1-3 カフェ・ドルフィン
高校で刃傷沙汰があり、保護者会が開かれた。けれども授業はできるだけ平常通りに行われている。今日もしっかり7時限まで授業があった。放課後、私は散歩しながら街をうろつく。気分転換は必要だ。
学校から徒歩10分くらいだろうか。いつもとは違う道を通ると、喫茶店があるのに気づく。今までこの道を通ったことがなかったから知らなかったが、シンプルでお洒落だ。学校帰りの寄り道ーー普段はしないのだが、夏場歩いていたので喉が渇いている。クールシェルターというわけではないけど、一瞬涼んで行っても怒られないだろう。私は吸い込まれるように扉を開けた。
「いらっしゃい。おひとりかな?」
店内に入ると、長髪をひとつにまとめた温厚そうな店員さんがいた。年齢は20代前半くらいだろうか。もうひとりの無口そうな男性もいる。
うなづくと、窓際の席を案内された。初めてのお店だけど、どんなメニューがあるんだろうか。
「夏場のオススメはミックスグレープフルーツジュースだよ」
「ミックス?」
「うん、トマトとグレープフルーツを混ぜたジュース。ビタミンCたっぷり」
「じゃあそれで」
長髪の店員さんはフレンドリーに声をかけてくれた。多分秋ヶ瀬高校の制服を着ていたからだろう。オーダーを聞いていたもうひとりが、さっそく準備をする。
普通、カフェだったらコーヒーを勧めると思ったのだが、夏だし、暑い中歩いていたことを知っていたのかジュースを勧めてくれた。アイスコーヒーもおいしいけど、夏場はカフェインよりビタミンCのほうが大切だ。
ジュースをオーダーして、窓からの景色を楽しんでいた、そのとき。
「ハク兄~、御影~! 外あっちい! ジュースくれ~」
大学生くらいの男性が店内に入ってくる。それを見ていた『ハク兄』と呼ばれた長髪の店員さんは、笑顔で言った。
「暑いのはわかるけど、お客さんがいる前だぞ。水でいいな?」
「せめて麦茶を……」
無口そうな男性店員が、大学生の前に、ドンッと水の入ったピッチャーとグラスを置く。
「レモン水だからいいだろ」
「さんきゅー」
男は水を注いで、ごくごくと飲み干す。その間に私がオーダーしたミックスジュースも運ばれてくる。
「お待たせしました」
ハク兄さんが持ってきてくれたジュースを私もさっそくいただく。酸味が効いていておいしい。熱中症気味な体にぴったりだ。
「お客さん来てたのか」
「水晶、挨拶は?」
「イラッシャイマセ~」
水晶と呼ばれた大学生は、制服を着ている私をまじまじと見つめた。
「秋高生じゃん。秋高生が来るの、珍しくない? カフェなんて見向きもしないかと思ってた。軽食もあるんだけどな」
「水晶、失礼だぞ」
水晶さんは気にせず、メニューを再び私に見せる。
「オススメなのはピザトーストとナポリタン。どっちも絶品」
「はぁ……」
「水晶、ケーキもあるだろ」
御影と呼ばれた店員さんも、水晶さんの言葉に付け加えた。
夏場だからか、今の状態は空腹ではないんだけどな。水晶さんはごり押しするが、食欲はそんなにない。私は話題を変えた。
「俺、こんな学校の近くに素敵なカフェがあるなんて知りませんでした。まだ新しいんですか?」
「いや、元から私たちは地元民なんだ。学校帰りふらっと寄ってもらえたら楽しいかなーなんて。親父から引き継いだんだよ」
「へぇ……」
シンプルイズベストというが、この店は白を基調とした作りで、なんとなく落ち着く。店内BGMもジャズっぽくて、居心地がよい。
私はジュースに付いていたオレンジをかじる。トマトとグレープフルーツジュースなのにオレンジが付いてくるのは不思議ではあるけども。かじったあとに、オレンジをジュースに絞ってもよかったなと気づいた。
「でも君かわいいね? 本当に秋高生?」
「えっと……」
水晶さんの質問に、私はドキリとする。まだ『女みたい』と言われたわけではないよな。だけど鋭くて、心臓に悪い。
そんな私をハク兄さんがフォローしてくれた。
「ごめんね~、秋高生って普段男むさいからこの店に来てくれるのありがたくて」
「あぁ……」
そう言われて少し納得する。確かにクラスメイトとかは普段ラーメン屋か牛丼屋にしか行かないからな。それか、近くの店でカップ焼きそばとか。カフェでお茶する時間があったら家に帰って勉強するって学生もいる。
「私たちも秋高生だったから、よくわかってるんだけどね」
「へぇ、そうなんですか」
「OBのカフェって、ちょっと身構えられてるのかなって」
ハク兄さんが少し寂しそうにする。それを見た水晶さんは笑った。
「まぁこちとら道楽商売みたいなものだから、気長にやろうよ」
「水晶……」
そのとき、入り口の扉が開く音がした。ドアに取り付けられたベルが来客を知らせる。何気なくそちらのほうを見るとーー
「あれ? 小城?」
「滝瀬くん? 滝瀬くんも寄り道?」
「……なんだ、翡翠の知り合いか」
「同じクラスだよ」
滝瀬くんに妙に馴れ馴れしいというか、下の名前で呼んでいる。もしかして、知り合い? OBだっていうし。
私が怪訝な顔をしていると、滝瀬くんが紹介してくれた。
「こっちのエプロンが琥珀兄で、水飲んでるのが水晶兄。そっちにいるのが御影兄。僕の兄弟だよ」
「……ってことは、ここって滝瀬くんの家!?」
「……知らなかったの?」
「う、うん、ごめん……」
謝るのも不自然かもしれないけど、滝瀬くんのプライベートに入り込むのも悪い気がしたので頭を下げる。滝瀬くんは更に付け足した。
「あと、下に弟がいる。多分もうすぐ帰って来ると思うけど」
「たっだいま~!」
「おっ、噂をすれば」
ドアのほうに目をやると、金髪の小柄な男の子が入ってきた。
「あ、珍しいじゃん。秋高生のお客って」
「鐘、挨拶しなよ」
「へいへい。いらっしゃいませー」
なんだかにぎやかになったな。しかし、滝瀬くんには兄弟が4人もいたなんて。
「滝瀬くん、兄弟いてうらやましいな」
私がぼそっとつぶやくと、滝瀬くんは首を振った。
「誰が! 面倒くさいだけだって」
でも私はひとりっ子なのではりにぎやかなのはうらやましい。琥珀さんがしばらく私をじっと見つめると、にこっと笑った。
「小城さん……だっけ? 私たち5人『滝瀬』だから、できたら下の名前で呼んでほしいんだけど」
「あっ」
気づかなかったけど『滝瀬くん』って呼んだら確かに5人とも振り返っちゃうよな。
「でも、馴れ馴れしくない?」
「僕らも下の名前で呼ぶならいいじゃん」
水晶さんが言うとなんとなくチャラい感じがしなくもないのだが。滝瀬くんーー翡翠くんが私を見た。
「真珠でいい?」
物静かだけど髪を耳にかけながら私の顔をのぞき込む。ーー男子に下の名前で呼ばれるのは少しばかり照れくさかった。




