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7-11 俺、色んな意味で沈む。

「あれ、アキシゲ?」


「だと思うぜ」


 視界をあっちらこっちらノイズみたいに見えたり見えなかったり、炎の柱があがったり、今度は助けてくれるヒトもいないので、自己責任で身を守るしかない。

 主人公青年がひたすらに炎を迸らせる。遠赤外線効果で顔が熱い。


「あ、クソ幼女」


 視界の端っこに映ったぼろ雑巾のように転がっているバチバチクソ幼女。気絶しているようだ。

 ひたすらに主人公青年はバチバチクソ幼女を背にやりにく戦いを強いられている。

 なるほど、合点がいった。

 主人公青年は弟からバチバチクソ幼女を守る為なるべくこの場から離れようとしている。

 それでも弟はその誘いには乗らない。

 距離が開いたら容赦なくバチバチクソ幼女へと襲い掛かるだろう。


「ねぇ、あれなに?」


 コドモトカゲニンゲンがバチバチクソ幼女の方を指さす。なんぞ、とそっちを見ると、さっきから弟の足元からぐじゅぐじゅと湧き出続ける泥がゆっくりと動いてバチバチクソ幼女へと迫っていた。

 つーか、よく見ればあちらこちらに弟がまき散らかした泥がうじゅうじゅ蠢いていた。

 気づかなければよかった。思わず後悔した。

 蛆虫みたいに蠢く泥がビジュアル的に受け入れ難い、吐き気が催してくる。

 こんなん本能がどうとかいう前にヤベェってのは一発でわかる。

 なんとかもっともっと離れなければいけない。


「おい、クソガキ。動けるか?」


 先ほどまで本能のままに暴れまわっていたコドモトカゲニンゲン。恐らく体のリミッター的なものをはずして暴れていたと思われる。

 身体に力を込めているのか目をギュッとつぶって。


「ごめんなさい。むり」


 ペタンと弛緩した。

 ムリですか。そうですか。

 置いてくか? 後で後悔しそうだから仕方ない連れて下がろう。

 コドモトカゲニンゲンを片手に抱えてずるずると尻もちのカタチで後退する。

 視線は弟と主人公青年の戦闘を見ながら、ゆっくりと後ろに後ろにずるずると。


「‥‥‥‥‥‥」


 このクソガキ。俺の苦労も知らずに完全に体から力抜いて弟の戦闘見てやがる。

 いや、考えようによっては俺の事を信用しているから力を抜いているとも考えられる。


「‥‥‥‥‥‥」


 ねぇな。


「うわッ」


 前だけに注力して後退していたら手が何かに振れた。べちゃりと潰れて手に異常な不快感。

 さぁっと血の気が引くのがわかった。

 後ろを向くのが怖い。もし俺の右手が潰していたのが犬のウンコだったら俺は叫ぶ自信がある。


「クソがぁッ!」


 意を決し、後ろを見た。

 弟がひたすらに発生させていた泥だった。

 犬のウンコよりはいいか?

 潰した泥が付着した掌を見てみた。

 質感とかはまんま泥だ。


「んーーー?」


 ただ、よく見るとなんか動いている。


「うわぁああああああああああああ!!」


 キモいキモいキモいキモい。よく見ると泥は小っさいイモムシみたいなもので構成されていた。

 手をブンブン振って振り落とそうと試みる。

 ある程度は落ちた、それでも完全ではない。

 落したい! 何かにこすって落としたい。

 チラリと、抱えたコドモトカゲニンゲンに目がいった。正確には身に着けたボロキレにである。


「‥‥‥」


 コドモトカゲニンゲンと目があった。え? 拭くの? 私で? そんな顔をしている。

 いや、拭けますけど俺は! みたいな顔で笑いかける。

 明らかな拒絶で首をひらすらに激しく横に振ること振ること、なんだよまだそんな元気あんじゃねーかよ。

 だけど逃げないところをみると体が動かないのは嘘ではないようだ。

 それでも何とか逃れようと体を一生懸命に振るわせる。

 いや、逃がしませんケド。


「あッ。ああッ。ああああッ!!」


 微弱ながらも暴れる暴れる。うっさい拭かせろ!

