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16 俺。二敗目を刻む。

「ありましたよ。ほらもう落しちゃダメです―――」


 棒切れを振り下ろす、少女は背を向けたまままだこっちを向いていない。

 あとは頭蓋をかち割って終わり。

 後悔とかに苛まれるかもしれないが、いや絶対に苛まれるけど、俺の記憶喪失にこの少女が関わっているというのなら俺の失われた過去の為、俺は凶行に及ぶ。


「よ―――危ないなぁ」


 だというのに、少女は俺の振り下ろした棒切れを後ろを向いたまま片手で受け止めた。

 棒切れを受け止めた時のパシィッという音がなんかマヌケに聞こえる。

 俺の方なんか見てもいない、だというのに接近する棒切れ、もとい暴力をどうやって感知したというのか?

 わからんことだらけであるが、結果として、俺が全力で振り下ろした棒切れを目視もせずに片手で受け止められて絶望している俺がいる。


(失敗だな。仕方ない、ここは逃げるしかないなオニイチャンとやら)


 マオはもう事実を受け止め軌道修正を提言してくる。さすがと言わざるを得ない。

 いやしかし迅速な提案には悪いが俺はそんなに早くこの事実が受け止められない。ショックを隠しきれない。


「なんで、わかった?」


 こんな言葉しか出てこない。

 もっと色んなことを考えなくちゃいけないのに、失敗の原因追及しか考えられない。


「なんでですって? 一回わたしの事を置いて行ったでしょう? もしかして本当に忘れちゃった反動で気が動転しちゃってる可能性ももちろんあったけれど、まだ記憶を失っていない可能性、わたしに牙を向いてくる可能性もあったんだよね。それでちょっとだけ、ホントにちょこっとだけだよ? 警戒は一応してたんだけど、そうかぁ、魔法の掛かりが甘かったのかなぁ?」


 ゆっくりと立ち上がりながら、やれやれ失敗失敗とおどけて見せる。可憐な動作からにじみ出るものはそれとは対極なもの。


「こんな枝だって頭に当たったら死んじゃうかもしれないんだよ。もう、メッ、だよ?」


 その頭に当たったらどうとか言ってる枝を握りしめ、その握力だけで握りつぶした。

 カランカランと落っこちた枝の折れた部分の跡がどれほどの力で圧力をかけられたのかを如実に表している。

 まだこちらに背面を向けているもんだから表情は窺えない。ただそれもこんな恐怖演出に一役買っていて。ぶっちゃけ見えないからこそ、より怖ぇ。もうちびりそうだ。


(なにやってる! 早く退散しろ。もう計画は失敗だ。このまま勝てる算段があるならいいが、そんなものはないだろう!?)


 マオがこんなに感情を露わにしているのは初めてではなかろうか?

 それほどもう動かねばならない場面なのだろう。

 なのに頭の中では、うわー失敗しちゃったよ~マオめっちゃキレてるよー、とか殺したいくらいに呑気に構えてやがる。


「ねぇ弟くん、どこに行くの?」


 姉を自称する少女は俺をまだ弟と呼ぶ。

 こんな局面でも、明らかに殺意を叩きつけられても、まだお姉ちゃんであると主張してくる。どんな精神だよ絶対強者が。


(何度も言わせるな!!! 逃げろ!!!)


 マオの怒鳴り声で我に返った。

 次をどうするかなんて決まっていないが、とりあえず今回も逃げるしかない。

 敗走であるが、心のどっかではこんな化け物から離れられるのを喜んでいる自分もいるのに気づいてしまった。

 もうあらゆる面で敗けている。


「あ?」


 俺は今、なんて思った?

 今回も逃げるしかない。今回も。と思った。

 スマホをダシに逃げたさっきのヤツのことを今回も、と示したわけでない。

 それよりもっと前、どこの場面か思い出せないが、俺はこの少女から逃げ出した。

 ―――どこで?

 突然頭の中でスパークが起こった気がした。


「‥‥‥くっだらねぇ。思い出したわ」


 そのスパークを基点に芋ほりみたいにズルズルと記憶が戻ってくる。

 俺は一度あの少女に敗北して記憶を失って、記憶喪失のまま再戦をして、こうしてまた敗北を刻んでいた。

 二敗目ではある。

 だが、記憶は取り戻した。だったら今回は一方的な敗北ではない、はずだ。そうでも思わないとやってらんないわ。

 ようやく逃げる気力が湧いた。

 戦う気力はまだわかないが、それはマオがうまいこと俺を言いくるめてくれるだろう。


「くそ」


 短く毒づいて後ずさる。


(ようやく逃げる気力が湧いたか。いいか、振り返らずに全力で逃げるんだぞオニイチャンとやら?)


 ああ、わかってる。

 生きてる限り反撃のチャンスはある。前回との違いは俺にはブレインであるマオがいる、三人寄れば文殊の知恵には一人足りないが、それでも百人力である。

 今の俺なら思い出せる、このマオという存在はガチで弟とバトれるような逸材だ。なんて頼りなるんだ。

 そして、敗走の一歩目を踏み出す。


「あがッ」


 突然、割れんばかりの頭痛。

 そのまま転んだ。ようだ。

 起き上がって逃げなくてはいけないというのに、そんな一番の優先事項でさえ些事だと思えてしまうほどの頭痛。


「今度はもうちょっと強く忘れてもらうね?」


 頭上で誰かが何かを言っているが頭が痛すぎて詳細は分からない。


「今度こそは家族になれるといいなぁ‥‥‥」


 理解できない文字の羅列がずっと頭上から流れてくる。


(おい、大丈夫か? 立てるか? 逃げられるか? 抗えるか? なんでもいい、返事をしろ!!!)


 頭上の誰かの言葉は理解できないが、一体化しているかマオの声だけは理解できる。

 いくつもいくつも疑問を投げかけられるが全てノーだ。つーか頭が痛すぎるのだ、もうほっといてはくれないだろうか?


(ここで動けなければそれこそ終わりだぞ。それでいいのか腰抜け、なにも救えない、なにも為せないまま終わるのだぞ、立て、立つんだ!)


 唐突に罵倒された。鼓舞では動かないとわかったのだろう、次は怒りで動かそうとひたすらに罵倒してくる。

 いや、必死にやってくれている所申し訳ないが、本当にもうすべてに痛みが勝ってしまっているから動けないんだ。

 さっさと目を瞑って意識をどこかにぶっ飛ばして、痛みから逃避したい。

 もはや気絶は救いにすら思える。

 誰か、早く俺を救ってくれ。


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