1 弟。魔王と相対す
ここから2章になります。よろしくお願いいたします。
暑い日だった。
こんな異世界に拉致られて、果たして今こうして滞在している所に日本みたいな季節があるのか、或いはもともとここが地理的に暑い所なのかはわからないが、日本の夏じみた湿度を過分に孕んだ不快な暑さ、馬鹿みたいに青い空、くっそ分厚く重なった雲。
そんな要因も相まって俺に夏を感じさせるには十分だった。
「あっ‥‥‥」
俺の隣では人間寄りのコドモトカゲニンゲンであるカゲが空の攻防を見上げながら呟く。
今はまだ昼であるが、それは花火を見上げる日本でお馴染みの光景とあまり変わらない。
少し違うところがあるとすれば、先ほども述べた通りまだお日様がサンサンと照りつける時間帯でることと、カゲが見上げているのは花火などではなくて―――。
「がんばれ‥‥‥がんばれぇ!」
お空の上で最終決戦よろしく、ガンガン戦っている弟を見上げている、という点だろう。
周りを見渡してみてば、そこらじゅうにいる人はすべて空を見上げて、絶賛戦闘中である弟の様子を見守っている。
それこそ両手を固く結んで、信じる神への祝詞を捧げて、まるで殉教者のようだった。
まぁ、無理もない。
これはいわばこの国の存亡を賭けた最終決戦である。
弟と対峙しているのは自称「魔王」であるらしい。
なんでもある日突然この国にやってきて、たった一人で宣戦布告してきたらしい。
そんでその自称魔王の力はすさまじく、国の軍隊だか自警組織では一切敵わなかったらしい。
さっきから俺は、らしい。という言葉を連呼しているが、これは全部国王側近とかいう胡散臭いおっさんから与えられた情報だからだ。
一辺倒な情報を鵜呑みにする危険さを、こんな人を信じるだけそれ以上裏切られるようなクソファンタジーに高すぎる授業料として嫌というほど教えられた俺としては絶対に関わりたくなかったのだが、この世界の言語を理解できない弟にうっかり正直に話してしまった結果。
こうして、がっぷり関わってしまって、魔王との最終決戦に臨まされていたのだった。
「にしても、空まで飛ぶかね、普通さ」
別に魔王が飛んでいるのはいい。どうせ俺には理解できないこの世界特有の法則である魔法とやらを使って飛んでいるのだろうから、それはもういい、そういうもんだと理解を諦めた。
だが弟は違う。
この世界の法則なんて知らない。普通、とは言い難いがそれでも日本で高校生しただけのニンゲンである。
日本において単体で空を飛ぶ奴なんていない、いや飛べる奴なんていない。化学の力を借りてやっとヒトは空に進出できる、その程度なのだ。
なのに、弟は空を飛んでいる。
この世界の人の不理解は当然として、弟と同じ物理法則が適用されている世界の人間、つまり俺もさっぱりわからない方法で飛行している。
「やっぱ、アイツ主人公だわ」
一人で人類のその先へ勝手にどんどん進化していく弟を見上げながら、呆れてしまう俺なのだった。
上空の魔王とやらの背から魔法陣らしい力場が展開される。
妙な文字がある方程式に則られて円の中にひたすらに展開される。
そしてそれらが連結していくつも展開される。
光り輝く円が連続で展開される様は神秘的で蓮の花が咲いていく様を早送りで見てみるようだ。
それが異世界冥利に尽きる大魔法なのは傍からみても明らかだった。
対個としての使用は本来の使いかたではないのだろう。例えるのなら対軍、対国を想定し得るような巨大な魔法陣。
俺のまわりのギャラリーから絶望の声があがる。
ガタガタ震えて目を見開いて呆けている人や。
奇声をあげて頭を抱える人や。
諦めて目を閉じる人や。
それぞれがそれぞれの感情の極致をさらけ出して絶望している。あー上ばっか見て首いてえ。
当然、発動をちんたらと待っていることをしない弟が魔王に高速飛行で迫る。
なんとか魔法陣を展開したいだろう魔王も迫りくる弟を必死に妨害する。
波動的な光弾をひたすらに弟に投擲する。ドラゴンボールのヒトコマみてーな戦闘。
俺達ヤムチャはよくわかんねーけどすっごいわぁ、というなんともアホみたいな感想しか出てこない。
弟はいくつかの光弾を躱し、躱しきれない分を弾き飛ばし、それでもいくつかは被弾しながらそれでも前へ前へと進む。
なんつーか、この世界がアニメとかマンガだったのならこの戦いだけで予算使い切ってしまうくらいヌルヌル動いている。
