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帰ってきた日常




カッ、カッ。

ブーツの底をぶつけながら歩いていく。

廃墟が立ち並ぶゴーストタウンさながらの場所で飼い猫を探す。


「マフユ」


呼んでも返事はない。

遠くに行ってしまったのだろうか。

人懐こい性格をしているから、異国のこの日本でも生き抜くことができる猫だろう。

でもやっぱり心配だから、捜してやる。コクウに勝手に連れてこられ迷子になっているなら、見つけてあげなくては。

しかし猫を捜すのは、これはこれで大変だ。

 あたしは振り返る。

深夜だというのに人の気配。廃墟に肝試ししにきたのだろうか。

その気配に、あたしは歩み寄る。

その人物も、あたしの方へと近付く。


「─────アンタが、この子の飼い主?」


月光の下。

その人物と会った。

なにかを感じた。

でもそのなにかがわからない。

肩にマフユを乗せた同い年くらいの少女は、首を傾けた。すっかりなついた様子のマフユが彼女に頬擦りする。

癖のついた黒髪はしなやかに揺れた。


「この子と同じ。べっぴんさんだね」


じゃれてくるマフユを指先で撫でて、彼女は微笑む。

美人の分類に入る綺麗な顔立ち。

真っ黒のズボンに真っ黒のブーツ。真っ黒のパーカー。

黒ずくめな格好が彼女をボーイッシュに見せる。

だけど。

首につけたネックウォーマらしき赤い布を見て、ある動物が浮かんだ。

とっ。

軽い足取りであたしの目の前に歩み寄った彼女はあたしにマフユを渡した。


「──────…」


間近で顔を合わせた瞬間に、感じる。

今度はわかった。

相手も同じことを思ったのか、少しだけ大きな目を見開く。

あたしの顔を見つめて、それから飽きたようにマフユに目を向けた。


「じゃあな。今度はご主人様から離れるなよ」


マフユの頭を撫でて、軽い足取りで去っていく。まるで会話をしてるかのようにマフユも返事をした。


「アンタも猫は気紛れだけど、気を許した奴の元に必ず戻る生き物だ。遠くにいって迷う前に見付けてやんなよ」


背を向けたまま、彼女はあたしに向けて言う。


「世界は広いんだから、迷子になっちまう。じゃあな─────真っ赤なべっぴんさん」


取り出した帽子を深々と被って、顔をだけ振り返りニッと笑みを向けた。

廃墟が立ち並ぶ闇の中に、彼女は消えていく。


「みゃあ」

「……この浮気者」


立ち尽くしていればマフユが鳴いた。あたしは軽く頭を小突いてやる。


「─────黒猫みたい」


黒ずくめで首に赤をつけた彼女は、本当に黒猫を連想させた。

だからマフユもなついたのだろうか。


「それにしてもクソそっくりだったな」


マフユを見下ろしていればヴァッサーゴが独り言のように洩らした。


「………そう?」


あたしは素っ気なく返す。


「目元が似てたな。いや髪型か?いやいや、鼻だったか。いーや、唇だったな」


ふざけるヴァッサーゴに苛立ちを覚える。


「いやいやいや、雰囲気がそっくりだ」


初めからそれが言いたかったんだろ。

あたしは黒猫みたいな少女とは反対側へと歩む。


「そっくりじゃないわ」


あたしは否定したが、これは嘘だ。

なにかを感じた。

それは。

─────似ていると、感じたんだ。

自分に、似ていると感じた。

彼女も、感じたようだった。

鏡を見ているような錯覚を覚えた。

なんだか、妙で。気持ち悪くて。認めたくなくて。

否定をしてしまう。

彼女も目を逸らした。

あのニッと向けた笑みを見て、やっぱり違う。似てない。そう否定できた。

似てないんだ。

あたしなんかに。

似ているわけがない。

彼女は明らかに表現実者。

血の臭いなんてしなかった。

あたしとは違う。

全然──────違う。


「…──────」


けれど妙に、引っ掛かりを覚えてあたしは振り返る。

姿は見えないのに、彼女を捜した。

─────あの黒猫みたいな少女が、気になる。






 まるで一目惚れしてしまったみたいだが、生憎同性愛者ではないし名前も知らない通り掛かった彼女を追い掛けるつもりは微塵もなかった。

あたしは那拓家へと戻る。

那拓家に謝罪しに向かったはずなのに、何故か広間で藍さんは兎無さんに一喝されていた。

泣きながら頭をボコボコと叩かれている。力仕事をしている兎無さんとキーボードをいじり回す藍さんでは、兎無さんの方が力が上で藍さんは逃げ惑う。


「うっ、煩いなぁ!兎無!君には関係ないじゃんっ!」

「愚痴りに来やがって関係ないだとっ!殴らせやがれっ!!」

「もう殴ってるじゃんっ!!」


仲良しだな。

幼なじみだもんな。

そんな二人を眺めてから、他に目をやる。

白瑠さんは楽しそうに笑っていて、幸樹さんは蓮真君の診察中。

神奈は退屈そうにぼんやりと見ていて、隣で爽乃は肩を震わせていた。

爽乃は主犯を今すぐにでもぶった切りたいのだろうが、爽乃も兎無さんの元で武器を調達している客。堪えているようだ。


「あっ!お嬢っ!」


あたしを見付けた藍さんはぱあっと目を輝かせて駆け寄った。

そんな藍さんの顔をあたしは殴る。


「ぶっ!?…な、なにするんだいっ!?お嬢!」

「殴るだけで済んだことを感謝してほしいです。あたしの家族を殺したんですよ?まぁそれは大して気にしてませんが…あたしの友人、そしてその家族、それから兎無さんに迷惑をかけたことを深く謝罪してください」


