10-3 ナイトプール
琥珀さんと水晶さんに女だと言うことがバレていた。というか、それならば服屋の店員さんもなのだが。見る人が見ればすぐにわかると言うことなのだろう。
御影さん、翡翠くん、鐘くんにはまだ女だとはバレていないけどーーどうしたものだろう。私が性別を偽っている理由は、人身保護もだが、数学オリンピックのことがあるからだ。
数学オリンピックは女子だけの大会もある。だけど私は女子だけの大会ではなく、国際大会の選手なのだ。女だとわかったら、多分女子だけの大会に出ることになっていただろう。でも、秋高の先生も男女関係なくトップになってほしいと願っていると思う。そのために県立高校への入学を許可されたんだろうし。
カフェでお茶を飲むと、翡翠くんと作った『暗号解きます』の看板に目をやった。結局持ってこられたのは衛星落下の案件だったけどーー私と張り合おうとしていた金澤や、水晶さんのストーカーみたいな白銀さんは捕まった。さすがにこれ以上の暗号はないだろうと思うけど、また依頼が来たりするのかな?
車の行き来を眺めていたら、入口が開いた。
「琥珀くん、いる~?」
入って来たのは瑪瑙さんだ。私も挨拶していると、琥珀さんが奥からやって来た。
「瑪瑙さん、何か用事ですか?」
「ふっふっふ……実はこれ。じゃーん!」
瑪瑙さんに、カフェにいた滝瀬兄弟が注目する。彼女が出したのはーー
「ナイトプール招待券?」
「そっ! 日中ならお店あるから夜。これはモモンガーや真珠くんへのプレゼントみたいよ。市長宛に届いたみたいでね」
「やった! プールだ!」
鐘くんが手放しで喜ぶ。御影さんと翡翠くんも笑顔だ。
「店を閉めたあとなら行けるな。暑くもないだろう」
「ナイトプールなんて初めてだよ」
喜ぶ3人を尻目に、私は琥珀さんと水晶さんに視線をやる。ナイトプールなんて、もちろん行ってみたい。だけど、女だとバレたら数学オリンピックの出場が危ぶまれる……。困っている様子を見た琥珀さんと水晶さんが、私を店の奥に連れて行く。
「……どうする? プールだと水着になれないでしょ?」
「ハク兄、それについては僕にいい考えがあるんだけど」
そう言って、琥珀さんに耳打ちする水晶さん。話が終わると、琥珀さんは静かにうなづいた。
「……それなら上手く行くかな。博打だけど」
「どうするんですか?」
私がたずねると、水晶さんと琥珀さんはにんまりと笑った。
ーーナイトプールに招待された日。私は琥珀さんと水晶さんに連れられて、駅前のコスメショップを訪れていた。
「……へぇ。数学オリンピック出場者を女装させる、ね」
コスメショップにいた高校生バイトの3人は、確か秋高のメイク部だ。メイクで変身したりする動画をサイトに上げているので知っていた。
「私たちにお任せを」
メイク部部長が私にヘアメイクを施す。小一時間でメイクアップは完了した。鏡で自分の顔を見てみる。フェミニンなメイクをしたのか、普段のすっぴんとは大違いだ。まるで別人みたいである。
「ははっ、本当に真珠くんはかわいいね」
琥珀さんが褒めると、水晶さんもうんうんとうなづく。
琥珀さんと水晶さんの目論見は、女の姿に変身させて、別人として一緒にプールに行こうというものだった。変装していれば大丈夫だろう。髪の毛もウィッグをつけているし、これだけ雰囲気が違うならバレないはずだ。
コスメショップを出ると、ドルフィンに向かう。御影さんや翡翠くん、鐘くんはすでに準備万端だった。
「琥珀、水晶。どこ行ってたんだ?」
「いやあ、真珠くんがプールに行けないみたいでね。代わりに真珠くんの従姉妹が行くって」
「……ふうん」
琥珀さんたちの後ろにいた私は、3人にぺこりとお辞儀する。
「真珠の代わりの、えーっと……マミです。よろしく」
「……」
翡翠くんは黙って私の顔をまじまじと見つめる。うぅっ、緊張するな……。鐘くんは元気に車に乗り込んで、手招きした。
「マミさん、翡翠、早く乗るよ!」
「あ、うん」
全員がワンボックスに乗ると、いよいよ出発だ。
ウィッグをつけているから堂々と女子更衣室に入って着替えができ、ほっとする。ナイトプールをやっているホテルの屋上に出ると、夕日がきれいだ。
滝瀬兄弟たちが現れる。私は白のビキニを着ていた。この水着は、カフェ・ドルフィンからのプレゼントだ。でも、露出が結構あって恥ずかしいけども。
「マミさん、かわいいね」
「ありがとう、鐘くん」
素直に直球で褒めてくれた鐘くんにお礼を言う。琥珀さんや水晶さんはなんだかご満悦みたいだ。
「いやぁ、せっかくかわいいんだから、かわいい格好させたいと思うのは当然でしょ?」
水晶さんがへらりと笑うと琥珀さんも同意した。
「真珠くん、君の手柄でプールに来てるんだから、存分に楽しんでね」
「はいっ!」
さっそく私はプールに入る。泳ぎはぼちぼちできるが、ナイトプールってガチガチに泳ぐところではないような。私は水の中に入ると、日没を眺める。
「……きれいだね」
隣に現れた翡翠くんがつぶやく。私も日がゆっくり落ちるのを見つめる。
「本当だね。お日様が富士山にかかってる……」
「あ、いや……日没のことじゃなくてね」
「?」
翡翠くんがぼそぼそと何か口ごもる。そこにビーチボールが飛んできた。
「マミさん、ごめん! ボール取って!」
鐘くんだ。御影さんと一緒にビーチバレーをしていたみたいだ。
「僕たちも混じる?」
翡翠くんに聞かれるが、今の私は景色を見ていたい。軽く遠慮すると、翡翠くんは私の隣で同じように風景を見やる。
「……マミさんね……」
つぶやくと、翡翠くんは私を真剣な眼差しで射貫く。その視線に、私はドキリとした。普段の翡翠くんと雰囲気が違う。
翡翠くんは私に向かって話し出した。
「真珠の親戚だっけ。似てるよね。瓜二つだ」
「あっ、うん。よく言われる」
「……僕は理由を知らないけど、真珠の本気はわかったつもり」
「……」
私は黙る。数学オリンピックに、性別を偽って出場することは、私だけじゃなくて周りも巻き込むと言うことなのだ。
「翡翠くん、私はやるからには勝つよ」
「真珠……」
日が沈み、街にあかりが灯る。数学オリンピックまであと少しだ。




