6-2 弟、ぶちギレて爆心地の中心でなんか叫ぶ。
弟の方をチラリと一瞥すると‥‥‥あぁきりゃ頭が真っ白になっているようだ。
「あああああああ」
弟が声を上げだし始める。
非常に危機感を覚える声だ。
「ああ、ああああああああああああああああああああああ!!!」
まずい、弟のこの叫びはヤバい。
俺はすぐさま体を低く伏せた。
逃げようにももう間に合わない。
脳裏に浮かぶのはいつだったかの惨状。
そこでコイツは―――ブチ切れた弟はなにをした?
ぶん。と弟は腕を振るった。無造作でその動作に意味があるとは到底思えない。
なのに、バキバキバキと、振るった腕の延長線にある木々が不自然に千切れてへし折れて、さらにその奥にいた誰かたち――俺達にちょっかいを出していた夜盗が何人か――の身体も真っ二つに千切れていた。
「はい?」
なんでこの弟は自分がいくら痛めつけられても大丈夫なくせに、他人が傷つけられるとこうも簡単に自我を怒りで塗り潰すのか。
更に弟は腕を振るう。
そのたびにひたすらになにかが折れたり砕けたり千切れたりする。
もうそこからは阿鼻叫喚だった。
別に狙って攻撃をしかけているわけではないのだ。
ただ、無造作に当たり一面に攻撃を、怒りを巻き散らかしている。当り散らかしている。
木々がへし折れる音に合わせて時々、明らかに人の悲鳴が混じって聞こえる。
あれだけの一撃だ。痛みを感じる間もなく即死かと思ったがそうでもないらしい。
なんならあれほどの一撃のくせに死ねないような攻撃と言ったほうがいいかもしれない。
みね打ちのつもりかよ。みねはおろか刃も見えない不可視の舐めプな一撃必殺。
死は明らか、でもそれは今すぐじゃない。
助かるはずがない、でもまだ死ねない。
どーいう理屈だよ。
このままいけば、弟は何人いるかもわからないこの野党を皆殺しにするだろう。
別にそれはいい。その行為自体は止める気はない。
仕掛けてきたのはそっちが先だ。別に死のうがどうでもいい。
ただ、なぜ仕掛けてきたのか? には興味がある。
俺には理解できなかったこの襲撃の利益を知りたい。
ただ焦って顔をあげていい事はないと思われる。
最悪、巻き込まれて俺が死ぬ。
伏してやり過ごすこと幾ばくか。カタカタとすべてが震え始めた。
「来たか‥‥‥うぇっ」
俺にも倦怠感と吐き気がこみ上げてくる。
いつかの記憶に照らし合わせるのなら、命の刈り取り期が来たのだ。
顔をあげて弟を見る。
ぼんやりと光を失った瞳で恋い焦がれるように虚空を見上げ片手を天に掲げて、もう片手で慈しむようにコドモトカゲニンゲンを抱えて。
カタカタとすべて震える。
近くの誰かから順番に命というものが小さな風船のようなものとして吸い寄せられていく。
きっとこうなってしまえば、命に貴賤などはないのだろう。
命は等しく命。手繰り寄せて、いっこにまとめて、コドモトカゲニンゲンに与える。
俺は襲い掛かる吐き気をなんとか抑えながら確認できる中で一番遠くの被害者のもとへと向かった。まだ、命を刈り取られる前である今なら間に合う。
俺達を襲った理由も確認できようものだ。
身体が重い、ちょい前に弟とコドモトカゲニンゲンを背負って歩いたがそれともまた違ったきつさがある。
アレは外から動きを制限されるようだったが。
コレは内側から動きを阻害される。鉛かよ俺の身体。
それでも歩き通しなこんな異世界生活で体力は最初に比べればついたほうだ。
なんとか一番遠くのヤツももとへとたどり着いた。
「‥‥‥マジでキメェ」
俺が話しかけようとしている男を一瞥した感想。
腕がわけわからん方向へ投げ出されていて、白目ふいて、カタカタ震えて、下半身はどっかに行っちゃって行方不明、地面はひどく赤く汚れている。
踏み潰された蜘蛛とか蟻んこ感がすげえ。なんとなくそう思った。
「おい、テメエ、なんで俺達を襲った?」
襲撃者の肩を掴んでブンブン揺する。