その場に崩れて頬を押さえる藍さん。この上なく女々しい。

ビシッと見下せば、ぴっと正座をして爽乃達と向き合った。


「申し訳ございませんでした!」


そしてばっと頭を下げて謝罪した。


「謝ってすむ問題ではないっ!!」

「兄貴!いいよっ!ぼくは無事帰って来れたんで…もういいです!」

「本人がそう言ってるんだしぃ…別にいいんじゃない?」

「よくない!よくありませんっ!!」


左右から兄弟に言われるが、今まで堪えていた爽乃は声をあげる。


「母上や父上にも!親戚にも迷惑をかけたのですよ!しかも蓮真の存在はこやつのせいで明かされた!謝ってすむ問題ではないです!!」


拉致監禁も許されることではないが、本人ももういいと言っているのだし謝罪で済ませてほしい。

だが爽乃は食い下がる。

拉致監禁した上に、隠されていた末っ子の存在まで明かしたのだ。

一家の秘密を暴露されて爽乃はお怒り。


「彼にそれをさせてしまったのはあたしなので……斬り捨てるならあたしを斬り捨ててください」

「お嬢!?だめだめっ!僕がやったんだ!斬るならお嬢じゃなく僕をっ!!」

「いやっ!こいつを止められなかったあたしのせいだ!爽乃!斬るならあたしを斬れ!」


あたしなら斬られても大丈夫なのに、藍さんは庇い前に出る。更に兎無さんまで前に出て、爽乃はギョッとした。


「何故松平殿を斬らなきゃならないのですかっ!貴女は何も悪くないでしょう!」

「いいやっ!ちゃんと見張っていればこんなことにはならなかったんだ!斬るならあたしをーっ!!」

「落ち着きなさいっ!!」


あたふたしながら爽乃は兎無さんを抑え込む。うむ、カオスだ。

兎無さんも爽乃も落ち着け。


「藍乃介とキャットは許してやってくれ!あたしのことは斬っていいから!」

「斬りませんからっ!許します!許しますからっ!!」

「やった!許されたよ!お嬢!」

「反省しろ。」


兎無さんのおかげでなんとかお許しが出た。コロッと反省の色を打ち消してあたしに笑顔を向けた藍さんにもう一度パンチを食らわせる。

…それにしても。

あたしは爽乃を見た。なんだか兎無さんには弱いように見える。


「身内もだけど、蓮真。あの子にも迷惑かけたんだよ?あの子、夜中友達連れてお前のこと捜してた」

「あの子…ってアイツが!?」


そんな爽乃より、蓮真君に神奈は話し掛けた。

蓮真君の驚いた顔に神奈は楽しくなったのかニヤニヤする。蓮真君は神奈の玩具のようだ。

あの子。

ニュアンス的には女の子を指しているようだ。蓮真君にあたし以外の女友達がいるのか。驚き。


「ぼくのケイタイは?ぼくのケイタイは!」


慌てて蓮真君は自分の携帯電話を捜した。診察していた幸樹さんが近くに置いていた蓮真君の携帯電話を渡す。

軽く頭を下げて蓮真君は携帯電話を開いた。

その女の子に、電話を掛けたようだ。


「おい!ぼくは帰った!お前こんなことに仲間を振り回すな!」


酷い言いよう。

心配して探し回っていたらしい子にそんなことを言うなんて。


「は?ぼくは無事だっ!はぁ?来なくていっ…い!?」

「もしもーし、蓮真はぼろぼろでさぁ見舞いにきてあげて」

「あ、兄貴!」


神奈は携帯電話を奪い、話を進める。蓮真君は大慌て。

