女がこれ以上自決できないように抱きついてホールドしていた。
いやでもその締め方ではまったく意味がない。隙間がガバッガバで空きまくっている。
「兄ちゃん頼むよ」
トーンは今まで一番小さな弟の懇願。脅しではない。
結局最後に俺を折るのは誠意ある言葉だ。
はぁ、とため息が出た。
それというのも、カゲの時を思い出してしまったのだ。
他人の命を幾百も押し込まれて半不死になってしまった反動か、カゲは押し込まれた誰かの魂と折り合いがつかずに発狂していたずらに自害することが多々あった。
その時俺はさっさとこんなクソガキ見捨てて先に行こうぜと弟に何度も提言した。でも頑固なこいつは目の前で誰かに死なれるのが嫌だったから、根気よく接し、信頼を得て、こうして俺達は一緒に旅をしている。
結局、弟が言いたいのはそういうことなのだろう。
ヒトは分かり合える。各々準じるルールがあってそれを違えた時には争うかもしれないけれどそれすら超えればきっとヒトはわかりあえると、そんな偽善を言いたいのだろう。
偽善も偽善、大偽善ではあるが。こうして俺達とカゲはなんだかんだわかりあえている。
これはきっと稀有なケースではあるが、それでも一緒に生きていけている。
だからこの魔女ともきっと歩んでいける。とそんなことを弟は言いたいのだろう。
「はぁ‥‥‥」
またため息が出た。くっっっっそダルい。
「秋重、俺の弟な。あとカゲ、俺達の妹分な。そいつらがさ、アンタも一緒に来ないかって言ってるがどうだ?」
魔女がゆっくりとこっちを見た。
そしてその目が潤んできた。
「私、魔女だよ?」
「知ってる。でもそれは俺にじゃなくて弟とカゲに言え」
「私、見た目よりもずっと年寄りだよ?」
「うぇ。マジかよ。でもそれは俺じゃなくてあいつらに言え」
「私、一緒に行っていいの?」
「俺は正直まだ迷ってる。でもアイツらが良いって言うから、悲しいかな多数決だ」
魔女の目からボロボロと涙が溢れてきた。
その幼い見た目に反してきっと老獪な魔女のはずだが、目元を抑えて、えづいて、涙をぬぐうしぐさは幼子のものと相違がない。
「私、行きたい‥‥‥。皆と一緒にいたい」
そして、それだけポツリと呟いた。
「いや、だからそういうのは俺じゃなくてアイツらに言えって」
とうとう魔女は弟とカゲを抱きしめて大声で泣き出した。
本当に見た目通りの幼子にしか見えない感情むき出しの涙だった。




