7-16 脱出したら、まだ戦闘は続いていて。
肉壁を引き裂きながら突き進む。ぶちゅりぶちゅりと肉を引きちぎる感触はひたすらにキモいが、ここで止まってしまったら肉の中に埋もれてしまう。
そうなれば完全に詰みだ。
もう引き返せない。だからその一歩を止めない。
徐々に徐々に弾丸じみていた俺の勢いも肉壁に削がれていく。
このままだと止まってしまいそうだ。
「見えた!」
「あれ、あかり!」
突然、淡い光を感じた。
終わりは近い。明確なゴールが見えた事で明確に活力が湧いてくる。行ける、あと一歩だけでいい、進んでくれ。一歩ごとにそれを想い進む。
ふと、散々肉を引き裂く感触をずっと繰り返してきたが、それがなくなった。
身体にあたる空気感が急に涼やかなものへとに変わった。理由は明確だ。
ずるりと、急に体が空中に投げ出されたのだ。
「よしっ!」
「脱出成功!」
産道を通り抜け羊膜を纏ったまま無防備に投げ出される赤子みたいに赤く汚れて、再びこの世に生を受ける。
別に最初の一歩は赤子の様にぷるぷるするわけではない。体だけは健常者だ。すんなり立ち上がれる。だから、それに費やす時間分くらいは一息つくのに使わせてくれ。
「ああ~空気がうめぇ~空が青ぇ~」
頭空っぽで出た世界への感想。もうなんならこのまま寝てもいいくらい。
「ねえ、あれなに?」
だというのに、コドモトカゲニンゲンは一息もつかせてはくれない。
「あぁ? 何?」
仕方なくそっちを見た。いやな出来事であろうことはもう確信していた。
「はぁ~なんだろうね? もうやだ」
そっちの方では、主人公青年と黒い獣と化した弟が相変わらずバトっていた。
主人公青年は青く逆巻く炎を行使し、全てを焼き尽くさんばかりの熱量を以って常人では近づく事すら出来ない。
黒い獣と化した弟。めんどくさいので、くろうと、黒弟と呼称しよう。
黒弟は蛆虫みたいに蠢く泥を引き連れて相対していた。
底なし沼のように不用意に踏み込んだものを際限なく飲み込んで捕食して吸収する。さっきの俺達みたいに。
生物がいる限り無尽蔵のエネルギーを行使する化け物。
主人公青年の戦い方は変わっていない。ただその炎の温度だとか範囲がより強力になっているだけ、シンプルに強くなっているだけ。
黒弟の戦い方は、なんつーか、立体的になっていた。
先ほどまでは泥はあくまでも設置するだけ、引っかかったモノを引きずり込む程度だったのだが、今では振るった腕の延長線に襲い掛かる飛び道具だったり、主人公青年の炎を受け止める盾のように立ち塞がったり、盛り上がり黒弟の足場として形成されたりと、もうなんでもありな感じになっている。
怪獣大決戦みたいになっていた。
「どうするの?」
コドモトカゲニンゲンが問いかける。
この俺のすごく嫌そうな顔を見て察してほしいものである。
「アキシゲ、たすけないの?」
いらねーだろ。どう見ても。できるのはせいぜいが邪魔くらいなものだ。
「でもアキシゲ、たすけてっていってるよ?」
幻聴乙。あのうめき声に意志なんて無い。ただ眼前の敵を屠ることにしか興味はない。
しかし、どうするべきか?
ここでの最悪とは、弟がこのまま殺される事、コドモトカゲニンゲンが殺される事。なにより俺が殺される事である。終始言っているが俺は死にたくねーのだ。
他はなにがどれだけ犠牲になろうが知ったこっちゃない。まっこと小さな人間です。
と、なると主人公青年には死んでもらう。あとあそこで死にかかっているバチバチクソ幼女はここでトドメを刺しておく。
ならば、こっそりとあの戦闘の裏でバチバチクソ幼女をさらってきて‥‥‥自分でトドメ刺すのなんか嫌だなぁ。弟の泥に沈めればいいかぁ。反骨精神の塊なのでさぞかしいい出汁が出るに違いない。
そんなわけで行動を開始する。
まだ俺の身体は誰かの命でブーストされたままなので普段では考えられないような動きもできる。
主人公青年の炎と黒弟の泥をカサカサかいくぐって幼女をさらってくるなどお茶の子さいさいだ。
ただこうしている間にも俺に押し込まれた誰かのイノチはガンガンと俺から抜けていく。
言わば、空気が抜け続けている風船。
タイムリミット付きの強化ではあるが、別にこれくらいなら問題ない。あっさりとバチバチクソ幼女のもとへとたどり着いた。
主人公青年は黒弟との戦闘でこちらに意識を割けない。
実に簡単だ。幼女を沼に沈めて終わり。
倫理的にどうなんだと思わなくもないが。まぁ極限状態だ。麻痺もするよね。
「はぅ!」
突然、頭の中でかち割らんばかりの暴風じみた怒号やらが頭の中で響いた。
俺に押し込まれた誰か、或いは何かの生への執着である。
思考が塗り潰される。
「あああああああああああ!!!」
今叫んでいるのは俺の頭の中の誰か、或いは何かなのだろうか? それとも本当に俺が叫んでいるのだろうか?
ただ、全てがスローになった気がして、すごい形相でこっちを見た主人公青年と目が合った。うわぁ、気まず。冷や汗が一滴タラりと垂れる。
ものすっごい形相だ。鬼神じみていると形容しても差し支えない。
恐怖で思わず、死にたくなるくらいの頭痛が引っ込むくらいには鬼気迫る表情である。
「ほぁあああああああ!」
だから、今漏れている情けない声は他の誰でもない。俺自身の悲鳴だ。
やけに鋭敏に研ぎ澄まされた俺の超感覚が、主人公青年のどんなわずかな挙動も見逃さず、こちらに飛び掛かる為に脚に力を込めたのがわかった。
それならば俺のやるべきこと、それは明確である。
さっさとバチバチクソ幼女を沼に放り込んで、さっさと逃げ出す事。それはわかってる。
ただ、身体が一切動かない。
「てめぇぇぇぇぇぇぇえ!!!!!」
主人公青年がこっちにぶっ飛んでくる。それをただただ呆然と眺めている。
ただ、主人公青年が飛んでくる事は無かった。
こっちに全集中力を割いた主人公青年の咆哮を遮るように横から黒弟が突っ込んできて、主人公青年を遥か彼方にぶっ飛ばしたからだった。
双方命を懸けて戦っていて、なぜかかたっぽが放心したのなら、これ幸いとトドメを刺すのは道理だよね。
「あらぁ~」
さっきから間抜けな声しか出ねえ。ゴルフのOBさながらファーとで叫べばよかっただろうか?




