7-12 俺、飲み込まれて消化待ちになる。
ずぶりずぶり。もう完全に泥に飲み込まれてしまった。
目とか口の中に泥が入るのは絶対に嫌なので、ぎゅっと閉じたままだ。
上も下も定かではなく、なぜか泥の中は温くて、唯一確かなのは掴んだコドモトカゲニンゲンの足の感触だけ。
このまま俺とコドモトカゲニンゲンは窒息死してしまうのだろうか?
そもそも死にたくはないが、俺は至極真っ当に死ぬ。けれどコドモトカゲニンゲンは?
命を使い切るまで死んでは復活を繰り返す。死に続ける。それはひどい所業ではなかろうか?
あ、俺が引きずりこんだったわ。すまねぇ。
別に俺はコドモトカゲニンゲンの親でもない。愛情とかも全くない。
ただ、無駄に足掻き続けるしかない、死に続けるしかないコドモトカゲニンゲンには憐憫を感じた。
だんだん息が苦しくなってきた。いっそ楽に死ねないだろうか?
酸素が少なくなるにつれ、きっとこういう無駄な思考も出来なくなっていくのだろう。それはヤダなぁ。意味とか必要とかまったくない思考こそ我が本懐だというのに。
走馬灯なのか俺の妄想なのか、何かが頭をよぎってきた。
まだ幼かったころ。俺は神童とか言われていた。世界の心理とかなぜか理解していたし。あらゆる能力を有していたし、一度見ただけでなんでもできた、おおよそ万能だった。世界はつまらなかったし。生きる意味とか見いだせなかった。死なないから生きているだけだった。
いやいやいやこれは俺の痛い妄想だわ。現在進行中の厨二病だわ、走馬灯では断じてない。
死に際にこれ幸いと俺の過去を塗り替えようとしていやがる。
くだらない自尊心にちょっとクスリとしてそのまま薄れ行く意識に抵抗できなくなった。
ゆっさゆっさと身体を揺さぶられる。
なんだ朝か?などとボケるつもりはない。
「なんだよ、生きてんじゃねーか」
それに関してはよかった。本当によかった。
そこでようやく目を開けた。
「あ。おきた」
コドモトカゲニンゲンが安堵のため息を吐く。このクソガキに起こされるのはお兄ちゃん史上初ではなかろうか?
どっこらしょっと身体を起こし周りを見渡してみた。先ほど通った泥の中でもみくちゃにされて果たして五体は満足に動くのか危惧したけれど問題なく動く。
コドモトカゲニンゲンも特に問題はないようだ。
「ここどこ?」
いやそれ俺が言いたいセリフだったのに、先に問われてしまった。
見渡してみる。なんつーか抽象的な場所だ。
色素が薄いというか、二次元的というか、白黒テレビの中に入り込んでしまったかのようななんとも表現し辛い違和感がある。
俺の語彙力の無さが悔やまれる
あちらこちらに俺たちみたいに泥に落っこちたモノが重力を無視して漂っていた。木々とか、小動物とか。飲み込まれた命があちらこちらに散らばっていた。
そしてその命たちから抽出された見覚えのある小さな白い球体。たぶん魂的なものがふやふやとゆっくりとあっちらこっちらに漂っている。
ここがどこか。位置的な事はわからない。ただ今がどんな状況はわかる。
「秋重が発生させた泥の中に落っこちた。要するに秋重の腹の中っぽいな、ココは」
自分で言って意味がわからん。
「アキシゲにたべられちゃったってこと?」
良く出来た生徒だ、意味わからん俺の仮説によう着いてくる。
何かの腹の中に五体満足なまま放り込まれるなんて体験はよっぽどないはずだ。現に俺は初体験だ。
「そういうことじゃね?」
アキシゲの腹の中と思われる泥の中に落っこちたわけだが、仮説通りならここは腹の中だ。さっさと脱出しなければ消化されてしまう恐れがある。
口腔内を経由せず胃袋の中に食物をダイレクトシュートするというのは生物としては如何なものかと思うし。胃袋が比喩なく別次元というのも生物と名乗るのをやめちまえと叫びたくなるが。
仕方ない。これが俺の弟という呆れるしかない唯一無二だ。
「どこにいけばいいとおもう?」
コドモトカゲニンゲンさんは俺みたいな無駄な思慮もとい思考放棄をせずしっかりとこれからどうするべきを考えている。
「あー。口から入ったと仮定するならば尻から出るのが‥‥‥いやなんでもない」
個人的には嫌だ。だったら腹ぶち破ってとかのほうがいい、カッコいい。
「それだっ!」
だというのに、コドモトカゲニンゲンは俺の聞き流してほしかった提案をこんな時だけ拾うのだ。ホントに可愛げのないクソガキである。
「いこう?」
俺の手を握って先を歩きだす。
誰かの手を握る、そういう行為はいつぶりだろうか?
覚えてねーなぁ。誰に見られているわけではないが幼女と手を繋ぐ三十路おじさん。
どこか犯罪的であるし、意外と俺が気恥ずかしい。
「お前、さっきまで動けないんじゃなかったか?」
その気恥ずかしさを誤魔化すべくコドモトカゲニンゲンに話しかける。
体のあちこちを自分で触診し、てのひらを閉じたり開いたりしたり、目を開けたり閉じたり、ぴょんぴょん飛び跳ねた後。
「うごけるね?」
そう軽口をたたいた。
ちょい前まで満身創痍だったくせにもう回復している。あの脱力はちょっとすぐに回復できそうもないような印象を受けたが。
これが若さか? 筋肉痛が三日後に来る三十路おじさん的には羨ましい限りである。
まぁ確かにさっさとここから出なければいけないのは正論だ。コドモトカゲニンゲンを背負っていくのもしんどいし、動けるのならば儲けもんだ。
ケツから出るのはヤダけど、脱出方法を選り好みしていられないのも事実だし、そもそもケツはもちろんだが口もどっちかわからない。とりあえず先端に向かって歩いていくしかないのだ。
こんな不確かな場所で唯一といっていいかもしれないコドモトカゲニンゲンのちっちゃな手のひらを握って前へ歩き出した。
意外とやわらかいなぁ、などと思ったのは内緒だ。