この兄貴、また弟の女友達を狙ってる。

同じ兄とは思えない。

あたしは蓮真君の頭を片手で押さえつけて電話をしている神奈と、隣で診察で使った器具を片付ける幸樹さんを見比べた。

…あ、色気むんむんと女たらしという点は同じだ。


「この前、家の前にいた女の子?もっしーぃ、おれ蓮真の兄の遊太」


忽然と神奈の手から携帯電話が消える。

奪ったのは神奈の後ろに立つ遊太。


「蓮真一応元気。でもさ、傷心?心の方がぼろぼろ」

「ちょ、兄ちゃんっ!」

「遊太、私が言う。プロポーズしてフラれたんだ」

「ちょっ!!」


あたしにプロポーズしてフラれたことを兄二人に暴露され、蓮真君は真っ赤になって携帯電話を奪い返そうとした。だが幸樹さんがそれを許さず抑え込む。


「絶対安静ですよ」

「うっ………兄ちゃん!やめてくれよっ!」


医者に言われ、蓮真君は立ち上がれないでいた。

これ以上暴露されたくない蓮真君は遊太に頼み込む。遊太は面白がって笑った。可愛いな、蓮真君。


「ははっ。"その情けない声を聞いて安心した。お大事に"だってさ」


ぽいっと、遊太は携帯電話を投げて蓮真に返す。


「っ…ぜってぇ次会った時、からかわれる…」

「かははっ、どんまい」

「どんまいって…!!」

「おい、結局見舞いには?来るの?」


布団の上で項垂れた蓮真君を他人事のように笑い飛ばす遊太。神奈はまたつまらなそうに座り込んだ。


「遊太。コクウ達は?」

「ん?仮眠とるために寝床に行った」

「…ふぅん」


寝床か。

コクウ達はふらりといなくなってしまったからどうしたのかと思っていた。

まだ日本に滞在する気、か。

当然だろう。番犬を調べあげて日本に辿り着いたのだから。

そうか、さっさと家に帰って篠塚さんについて対策を練らないとな。蓮真君と藍さんの問題は片付いたし。


「蓮真、君……でしたね」

「え、あ…はい?」

「……お大事に」

「あ、はい。どうも…」


幸樹さんが意味深に呟く。蓮真君は少し強張ったが、ペコッと頭を下げた。


「それでは私達はこれで」

「おう、お疲れさーん」

「帰ろー」

「うん、帰る帰る」

「あ、松平殿。送ります」


時刻は、もう四時を差していた。

もう眠い。

あたし達は那拓家を後にした。








目を覚ませば、あたしの部屋。

あたしのベッドの上。

右には白瑠さん。左には藍さん。

この二人の寝顔を見て起き上がると、なんだかあの頃に戻った気がする。

足元には何故かヴァッサーゴが人間の姿で寝ていたが、気に止めず踏みつけてベッドを降りた。

リビングから香るコーヒーの匂い。これも懐かしい。

テーブルについてコーヒーを飲んでいる幸樹さん。

あの頃に戻った気がするけれども、彼女だけはいない。


「おはようございます、椿さん」

「…おはようございます」


微笑を向ける幸樹さんに、笑みを返す。

彼女が欠けている分を、埋めるかのようにあの人はソファーにいた。


「みゃあ」


おはようと挨拶してくるマフユを膝に乗せている篠塚さん。


「もう午後だがな」


その言葉に時計に目をやれば、一時を差すところだった。


「寝たのが六時ですもの…おはようございます、篠塚さん。…あの、その子には触らないでください」

