3-11 弟、ピキッと来る。
「その娘をお譲りいただけるならば代金はこれほどお支払いたしましょう」
奴隷商はそう言って掌をこちらに向けて人差し指と親指を立てた。
魚市場とかのセリとかで見たことがある指の動きではあるが。
「いや、全然わかんねーよ」
この世界の常識すら危ういのだ。そんなマニアックな競売の符丁なんぞ知る訳がない。
「むっ。そうですか。それならばこれならどうです?」
使用人らしき人から重そうな皮袋を受け取りその中身をこちらに提示する。
金貨とか銀貨とか銅貨がいっぱい入っていた。
割合は金貨が一番多いっぽい。
まぁ大金なのだろう。だが、果たしてこれにどれくらいの価値があるのか?
ぶっちゃけると日本円とかドルに換算するといくらなのか?
「ざっと100000ルムはあります。どうです? 奴隷に対する支払いとしては破格だと思いますが?」
だからそういう事ではないのだ。
「で、結局100000ルムっていくらなんだよ?」
貨幣価値がさっぱりわからないからこんな馬鹿な質問をする羽目になる。
「えぇ・・ええと、1ルムが100000枚ある、ということですが・・・」
うん‥‥‥質問が質問なら答えも答えだ。子供に対する答えならあり得なくもないが、おっさん同士の会話だ、おおよそ健常者どうしの会話ではない。
「兄ちゃん。このヒトなんて言ってるの?」
もうなんか中身の無い会話に発展しそうな所で弟が割り込んでくる。
おそらく俺の表情から会話が暗礁に乗り上げたのを察したぽかった。
「このクソガキを売ってくれって言ってるよ」
いくら金欠だといっても、ヒトを売買の対象とすることに嫌気がさしていたこと。
この奴隷商とこれ以上建設的な会話ができそうもないこと。
この奴隷商が意外とコドモトカゲニンゲンの購買を諦めそうもないこと。
それらの要因が重なってもう会話をさっさと切り上げたくて弟にいっさいの隠し事をせずにそのままを伝えた。
「は?」
弟のたった一言で場が凍りついた。なんとなく気温すら下がった気もすないでもない。
あ、やっべぇ。
「人を売買するの? なんで?」
あくまでも物静かに俺に聞いてくる。
いっそ激昂でもしてくれればまだそっちのほうが幾分かマシだというのに、静かに怒っていた。
「兄ちゃんとソイツ、しばらく話していたみたいだけど。このコを売るなんて論外を話し合ってたの?」
この世界に対する怒り、今それが俺に飛び火しようとしている。
そんな愚問、論じる必要なくない? 断って終わりじゃない?
怒れる目がそう訴えている。
「お、俺はさっさと断ったんだよ!」
言ってから後悔した。
いかにも嘘っぽくてガキっぽい薄っぺらい嘘みたいだ。
断ったわけではないが、奴隷制度にドン引きしていたのは事実だし。コドモトカゲニンゲンを売る気もまったくなかったというのも嘘偽りない事実だ。
ただ、俺の弁明。これだけが下手くそすぎた。
「‥‥‥そう、わかったよ」
弟は俺の妄言じみた真実をどう受け取ったかはわからない。
ただ、それで俺との討論は終わり。
「じゃあ、話は終わりだよね? さっさとこんな所行こう」
後ろで脅えるコドモトカゲニンゲンの手を握ってすたすたと振り返り街と反対の方向へと歩き出した。
「あ~怖かった‥‥‥。そういうわけで、クソガキは売れねーよ、じゃあ失礼します」
それに追従する形で俺も歩き出す。
後ろで奴隷商の「後悔しますよ!」とかそういう怨嗟の声的なものが聞こえてくるけれど弟の激怒より怖いものは今現状ないので無視する。
そういうわけで、ようやく始まりそうだった俺達の異世界モノは相も変わらずただの放浪記を続ける羽目になったのだった。




