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3 俺、再会する。

「あっついわボケェ」


 木漏れ日がピンポイントに顔を照射しやがるから目が覚めた。

 相変わらず森の中、うっそうとおおい茂る原生林だというのになぜに俺の顔面を直射しやがる太陽よ。

 とりあえず水を含みながら起き上がる。地面は固いもんだから身体がバッキバキ鳴った。

 熟睡とは言い難いがそれでもまぁそれなりには眠れた。

 さぁ今日も弟を探すとしよう。


「がんばれよオニイチャンとやら」


 傍らでこちらを伺う、どてっぱらに巨枝が突き刺さった魔王の応援の真意は測れそうもないが。


「ああ、がんばるよ。精々」


 そんなやり取りをしてから一時間後くらい。


「あっ」


 コドモトカゲニンゲンを見かけた。あまりにもいきなりのエンカウント、感動の再会のはずなのに心はまだそれについてこれない。

 だけど身体はしっかりと反応していて思わず目頭が熱くなった。知り合いに会うというのはどれくらいぶりだろう?


「おいっ!!」


 気づかせるべく声をかけたが―――どうしたこっちゃヤロウ逃げやがった。


「クッソガキァァ!!」


 冷静を保てというのが無理である。さっきまでの俺の激情に任せるままに追いかけて走る。

 コドモとオトナの歩調だ。初動さえ見失しなければ追いつける。

 短いしっぽを左右に揺らしながら必死に走っておるわ。

 とりあえず追いついたらぶん殴る。

 にしてもこのコドモトカゲニンゲン、逃げ方がガチだ。

 自分の低身長が生かせるようなとこにひたすらに逃げる。それを大人が追いかけるモンだから上半身に枝が当たったりして痛い。

 ぜってぇ殴る、あとグリグリする。やったるわ。

 コドモトカゲニンゲンを捕まえた後のサディスティック展開を糧に俺は走る。


「おらぁボケェ!!」


 距離を縮め、とうとう射程距離に捉え、俺はコドモトカゲニンゲンの足に飛びついた。


「キュウ」


 クソガキはあざとい悲鳴を上げて転倒。


「おらぁ、なんで逃げやがったクソガキィ。とりあえずド頭小突かせろオラぁ!」


 逃げられないように尻尾を掴む。


「む~!」


 コドモトカゲニンゲンも必死に振り払うべく暴れる。

 引っ掛かれたり蹴られたりして身体の色んな所が痛い。知り合いだぜ? そんなガチで抵抗しなくったもいいじゃないか。

 もともとトカゲニンゲンだっただけあって、単純な膂力は俺より強い。

 このままでは引きはがされる未来が容易に想像できた。


「クッソがぁ!」


 必死に何かとっかかりに指を引っ掛けようとあがく。

 相手がボインボインのおねーちゃんとかだったらもう容赦なくおっぱいを鷲掴みするのにこのクソガキに体の凹凸はあまりにも少ない。

 ならばどこを掴めばいい?

 必死に開いた手をぶん回す。

 そしてようやく掌に収まる何かを掴んだ。

 コドモトカゲニンゲンの抵抗もそれなりなのでもう容赦なくそれを掴む。


「がふぅうう」


 コドモトカゲニンゲンの口から空気を漏らす声が細く聞こえた。


「とったどーーー」


 掴んだのはコドモトカゲニンゲンの首だった。

 手間取らせやっがてクソガキ。なんで逃げやがった。どうしてくれようか。


「いや、やめて」


 首を掴まれては詰みだと悟ったのだろう。

 コドモトカゲニンゲンは懇願する。

 そもそもの目的は、なんだっけ?