「あ?触ってねーよ、こいつが勝手に座ってんだ」


あたしは歩み寄ってマフユを抱える。


「これは黒の殺戮者の猫ですから…貴方の匂いがつくとまずいです」


誤解されないよう言っておく。


「おや?椿さんの猫ではないのですか?」

「この子を理由にコクウが会いに来るかもしれないので、彼に渡します。飼っていたのは彼の部屋ですし…」


幸樹さんに答えればマフユは小さく鳴いた。元々、あたしは飼うつもりなかったもん。


「えー、マッフユーここで飼わないのぉ?」

「マッフユー飼おうよー」


左右からブーイング。振り返らなくても白瑠さんと藍さんだ。


「パパー、いいでしょ?飼って」

「飼おうよ、パパー」

「ふふふ、気色悪いですよ」


あたしを挟んで二人は幸樹さんにおねだりした。幸樹さんは笑顔で吐き捨てる。うん、気色悪いよね。


「あ、椿は相変わらず可愛いですよ?寝癖がすごいですが」


要らないフォローだ。

あたしはくるりと方向転換して洗面所に向かう。鏡で確認したらカールして跳ねていた。猫っ毛め。


「お嬢!僕がやってあげる」


ニコニコしながら藍さんが顔を出したので、アイロンで直してもらうことにした。その間あたしは顔を洗って歯磨きをする。


「ストレートにしようよぉ」

「カールがいいよー」

「縦ロールはどうだ?」


白瑠さんに続いてヴァッサーゴも顔を出した。ヴァッサーゴの顔に裏拳を決める。

あたしの髪型について話し合っている最中に、あたしはマフユの身体を洗った。とれたかな?篠塚さんの匂い。


「早く食事を摂ってください、片付きません」

「はぁい」

「はーい」

「ういー」

「なんで貴方まで食べようとしてんのよ。マフユを拭いて」


白瑠さんと藍さんに便乗しようとするヴァッサーゴの首根を掴み、マフユを任せる。

「けっ!」と悪態をつきつつも、マフユの身体を拭くヴァッサーゴ。


「いっただっきまぁす!」


お昼の朝食。


「椿さん、マフユを黒の元へ預けにいくのですか?」

「はい。食べたら行くつもりです」

「では、送ります。そのあとに一緒に墓参りに行きましょう」


あたしは手を止めた。

墓参り。

思い浮かべるのは、雨の中立ち尽くす幸樹さん。

あたしは一度しか行っていない、彼女の墓。


「……はい」






 黒の集団の滞在先は遊太から聞いていた。

古びたお屋敷。なんだかコクウ達にぴったりな建物だ。

マフユを抱えて一人で入る。

こうゆう屋敷に吸血鬼が住み着いてそうなイメージ。現にいるけど。

気配のする大広間に行けば、そこにコクウ以外いた。


「おーす、椿」

「やぁ、お嬢さん」

「おう、紅公」


遊太とアイスピックと蠍爆弾が手を振る。

ソファーに寝転んでいたカロライが顔を向けたが、なにも言わず目を逸らした。


「コクウは?」

「大家さんとこ」


大家?この屋敷の持ち主かしら。


「……黒猫」

「なに?ナヤ」


カロライとは違うソファーにすがり付いて見上げてくるナヤに目を向ける。


「ホントに殺戮、やめるの?」


思わずきょとんとしてしまった。

あ、そうか。あたしやめるって宣言したんだった。


「ええ」

「黒の集団から離脱?」

「……殺しをするしか脳がないのに殺しもやめるあたしがいる必要ある?」


