2-3 どきどき同居開始
ドルフィンの上の階は、広い3階の部屋を5部屋に分けて、兄弟の部屋にしていた。2階はキッチンや風呂など、共用エリアだ。
同じクラスで且つ、翡翠くんの部屋が一番広いと言う理由でお世話になることになり、案内される。
「……どうして僕の部屋なんだよ」
「ごめん」
「いいけどさ」
翡翠くんには本当に申し訳ない。荷物を部屋に置くと、布団が運ばれる。
「あと必要なものがあったら言ってね」
「ありがとうございます」
パタン。扉が閉まる。
琥珀さんと水晶にお礼を言うと、翡翠くんとふたりきりになった。ーーどうしよう。今まで他のご兄弟と一緒にいたから気にしていなかったけど、同年代の男の子とふたりきりって、気まずいな。だけど私は男の振りをしているから、変に意識するのもおかしい。私は自然体を心がけて、翡翠くんにたずねた。
「翡翠くんは夏休み、どこか行きたかったとかあるの?」
「特にはない。店のことあるのわかってたし」
会話終了。話があまり続かなくて、私は困った。こういうときってどうすればいいのだろう。言葉に詰まって辺りを見回す。本棚には、参考書やマンガが1巻から順番に並んでいる。
「本棚、見ていい?」
「……どうぞ」
立ち上がって、本棚に手を伸ばす。読みたいマンガとかではなかったが、無言の時間が落ち着かなくて。
手に取ったのは、2段目にあった本だった。タイトルはーー
「『フェルマーの最終定理について』?」
「っ! その本は……」
翡翠くんが慌てて私の手から本を奪う。するとバランスを崩して、ベッドに倒れ込んだ。
ーーヤバい体勢だ、これ。私が翡翠くんに押し倒されている状況。
翡翠くんは私が女だって知らない。だけど……顔が近くてどきどきしてしまう。しばらく無言で見つめ合う。翡翠くん、まつげ長いんだ。色も白いし。まるでアンティークの人形みたい……。
「うわっ、ごめん!」
翡翠くんは飛び起きた。顔が真っ赤だ。フェルマーの最終定理は、私が解いたのだが……もしかして、私を意識してとか? 私から奪った本を胸に抱きしめる。
「……」
本について何も話さないのも不自然だよね。私は翡翠くんに話を振る。
「翡翠くんも興味あったの? フェルマー」
「っ! べ、別に……。キミが解いたとか関係ないけど。キミが解けたなら、僕も解けるかと気になっただけだ」
「そっか」
私は図書館にオーダーした本のことを思い出す。そうそう、と手を叩いた。
「実はわた……俺、今図書館にコラッツ予想についての本も借りようとしてるんだ。翡翠くんも数学好き?」
「僕は物理のほうが得意だけどね」
「そうなんだ」
「……興味がないわけじゃないよ」
翡翠くんはフェルマーの本を棚に戻す。私は夏休みに図書館へ行こうとしていたことを話した。
「コラッツ予想についての本、いつ入荷するかはわからないけどね」
「……それ、キミが読んだあと、借りれる?」
「当然。図書館の本だからね」
うなづくと、翡翠くんは少し照れ笑いした。その表情が、下手をしたら女の子よりかわいくて、私も思わず顔を赤らめてしまう。話を誤魔化すために、私は先日のことを口走った。
「図書館と言えば……むささび戦隊モモンガーなんだけど」
「モモンガーが何」
「図書館でも会ったんだけど、私の行いに寄っては敵になるとか……。モモンガーのほうが不審者で怪しいような気もするけど、誘拐犯から守ってくれたんだよね」
「ふぅん……」
モモンガーはグリーン、レッド、ブルー、ブラック、イエローの5人衆で、ブーメランや拳銃など、武器も持っている。ご当地ヒーローというか、自警団みたいなものだと言っていたっけ。
「で? 真珠はモモンガーのこと、どう思ってるの?」
翡翠くんはメガネの下に隠れているまっすぐな瞳で私に問いかける。
モモンガー。変態コスプレ集団で、私の目付役。どう思っているか……。まだ私は彼らのことを何も知らない。翡翠くんの質問に、私は正直に答えた。
「敵か味方かはわからないけど……お目付役はいたほうがいいかなとは思う」
「あっそ」
素っ気なく返事をされる。私はモモンガーの表面しか知らない。自警団。正義のヒーロー。それは私たち一般市民へのアピール?
そんな話をしていた矢先、部屋をノックされる。翡翠くんが「はあい」と返事すると、琥珀さんが顔を見せた。
「ふたりとも、夕飯だよ」
「うん、今行く」
もうご飯の時間か。モモンガーについて考えるのを、一旦保留にする。
居候1日目の夕飯は何かと言うと……。
「カレーか。定番だよね」
翡翠くんがぼそっと言う。やっぱり夏休み初日は夏野菜を使ったカレーがベストだ。2階のダイニングキッチンに移動した私たちは、席に着く。
「あー、腹減ったぁ。ハク兄、おかわりしてもいい?」
鐘くんにうなづく琥珀さん。さっそくいただきますすると、カレーを口にする。辛さは中辛くらいだろうか。スパイスが効いていておいしい。
「ラッシーもどうぞ」
さすがカフェだ。琥珀さんがグラスにラッシーを注いでくれる。辛いカレーにマッチしていて美味だ。
空腹だったからから、食事は一瞬で済んでしまった。琥珀さんがよそってくれたカレーだが、滝瀬兄弟と同じ分量だった。女性だけど、男子と同じ量の食事をペロッと食べ終えた自分に、私は驚いてしまった。
しかも食事はそれだけではなかった。
「……」
御影さんが無言でお皿に乗せたレモンタルトを運んでくれる。
「これは?」
「今日の残りだよ」
水晶さんが代わりに説明してくれた。カレーもラッシーも美味だったけど、さらにレモンタルトまでごちそうになるとは。
「俺、滝瀬兄弟に太らされそうだな」
私が苦笑いすると鐘くんが手を出す。
「真珠が食べないならオレにちょーだい!」
「あっ、俺食べるから」
スイーツの皿を取られまいと手でガードしてデザートを口に入れる。レモンの酸味がクリームとマッチしていてさっぱりした味が夏の暑さでバテ気味の体にちょうどいい。
普段ひとりの生活だと、こんな贅沢な食事をしないで専らコンビニ飯だったので、琥珀さんの食事がありがたく感じる。
「ごちそうさまでした」
「あー、真珠くん。食べたら風呂入っちゃって。後に5人入るから」
「……えっ」
ドキリとする。この家にしばらく厄介になるってことは、必然お風呂も一緒。滝瀬兄弟は私が男だと思っているけどーー大丈夫だろうか? 私は翡翠くんの部屋から自分の持ってきた着替えを持つと、厚意に甘えて一番風呂に入ることになった。