 俺はにっこりとなるべく友好的な笑みを浮かべて。


「ダメだね!」


 あ、ダメだ。さっきまでの所業に怒りしかねーや。

 これは仕方がない。コドモトカゲニンゲンが10対0で悪い。

 俺の折檻が始まる。別に普段の俺はロリコンでもないしサディスティックでもない、たぶん。きっと。

 でもこれは仕方がない。

 だから、ちょっとだけ折檻しようと俺は力を込めたが。


「どうしたッ、大丈夫か!?」


 そこには弟が、あれだけ探した弟がいた。

 今にも暴力執行されようとしているコドモトカゲニンゲンを案じて声を荒げる。


「なにしてる!?」


 お前を必死に探していたという事実なんて当然知らない弟が俺に詰め寄る。

 圧がスゲエ。

 こうして追いかけっこの末なんとか再開を果たしたのだった。



「なに、してるんだ?」


 弟が俺に詰問する。


「いや、別に、なにもしてないよ」


 なんとかそう弁明するが、片手は尻尾を掴んで、もうかたっぽを首にかかっている。

 絵面がヤベェ。

 俺が第三者だったら間違いなく誤解するわこりゃ。

 焦って両手を引っ込める。

 途端にコドモトカゲニンゲンは弟の影に隠れた。

 俺に向ける目は明らかに恐怖。なんだか出会ったばかりの頃のコドモトカゲニンゲンを見ているようで少し寂しくなった。


「今その娘に乱暴しようとしていただろ!?」


 間違っちゃいない。でもまだ未遂だった。


「そもそもそのガキが逃げなきゃそんなことにならなかったんだよ」


「アナタが怪しいからこの娘だって逃げ出したんだよ」


 いや、怪しいのは否定しないが、だからって逃げるか? だって顔なじみだぜ? それも忘れるほどに久々に会ったとかじゃない。少なくともこの異世界ではほぼ一緒に過ごした仲間だぜ?

 仲間って言葉ってどうして俺が言うとこんなにも嘘くさくなるんだ、笑える。


「あ?」


 そこで違和感に気付いた。

 弟がおれをアナタと呼んでいる。


「なぁ秋重、どうした? アナタなんて他人行儀で、いつもみたいに呆れた顔で兄ちゃんって言ってくれよ」


「兄ちゃんってアナタ。何を言ってるんですか? あれ、そう言えば言葉がわかる。他のヒトのはわからないのに…」


 なんだろう。会話は成立しているのに内容がかみ合っていない。

 ぱっと聞いた感じ。記憶喪失?