しょげた顔で唇を突き出すナヤにあたしは首を傾げる。

殺し担当なのに殺し屋をやめるあたしは何の役にも立たない。これ以上集団に属す必要がない。


「えー!椿、おれ達の仲間までやめちまうのかよ!」

「うるせ!無職のこいつなんてなんの価値もないだろっ!」


遊太が声をあげれば、カロライが飛び起きた。

あー、そっか。あたし無職だわぁ…。


「でもでも、椿ハッキングできるじゃん」

「紅一点が…!」

「華がなくなる!」

「どうでもいいっ!!」


蠍爆弾とアイスピックにカロライは怒鳴り声を上げる。

寝ていた火都はそれで目を覚ました。


「おはよ、火都。昨夜はありがと」

「ん……」


近くにいたので礼を言えば、また火都は目を閉じた。


「ハッカーはもう必要はない!この殺しができない元殺し屋もな!さっさと帰れ!」

「いいじゃん。殺しをやらないだけで無能扱いはよくないぜ、カロライ」

「!」


ぽん、と頭を叩かれる。

コクウだ。


「あっ、じゃあ椿は仲間だな!」


ぱぁっと目を輝かせる遊太が問えば、コクウはにこりと笑い返した。


「勿論、椿は仲間だ」


仲間、か。

コクウは離脱を認めないという意味か。

やったぁーと喜ぶ三名。カロライはしかめっ面をしたが、コクウとは長い付き合い。その決定を覆せないと理解しているためふて寝した。


「だけどぉだぁけどぉ……せっかく白や黒と対等なくらい名前を馳せてるのにさぁ、殺し屋やめるなんてさーっ…」


ナヤもふてくされている。


「流星の如く消えてるのとおんなじだぜ」


流星の如く現れて、流星の如く消えていくのを嫌っていたんだっけ。

コクウのように長く名前を馳せている者が、ナヤの好みであってすぐに粉砕されるような噂は嫌いなのだ。

一年もしないのに殺しをやめるあたしのように。

…そうか、まだ一年も経っていなかったのか。

まるで何年も殺してきたように感じる。


「ごめんね、ナヤ」

「……」


ナヤは膨れっ面をしたまま沈黙をした。


「コクウ。マフユをお願い」

「ん。これから番犬について調べにいくけど、椿はどうする?」

「…あたしはこれから墓参りにいくからパスするわ」


マフユに視線を落とす。

番犬について調べる、か。黒の集団に属しておけば彼らの動きがわかる。かえって好都合だな。

とか思考しつつ墓参りで気が重くなる。


「ふぅん…そっか。いってらっしゃい」


あたしの頭を撫でてからそっとコクウはあたしの額に唇を押し付けた。

それからストレートにした髪に指を絡めて撫でる。


「椿、電話してくれ」

「…ええ、あとでかけるわ」


レネメンに頷く。携帯電話、戻ってきたからね。


「あ、おれも!」

「おれさんも」

「私も!」

「貴様らうるせ!」


また騒ぎ出す三人に向かってカロライはクッションを投げ付ける。

あたしはそれを笑ってみたが、幸樹さん達を待たせていることを思い出して屋敷を出た。


 花束を抱えて、彼女の墓の前に立つ。

今、あたしは何を感じているのだろうか?

あたしは立ち尽くしてその墓を見つめた。

あたしの肩に幸樹さんが手を置く。


「一言、いってあげてください」


一言。

たったそれだけでいいの?