けが人への対応としてはマイナスだろうがこの怪我だ。死ぬのはカウントダウン入っている、死んでもいいから俺に情報を寄こせ。
「おいっ、教えてくれたら助けてやるから教えろ!!」
もちろん嘘である。そんな手段など持ち合わせていない。
「おいっ。寝るなっ起きろっ!!」
ガックンガックンコイツの事を一切鑑みずに肩を揺すりに揺する。
「―――オエッ」
激しい揺さぶりにいきなり嘔吐感が顔を出した。
ポワンと、俺の口から魂的なモノが浮かび出てきた。
「うおッ!! あっぶねえ!!」
飛びついて飲み込んでなんとか事なきを得る。
自分の魂を見る機会がなんやかんやもう2回目、こんなクソ体験がもう2回目。
剣と魔法の世界。倫理とか人権とか法律とかが共有できていない世界。
なんかラブアンドピースとか人類皆平等とかが鼻で笑われる世界。
命が結構な頻度で危機に陥る世界。
‥‥‥やっぱ嫌いだわこんな世界。
「―――ブハッ!!」
激しい揺さぶりに襲撃者がいきなり吐血した。
「うおっ。きったね!!」
避けきれずにいくらか被弾してしまった。
皮膚ならばまだいい、いやヤダけど。
血汚れというのは衣服に着くと全然落ちない、洗剤がないというのもあって日本から持ってきた服が汚れてしまうことはもう絶望しかない。
この世界の衣服、麻だか木の皮だか獣の皮だかわからんが、めがっさゴワゴワしていたりチクチク肌を刺激されたり着れたもんじゃないのだ。
いや、そんなことより今回は襲撃の理由だ。
「おい。死にたくねーだろ。助かりたきゃ俺達を襲った理由をさっさと言えよッ」
助かる、という響きにわずかな希望を見出したのか襲撃者がうっすらと目を開けた。
「‥‥‥たく‥‥‥ない。死‥‥‥‥‥‥にたく‥‥‥ない」
うわごとのように呟く。
「じゃあ喋れっ。それしか助かる手段はねえんだよ!」
縋るように俺の手を握ってきた。その手もふるふると震えている。
「かたき―――うち」
それから、助かる為に、必死に、呟く。
「あのこは――おれたちの―――たいせつな‐――」
ひとことに命を削って、それでもまだ命を削って情報を呟く。
死なない為に、助かる為に、それしか助かる手段がないから、それに縋って。
いや、まあこんな致命傷、助かるはずねーんだけどさ。
「あのこってのは誰だ?」
襲撃者の瞼が落っこちてきた。たぶんそのまま瞳を閉じたらもう死ぬ。
「おまえらが―――ころした」
お前らが殺したぁ? なに被害者ぶってんのだろうか、うぜえ。
死にゆくだけだというのに、自分の主張に生気を取り戻したらしく、まだがんばって目を見開いて呟く。
「おまえらは―――うばわれてりゃ―――よかったのに、ていこうしやがって」
あ~。こいつらが最初に俺達に襲い掛かってきたときのことかな?
「あのこは―――いいこだったのに―――おまえらの――せいで」
弟はこいつらを撃退した。それはそれは見事に、無血で。
俺は今の今までそう思っていた。
「おれたちは―――かたきを―――とらなきゃ――」
しかし真実は違ったようだ。どうやら被害者がいたらしい。
なるほど、合点がいった。
かたき討ちか。それなら採算度外視の襲撃にもまあ理屈をつけることができた。納得ではないけれど。
この際、なに被害者ぶってんだよ。人様のものを強奪するって段階で自業自得だろ。と思うがそれはこの際置いといて。
まあ、なんというか。
「お前らがここで全部死んでくれてよかったわ。さっさと死ね」
万が一、弟が被害者を出したと知ったら、きっと弟は気に病むだろう。
敵だろうと、死んで当然のヤツでも、命に敬意を払う弟はそういうところでいつも貧乏くじを引いてしまう。
だが、そのコイツが死ねばそれも杞憂に終わる。
全員が口を閉ざしてしまえば、真実なんていくらでも都合よく塗り替えられる。
問。なんで、俺達は執拗に追われたのか?
答。コドモトカゲニンゲンが言った通り、俺達の衣服は値打ちものに見えた様です。
これが今から俺の口から出る真実になる言葉だ。




