2-2 夏休み
「真珠くんは、夏休みに予定ってあるの?」
「いえ、特には」
本当は遊びたいし、プールや海に行きたい。だけど一緒に行くような友達はいない。高校の友人は男子だし。数学オリンピックを控えているから、夏のレジャーは諦めたほうが良さげだ。花の十代の夏休みなのに。
予定がないことを告げると、瑪瑙さんはにんまりと笑った。
「翡翠くんーー琥珀くんたちも遊ぶ予定ないんでしょ? お店があるから」
「夏場のクールシェルターだからね、ドルフィンは」
琥珀さんが笑うと、鐘くんがつまらなさそうに言った。
「泊まりがけの旅行とかしたいんだけどな。まだ未成年だから友達と一緒に旅行とかできないし」
「まぁまぁ」
水晶さんが鐘くんをなだめる。翡翠くんたちはため息をついた。
「外は暑いからクーラーのある部屋でゴロゴロするしかない」
「俺、休み期間中図書館で読書しようと思ってるんだけど、翡翠くんも来る?」
何気なく提案すると、瑪瑙さんは手を打った。
「そうよ。翡翠くん、あんた真珠くんと同じクラスだし、夏休みの間警護してあげてよ」
「えっ!?」
翡翠くんがぎょっとする。翡翠くんだけではなく、瑪瑙さんは他の4人にも呼びかけた。
「琥珀くんもお店開けてるし、地元にはいるのよね? 滝瀬5兄弟全員で警護してくれると警察も助かるわ!」
滝瀬兄弟は警察官の親戚がいる民間人だ。本来なら警備の費用を払う必要があるのだが、ここは知り合いだし、夏の間の暇つぶしも兼ねて頼みたい。
瑪瑙さんの呼びかけに、滝瀬兄弟は顔を見合わせた。
「なんで僕らが真珠の警護なんか……」
「翡翠、愚痴るなよ。クラスメイトだろ」
「みか兄!」
「でも、警護なんてどーするの?」
鐘くんが訊ねると、瑪瑙さんは微笑んだ。
「地元で一緒に遊んでりゃあいいのよ」
あまりにもざっくばらんな物言いに、水晶さんは笑った。琥珀さんがそれに付け加えた。
「……まぁ、真珠くんと一緒に遊ぶのは悪くないだろう? 誰かひとり近くにいるだけで、警護になるんじゃないかな」
「夏休みは真珠と過ごすのかぁ~って、オレ真珠のことあんまり知らないんだけど」
「僕だってそうだよ。同じクラスってだけだし」
鐘くんと翡翠くんが私を見る。確かに翡翠くんとは同じクラスだけど、そんなに親しい間柄ではない。翡翠くんはクラスでも物静かなほうだ。私はただの根暗で。むしろ瑪瑙さんを通じて無理に警護依頼をしているようなものだ。
愚痴みたいにこぼした翡翠くんだが、瑪瑙さんはにやにやするだけだ。
「翡翠くん、勉強教えてもらったら? 実は翡翠くん、真珠くんと成績張り合ってたんだよね」
「えっ? そうなの?」
「……」
「一方的にライバル視してたんだよねぇ」
知らなかった。普段学校ではテストの順位を壁に貼り付けたりしていたけど、私は順位にあまり興味がなかった。それでも上位にはいたっぽいが、自分の順位だって興味がないのに、他の生徒の成績まで気にするわけがなかった。
「翡翠くん、いつも真珠くんより下位だったんだよね」
「……別に。だからなんだよ」
瑪瑙さんが翡翠くんを茶化すが、つまらなさそうに眉間にしわを寄せている。
「勉強教えるくらいなら、いいけど」
「……自分でできる」
断られちゃった。翡翠くんは頬杖をついて視線を窓の外にやる。その様子を見ていたのが、御影さんだった。
「素直じゃないな」
「うるさいよ、みか兄」
「実際学校の翡翠ってどんな感じなの?」
水晶さんに聞かれると、私は笑顔で答えた。
「人当たりのいいやつだなって俺は思ってましたけど。目立つタイプではないですけどね」
「……ーー余計なことしゃべんなよ」
「ははっ、ごめんごめん」
翡翠くんに釘を刺される。でも、学校の翡翠くんは、派手ではないけどいい人ではある。
瑪瑙さんはパンっと手を叩いた。
「そうだ! 真珠くん、ひとり暮らしだし、夏休みの間は滝瀬家に泊まって一緒に暮らしたら? どうせ警護するんだし」
「えぇっ!? それって迷惑じゃ……」
驚く私だが、瑪瑙さんは話を勝手に進めて行く。
「ひとりでいるより、男5人と居たほうが安全でしょ? ねっ、決まり!」
瑪瑙さんはテンション高くガッツポーズする。我ながらナイスアイデアだと思っているようだが、居候を薦められた私は、申し訳ないような気がして長男である琥珀さんのほうを見た。
「私は構わないよ。今更ひとり多くなってもという感じだからね。たまにカフェの手伝いをしてくれたら助かるかな」
好意的な琥珀さんの言葉に、水晶さん、御影さんも続く。
「なんだかホームステイみたいだね。にぎやかになっていいんじゃない?」
「俺も特に異議はない」
翡翠くんは鐘くんに目をやる。本人はというとーー
「オレは遊び相手ができたって認識でいい?」
「……遊ぶだけじゃなくて、勉強もだぞ」
御影さんが夏休みで浮かれる鐘くんに水を差す。旅行は無理でも、夏の間は遊ぶ気満々なようだ。
「じゃ、真珠くんは着替えとか持ってきてくれる?」
「翡翠、部屋一緒でもいいか?」
「えっ!? 僕の部屋に真珠泊めるの?」
どうやら客人を泊めるにも現在空き部屋がない。そこで翡翠くんの部屋に私を泊めようという話になった。翡翠くんの部屋が、間取り的に一番広いようだ。
私はありがたく夏の間警護をしてもらうことになったけどーー大丈夫だろうか。女だってバレないよな?
ささやかな不安を感じるけど、それも夏のむわっとした暑さで誤魔化される。いよいよ明日から夏休み。初めて迎える滝瀬兄弟たちとの夏。どんな休みになるのだろう。
翡翠くんは嫌がっていて申し訳なかったのだが、最後に貸し1ということで勘弁してもらうことになった。
クリームソーダを飲み干すと、店を出て瑪瑙さんの運転する車に乗り込んだ。一旦家に帰って着替えなどを用意する。
服と洗面用具と、勉強道具。近所だから取りに帰って来られるので、必要最低限のものでいいかな。だけどーーなんだか夜逃げみたいだなと少し思う。まだ夕方だけどね。
再び車でドルフィンの前まで来ると、店の前に滝瀬兄弟が勢揃いしていた。瑪瑙さんにお礼を言うと、私は滝瀬兄弟に頭を下げる。
「今日からしばらくの間、よろしくお願いします」
顔をあげると少しどきどきする。男5人、男装女子ひとりの生活が始まろうとしていたーー。