あたしは幸樹さんを見上げる。

それだけでいい。そう言うように、幸樹さんは微笑んだ。

あたしは花束を置いて、しゃがむ。

たった一言。


「────────ただいま、由亜さん」










 只今、家族会議中。


「先ずは篠塚さんの件についてです!」

「違うよぉ、つーちゃんのビョーキについてがいいよー」


議題についての口論中。


「黒の集団は日本に来ちゃってるんですよ!先に篠塚さんについて話すべきです!」

「いやいや、つーちゃんの発作が起きる前に話すべきだよぉ。じゃないと守ってる篠塚さんを殺っちゃうことになっちゃうよ?」

「でもっ!…篠塚さん!篠塚さんが優先順位を決めてください!」

「……とりあえずその格好をどうにかしろ」


あたしはコスプレ中。

帰ってくるなり、藍さんにせがまれた。


「必死で…必死で…つーお嬢を捜したんだよ…僕。寝る暇も惜しんで…この二ヶ月……頑張ったんだよ?なのに…なのに……着てくれないなんてっ!」


せがまれたというか脅迫をされたというか。

泣き落とされ、仕方なく着た。

久しぶりのコスプレ。これまた懐かしい。

着物というか巫女さんの格好に近いコスプレ。袴というか赤いスカートはミニスカ。それにガーターとニーソ。

…うん、コスプレだね。(遠い目)


「格好なんてどうでもいいじゃないですかっ!」

「そうだな…物凄く異様に見えるが…。…とりあえず、俺の素性を知ってんのはこの小僧ぐらいだ。放っておいても俺には辿り着かない。先にお前の病気とやらについて話し合え」


黒の集団を甘く見すぎてる。五年のブランクがあるから、知らないんだ。あっちにはナヤがいるんだぞ。チクり屋。

いつかは辿り着くかもしれない。


「それがいいですよ。椿さん、最後に人を殺したのはいつですか?」

「…六日前です」

「じゃあそろそろ発作しても可笑しくないよねぇ。どうする?」

「一番いいのは、殺す相手がいない場所に居させる。だよねー」


結局あたしが最優先されるのか。

むすり、口を尖らせる。

「お嬢、ツボー」と藍さんはにやける。


「手短なもので殺戮をしてしまうのならば、やはりここは…」

「そうだな。中毒患者は大抵監禁するんだ、監禁が得策だ」

「いや、それって荒療治ですよね?麻薬中毒患者から薬を抜くための方法ですよね?」

「ぐふふ…監禁プレイ」

「妄想すんなっ!!」

「ぐふっ!」


変な方向にいっている。

あたしはにやける藍さんに容赦なく蹴りをいれた。


「ぐう…っお嬢……昨日から思ってたけど…すっごく攻撃力上がったね……おにいたん…嬉しいような痛いような…」

「あ、すみません。吸血鬼と悪魔によく突っ込んでたので…手加減が…」

「吸血鬼と悪魔と同じ加減で非戦闘員の僕に!?」


頑丈な吸血鬼と悪魔に日々突っ込んでたから、手加減がわからない。

気を付けないと藍さんがぼろぼろになるな…。藍さんがふざけなければ済む話だけど。


「症状はどんな感じなんだ?」


篠塚さんが問う。

ちゃんと会議に参加してくれるなんて、偉い人だな。

…まぁこの人の場合、軟禁状態で暇してるからか。

リビングのコーヒーテーブルを囲っての会議。篠塚さんはリビングの三人がけソファーをずっと占拠してるものね…。


「記憶というか…意識が飛ぶんです。で、掴んだ刃物でひたすら殺す感じです。この前は…違和感がありました。一週間殺さずにいて…なんだか身体が動かなくて、少しの間ぼんやりして意識が途切れて………」


黒の集団が襲撃された件。

あれを思い出して話す。

襲撃に気付いても動けなかった。思考していたつもりが何も考えていなくて、気付けば時間が過ぎていた。

殺戮の間は朧気。

曖昧にうっすら断片的にしか記憶にない。

 ガシャンッ!

そう。

今のように、ハッと我に返る。

目の前には篠塚さん。

右手と首を掴まれ、コーヒーテーブルに押し倒されていた。

あれ?あたし?なんで?

