1-4 正義の味方
カフェ・ドルフィンでお茶をしていたら、すっかり夕方になった。暑さも多少は和らいだかなとは思うけど、それでも暑いと言えば暑い。
「俺、そろそろ帰るね? お会計……」
「600円ね。レシート出すよ」
私が席を立とうとしたら琥珀さんが会計をしてくれる。翡翠くんは小声で「そう言えば」とつぶやいた。
「ハク兄、聞いてるよね。学校で刃傷沙汰があったって」
「は!? 秋高で?」
「水晶は初耳だったか」
「水晶、聞いてなかったのか?」
琥珀さんと御影さんが驚く。翡翠くんは水晶さんにイチから説明する。体育の時間に誰が教室の私の机に包丁を置いた。どうやら学外ではなく内部の者が犯人なのではーーという懸念も含めて。
「秋高、なんか治安悪いね」
中学生の鐘くんが頬杖をついて誰にでもなくつぶやく。
「校則違反の金髪を堂々としても注意されない中学のお前には言われたくないけど」
翡翠くんはぼそっと毒舌だ。
琥珀さんは私の顔をじっと見つめた。
「怖かったでしょ、真珠くん。何か心当たりとかあったの?」
優しく聞かれた私は、正直にうなづいた。
「心当たりはやっぱり数学オリンピックのことかなとは思います。あと、私の周りに不審者がいるっぽい……です」
「不審者?」
翡翠くんは首を捻る。私は神出鬼没な例のコスプレイヤーの話をした。
「むささび戦隊モモンガーって言う……自称正義のヒーローがうろうろしてます」
「むささび戦隊モモンガー? なんじゃそりゃ」
水晶さんが微笑すると、翡翠くんが補足した。
「学校にも来たよ。耳が付いたヘルメットに、マントを羽織ってる」
「ちょっと不気味だね。真珠くん、気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
琥珀さんにお礼を言って、翡翠くんに挨拶する。
「じゃあ滝瀬……翡翠くん、また明日ね」
「うん」
ドルフィンを出ると、私は歩いて駅のほうへと向かう。夏の日暮れ。アスファルトを反射したむわっとした暑さを感じる。油断しまくりでぼけーっとしていた、そのとき。
「っ!」
丁字路に差し掛かったとき、横を走ってきた車にぶつかりそうになる。避けたところ、車が私を通せんぼして、ドアが開いた。えっ、これってーー誘拐?
ドアから手が伸びてくる。ヤバい、私はどうすれば……。
ガキンっ!
金属が車のドアに当たった音がした。振り向くとそこにいたのはモモンガーグリーンだ。ブーメランを投げたようだ。
「ちょっと誘拐? やめてよね、そう言う物騒なの」
「っていうか、真珠もぼーっとすんなよ!」
……モモンガーが増えた。耳が付いたヘルメットに黄色いマント。あと水色と赤、黒のマントのモモンガーもいる。夏の暑さの幻覚……? いや、今はクーラーの効いた店から出てきたばっかりなのだが。
「むささび戦隊モモンガー、参上!」
不審なモモンガー5人衆と、私を連れ去ろうとしたワンボックスカー。車に乗っていたやつの顔などは見えなかったが、代わりにすぐ銃声が聞こえた。
「……ちっ、外したか」
拳銃を向けていたのは、モモンガーブルーと言えばよいのだろうか。水色のマントを羽織っていたやつだ。
私は銃声に驚いて思わず伏せた。
「真珠くん、大丈夫?」
モモンガーレッドに体を支えられて起き上がる。……もう、一体何なんだよ! 狙われるわ、誘拐されそうになるわ、変なコスプレイヤーに囲まれるわ……。
レッドに心配されているうちに、ワンボックスカーはぎゅるぎゅると音をさせながら猛スピードで去って行った。
「ふう、行ったか」
ブルーは追い打ちで拳銃を2回発砲したが、誘拐犯は逃げていった。
「何なんですか、あんたら! 今助けてもらったのはありがたいですけど……」
私はグリーンに言われたことを思い出す。私の行いによって敵対するかもしれないと言っていたがーー。
「言ったでしょ? 僕らは『正義の味方』だって。誘拐は犯罪でしょ?」
「それはそうだけど」
「私たちは君のお目付役みたいなものだと思ってくれるといい」
レッドに言われるが、こんな胡散臭いコスプレイヤーたちが目付か……。私はモモンガーたちに聞きたいことがあって質問した。
「あんたら、そのコスプレは何なんですか?」
「オレたちは自警団みたいなもので、その制服がこれなの。顔を隠しているのも、正体不明のほうがやりやすいからだし」
イエローが説明してくれる。このご当地ヒーローもどきたちは、なんだかんだ今助けてくれた。もし彼らがいなかったら、私は誘拐されていたのだ。
スマホを取り出すと、警察に連絡しようとして、モモンガーたちに止められた。
「安心しろ。俺たちの動きは警察にも知られている。君から警察に連絡しなくても平気だ」
「ともかく家まで送るよ」
ブラックとグリーンに言われて、私は自分の家に向かうことにした。だけど、夏の夕暮れとは言え、コスプレのようなヒーローたちに守られて帰路につくのは少々恥ずかしい。
家の前に到着すると、モモンガーたちは私が家の中に入るのを確認してからその場を立ち去った。
「はぁ……なんだか忙せわしないな」
ひとりになると、私は思わずつぶやいた。数学オリンピックに出るだけで命を狙われるなんて。フェルマーの最終定理のことだってそうだ。解いたからって命を狙う必要があるのか? 懸賞金があるらしいという話は聞いたことがあるが、今の段階で私は一円ももらっていないのに。
だけど、男子に変装して通っている学校がバレたってことは、注意しないと。それとーー
「モモンガーってなんやねん……」
頭を抱える。今のところは味方だと思われる自称・正義の味方。あんなコスプレ野郎どもと一緒だったら嫌でも目立つ。いや、目立つほうが安心なのかも? ただ、彼らの正体は不明。顔も名前もわからないヒーローは、私の行いによって敵にも味方にもなる。
私は夏用の指定制服を脱いで洗濯機に入れる。ーー自分の胸元を見た。私も性別を誤魔化しているし、正体不明同士ではあるのかもね。
もうすぐで夏休み。学校へ行くこともしばらくなくなる。夏休み中はどうやって過ごそうか。図書館には行きたいけど、モモンガーたちの監視はあるんだろうな……。
長い休みに入るので、普通の学生ならゆっくり羽を伸ばせそうなのだが、なかなかに油断できなさそうだなと私は少し不安になった。