上空なので表情まで窺えないが魔王はきっと苦虫をかみつぶしたような表情をしているだろう。
弟と対峙したヤツがいっつも最後の方で見せる顔のひとつである。
弟がいなければきっと今回の国落しはうまくいったに違いない。
なにが悪かったのかと考えると運が悪かったとしか思えない。
大丈夫。運が悪かったのは別にお前だけじゃない魔王さんよ。たまたま弟が関わってしまったせいでうまくいかなかったヤツなんていくらでもいる。
いくらでも見てきた。
メタクソクズ野郎だっていたし同情に値するようなヤツもいたけどその都度決意とかしたり悩んだりしながら弟の成長の礎になった。
最終的にはどうなりたいんだい弟よ? とか思う。
肉体的には当然ながら精神的にも俺より遥かに強い。
「‥‥‥ん」
脱線していた思考を引き戻されたのはカゲが俺の袖を引いたからだった。
「どうしたんだよ?」
「あれ」
言葉少なく、一言だけ告げて空を指さす。
「げぇっ!!」
そこには弟が避けた、或いは弾いた光弾がいくつも地上に迫りくるのだった。
「うっそだろ?」
そのうちの一個が遠くの山に被弾した。
爆発、炸裂、蒸発、破壊、あとえーととにかく危険が危なくてヤバい。
物騒な単語がひたすらに駆け巡るような威力。
さっきまで俺を含め戦いを見上げる人々にとって、魔王と弟の戦いははるか上空での国の危機という意味では当事者でありながら、戦闘という意味では傍観者だったのに。
いきなり当事者っていうか被害者(仮)になってしまった。
結構遠く街中で光弾が炸裂した。
あがる悲鳴、光弾の炸裂音でもなお消えないような怨嗟の断末魔。
こうなるともう事態の収拾などつくはずもなく、どこに逃げていいものかも検討つかずひたすらにパニックになった人々に踏み殺されないように逃げるしかない。
「おい、ガキ逃げるぞ!!」
そうなると行動は迅速で俺はカゲの手を掴んで走りだした。
少なくとも大通りはダメだ。パニックで押され揉まれ踏み殺されかねない。
じゃあどこに?
どこが安全なのか?
考えて笑ってしまった。
上空から降り注ぐ光弾。地上はパニックで倫理観の通らない人々の群れ。
安全地帯などあるはずもない。
なんとか道の端っこのほうに寄ってあとは運まかせ。
発狂とかしたいくらい怖い。
でもそれが出来ないのは俺よりも小さい手のひらを握っているからだ。握ってしまっているからだ。
カゲはこんな状況でも弟を案じて空を見上げている。
俺もそれにつられて空を見た。
弟が、真っ直ぐに魔王へと上昇していく場面だった。
魔王は魔法陣が完成したようで下の弟へ腕を振り下ろす。
全てを白く塗り潰すような暴虐的な白が世界を覆った。
うっかり目を開け続けようものなら失明するほどの極光。
俺は本能に従って目をつむっていた。
瞼を閉じていても尚も襲い掛かる白が魔王の放った魔法の威力を物語る。極光暴力な国落しの白撃。
そしてようやく光が収まり、目を開けると。
「アキシゲ‥‥‥かった」
カゲがそう告げる通り。
一直線に上へと駆けた弟が魔王の極大魔法を真正面からぶち破り、魔王を貫いたようだった。
身体を二つに叩き割られた魔王は四散しながらゆっくりと落下していく。
弟はその一撃が全力全開だったのだろう。飛行を続けられずに落下し始める。
「アキシゲ!!」
落下する弟を確認しカゲが叫びその落下予測地点へと駆けはじめる。
俺だって追従して駆け始めた。
落下予測地点は国を飛び出しなんかものっそい茂った森だ。
この国も隣接する癖にいまだ管理に至っていないような原始の森だった。
果たして弟が落下する前にその落下予測地点へと行けるのか?
あと行けたとしてもどうやって弟を受け止めるか?
問題点しかないがそれでも走り出す。
直後、世界が弾けた。
気が付くと俺もカゲも他のニンゲンも、なんだったら死体も建物も宙へと跳ね上げられていた。
状況を察するに、魔王の最後の極大魔法を弟が真正面からぶち破ったが、全てをぶち破ったわけではなく残りが地上に降り注いだと思われる。
まぁなんにしても、極大の光弾が地上に幾筋も降り注ぐ。いくつも流れ星が滝のように堕ちてくる
地獄絵図だ。
魔王は確かに倒したが、この国は果たしてこの後機能出来るのか?
こうなると、俺としては。
「あらら、知―らね」
それだけ告げて弟の落下予測地点までカゲと走りだすのだった。
2章終了まで毎日投稿します。