あたしは目を丸める。自分の右手にはナイフ。


「…ほう、わざとじゃねぇなら。こりゃ重症だな」

「……え?…あたし…」

「ナイフ。放せ」


握るナイフを白瑠さんが取り上げる。


「椿さん。今のも覚えていないですか?」

「………なに…も」


篠塚さんが上から退く。

起き上がれば幸樹さんが訊いた。


「…今、あたし………殺そうとしたんですか?」

「そぉだよぉ。しーのちゃんが反応したぁんだよ。しーのちゃん、鈍ってないじゃん」


白瑠さんは笑い飛ばして同じコーヒーテーブルに座る。


「見りゃわかる。コイツが殺す時の目、豹変は一目瞭然だ」

「…僕にはいつもの氷の女王のように見下す目しか見えなかった」

「それはお前に殺意を抱いてるんだろ」

「ズバッと言った!篠塚くん酷い!」


一番遠い藍さん。それが安全だ。篠塚さんはあたしの肩を握っている。まだ警戒しているようだ。


「椿さん自身では到底抑えられませんね…。時間が経つにつれてこちらも押さえつけられないかもしれない」

「そぉだぁねぇ…。見境ないけど本能的に動くから、藍くんは確実に殺られちゃうねぇ」

「そんな満面の笑みで言われると泣けてくるよ…白くん」

「椿さんに殺られない白瑠や悪魔が押さえ付けるべきですね。協力できますか?」

「……悪魔くんは沈黙してます。先生」

「手を縛ればいい。殺れなくなるだろ」

「ちょ!?」


何故か沈黙する悪魔。

会議はボイコットか。

幸樹さんは溜め息をつく。

すると篠塚さんがあたしの両手を掴んだかと思えば、ガッチャリと手錠をかけた。


「篠塚さん!貴方何回あたしに手錠かけるんですか!三回目ですよ!三回目!」

「ぐふふっ!拘束プレイ」

「藍さんってめえっ!」

「ひぃ!?」


ギロリと藍さんを睨み付ける。今のは殺意が沸いた。


「ですが、効果あるかもしれませんよ。凶器を持てなくすれば殺さずにいられるかもしれません…そうすれば殺戮衝動が治るでしょう」


幸樹さんが微笑んでいう。

中毒が治るかどうかはわからない。だが治さなきゃ。

何日も何ヵ月も何年も、殺しを絶って示さないと。

証明しないと。


「俺がそばにいて、抑えてあげるよ」

「ひゃ!?」


後ろから白瑠さんに抱き締められた。


「椿が選んだんだ。俺達が支える」


ぎゅっと白瑠さんは包むように抱き締める。

 俺が止める!!お前の中毒を治す!俺が治るまで側にいて君を助ける!

あたしは篠塚さんに目を向けた。彼の言葉があっての決断だ。

コクウの言葉があって白瑠さんが納得して殺戮しながら生きる道を選んだように。白瑠さんの言葉があってあたしが納得して殺戮しながら生きる道を選んだように。

彼は覚えていないけれど、感謝している。


「…どうか、傷付かないでください…」

「ご心配無用です。貴女の心が傷付くことがないよう私達自身、気を張っていきます。側で支えますから」


あたしが小さく言えば、幸樹さんが手を重ねた。

微笑んで握り締める。


「僕も大丈夫!椿お嬢を傷付けさせないよっ」


藍さんも身を乗り出して、幸樹さんの手の上に掌を置いた。


「独りじゃない、大丈夫だよ」


白瑠さんは肩に顎を置いて優しく囁く。

独りじゃない。

それは何よりも心強い。

包み込む温もりと握り締められる手の温もりで安心できた。


「─────…はい」










END

ここまで読んでくださりありがとうございます。

お見苦しい点が数多ありますが…ここまで書けてホッとしています。

また続編があります。

次は『裏現実紅殺戮 表裏の混沌』です。

主人公・椿が殺しを断ち、新たな仕事を探したり表現実で騒ぎになったり…まだまだ考え中ですが、今年も書いていきたいと思います。

血塗れの電車を想像して思い付いた話がまさかここまで膨らむとは思いもしませんでした…。さて、いくつ続編が書けるやら…。


『裏現実紅殺戮 白と黒と紅』完結。

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