 俺達がもといた日本であれば、こういう考えにはなかなか至らなかっただろう。

 ただここは異世界。俺達の常識がちょっとづつズレている場所である。

 掌から紫電を繰り出す幼女がいれば、炎を推進力に空を飛ぶイケメンボーイがいれば、神々しい魔法陣を展開するような魔王もいる世界なのだ。

 ちょっと馬鹿馬鹿しいと思うようなことも真顔で対処する必要がある。恥ずかしいのは恥ずかしいのだが。

 そしてこれも三十路過ぎのおじさんからすればちょっと恥ずかしい出来事だ。

 記憶喪失だと仮定した弟とのコミュニケーションを試みるとしよう。

 あー恥ずかし。


「じゃあ自己紹介しよう。俺はお前のたった一人しかいない最弱のお兄様だ」


「お兄ちゃん? ぼくの? まぁそれはいったん置いといて、ぼくはアッシュ。この森で姉と妹と暮らしてる」


 アッシュとか言ってるよ。なんだか、記憶喪失論が真実味を帯びてきた。

 すげえ、なんかファンタジーのイベントみたいなことを地でやっていやがる。

 さすがは俺が誇る弟。主人公してやがるぜ。


「いや、お前の本当の名前は秋重だ。アッシュとアキシゲ、アしかあってねえ。なんだよその取ってつけたような厨二ネームは、誰がつけたんだよ、恥ずかしいなオイ!」


 カゲへの暴行未遂で俺に向ける警戒は続けたまま、それでも即座に眼前で妄言を吐く他人を即座に害さない。

 記憶喪失であったとしても、秋重の本質は変わらない。

 であれば丸め込むのはクッソ簡単だ。善意で殴りつければいいのだ。


「いや、悪かったよ、謝る。そっちのガキもすまなかったな。ごめんッ!」


 そして即座に土下座する。この異世界においてドゥギャザーが通用するとは思えないが―――


「いやいや、わかったから顔を上げて下さい!」


 心の奥底に日本人がしっかりと根付いている弟には効くはずだし。現に効果抜群だし。


「いやいやいや、こんな短時間の謝罪で俺の誠意が伝わるとも思えねえ!」


 一応ダメ押しで更に頭を低く、地面にこすりつける。


「いやもうホントにわかったから、頭を上げて! もうわかったから!」


「まだだ、俺の誠意を見やがれぇ!!うおおおおおお」


 土下座の起源とか本当の意味とかはわからない。ただ地面にひたすらひたいをこすり付け続ける。

 今は冷静にお兄様としての尊厳とか考えるのはナシだ。そんなクソのビタ一文にもならなそうなものはとりあえずあっちの方にやっとこう。あっちってどっち? 知るか!


「もうわかったから、ああもうやりづらいなあなたは!」


 もういいか?

 顔をゆっくりとあげて弟の顔を仰ぎ見ると、呆れているようではあるが、怒りはもうないようだった。ちょろい。


「いや~ホントに悪かったって、ようやく知った顔に会えたからちょっと必死になっちゃってさ。良かった良かった、さぁさっさとこんな森なんか出ようぜ?」


 目的の弟とカゲに会えたのだ。

 そうなるとこんな森に用などまったくない。

 森の中を探し回ること一週間ほど、苦労が報われるとこんなにも気分がいい。


「え?」


 なのに、なんでそんな顔をする弟?


「いや、ごめんなさい。言葉が通じるのには驚いたし、たぶん僕とアナタは知り合いなんだろうけど、妹と姉さんを置いてはいけないよ」


 だ、そうだ。 

 妹…はそこで弟の裾を掴んでいるカゲのことだよな?

 現になんどか身分を聞かれてそう答えることもあったし。

 じゃあ姉とは?

 どこのどいつが俺達兄弟と妹分のカゲの間に入り込んだというのだろうか?

 記憶喪失である事を利用して?

 さも始めからそこにいたかのように?


「申し訳ないけれど、そういうわけなんだ。姉さんが待ってるから僕たちはもう帰るけど、アナタも来る?」


なんだソイツ、背中にうすら寒いものを覚える。


「あ、ああ。悪いけど、ご相伴にあずかってもいい?」


 本当に弟は俺の事を覚えていない。ようだ。これがドッキリとかだったら俺はぶちギレを通り越して号泣する自信がある。

 寂しいというよりは、恐怖に近いものを覚える。

 歩き出す弟とカゲの背中を追いかけて歩き出す。

 弟の裾をちょこんと掴んだままついていくカゲがこっちを見て、脅えたように身震いしてまた前を見て歩き出した。

 そう言えば、弟はおろかカゲすら俺の事を覚えていない。覚えていれば少なくとも逃げないだろう。

 順当に考えれば、弟と同様に記憶を失っている、とか?

 なぜ?

 最初、この森で俺を振り切って走り出した時は当然そんな状態ではなかった。

 この森にはそういう効果があるだとでもいうのだろうか。ただ俺は記憶を失っていない。

 そうなると、疑わしきは、弟が姉と呼ぶ人物だろう。


「はぁ」


 いったいどんなバケモンみたいな姉が出てくるのか。ため息だって出る。

 弟が記憶を失っている以上、その姉だと名乗る人物と俺の信憑性はかなり俺に分が悪い。

 そうなると、弟の助けがあまり期待できそうにない。

 俺が、見極めて、必要であるならば、弟とカゲを取り戻すべく動くしかない。

 この手を汚さざる得ないかも知れない。

 やだなぁ。



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