 ドンッ。と突然コドモトカゲニンゲンに押された。

 クソがぁ、まだこんな力が残っていやがったのか。


「アレ?」


 予想以上にそのタックルは俺のバランスを崩すことに成功したらしい。

 グラリと俺の身体が傾く。後ろに。

 嘘だろ?


「いやいやいやいやいや、やだぁーーーーー!」


 それを支えるほどの腹筋もない。

 べちゃり。と背中から泥の塊に突っ込んでいった。


「うぅ、おかーさん」


 べちゃり。と背中に不快な音が感触が感じられる。思わず大した思い出もなく他界してしまった母さんに助けを求めていた。

 あまりのえんがちょ的絶望感に、かはぁって息が漏れる。

 空を見上げる事しかできない。


「しずんでる?」


 俺に乗っかっているコドモトカゲニンゲンが呟いた。

 しずんでいる? なにソレどういう表現だ? 気分か? どん底だよ!

 俺の身体は泥に浸って、泥は本当は泥ではなくて蛆虫的な何かで、キモくてキモい。

 それだけだろ?

 いっそ開き直ってしまう。泥まみれですけど、何か?

 はいはいわかってますよ。俺は今汚いですよ。はいはいそうですね。

 どっこいしょ。と起き上がろうと右手で地面を押そうと力を込めた。


 ずぷぅぅう。


「は?」


 右腕があり得ないほどに沈んだ。


「ほら、しずんだ」


 いやいやいやいやいや下は地面だろ? どこに沈んでいるというのだ。

 あと、見たかってちょっとドヤ顔するコドモトカゲニンゲンにイラッとした。

 右腕がもう肩まで沈んで俺個人でリカバリーは不可能。


「おいガキンチョ。助けてくれ」


 こうなるともう素直に助けを求めるしかない。


「からだ、うごかないよ?」


 申し訳なさそうに首をふるふると振る。


「がんばれっ。全命を振り絞れ!」


「‥‥‥やってみる!」


 うんっ。チョロい!

 俺の安い声援を受け取ったコドモトカゲニンゲンが生まれたての子馬みたいにプルプルと立ち上がる。

 大した努力だ。おそらく全生命を振り絞っていると思われる。


「うおぃっ。 暴れんな沈むっ」


 だが努力むなしく、コドモトカゲニンゲンの震えに同調して俺の身体も沈んでいく。

 身体の右側はもう完全に沈んでしまった。

 もう顔が泥に振れるのも秒読みだ。嫌が応にもうじゅうじゅ蠢く泥が目につく。

 もう発狂とか絶叫とかしたい。


「いくよっ」


 なんとか立ち上がったコドモトカゲニンゲンが意を決して、全生命を賭してジャンプを試みる。


「とうっ!」


 そして飛んだ。俺の身体を踏み台にしたもんだから、俺の身体はその勢いのまま沈む。


「あっ」


 ちょっと考えればわかりそうな結末。

 自分の愚かさに反吐が出そうになる。

 しずむ。いやだ。助けて。必死にまだ自由な左腕を伸ばす。


「えっ!?」


 俺の必死さ故か、左手が何かを掴んだ。あとなんかコドモトカゲニンゲンの短い疑問符が聞こえた気がする。

 見ると、俺の左手が掴んでいたのはコドモトカゲニンゲンの足だった。

 リアルに足を引っ張っていたのだった。

 こうなると当たり前に、コドモトカゲニンゲンは俺の上に落ちてくる。

 わかっている。これは跳べと指示したのに最初から最後までコドモトカゲニンゲンを信じられなかった俺の落ち度だ。

 肝心な所で自分を含めニンゲンを信じられない俺の落ち度だ。


「うげえええええ!」


 そして、その落下の衝撃で俺はさらに下に沈んでいく。

 こうして、俺とコドモトカゲニンゲンは弟が発生させた正体不明の泥の中に沈んでいくのだった。


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