8-3 監禁
私と翡翠くんは、ドルフィンから出て城ノ崎小学校へと向かった。ドルフィンや秋高を通って住宅街の中心に小学校はあった。
夏休み。教職員はいるだろうか。その前に校門にある看板に目が行く。
『関係者以外立ち入り禁止、防犯カメラあり』
これを見た私は、翡翠くんに視線を向けた。
「どうする?」
「……僕、城ノ崎小OBなんだよね」
翡翠くんは気にせず門の横にある小さな扉から、学校に入る。私もあとに続いた。
「確かこのピロティーの上が職員室だ」
私たちは階段を上って2階の入口から入る。そこには受付があり、窓口をノックした。
「すみません……」
「あっ、はい!」
出てきたのは短髪の男性教諭だった。私がなんて説明しようかとしどろもどろになっていると、代わりに翡翠くんが話をする。
「実は……3日後に衛星が落下する可能性があって、その落下地点がここなんです」
「……はい?」
そうだよね、普通はその反応だ。わかるのだが、今は非常事態。私は教師に真剣に訴えた。
「衛星が城ノ崎小学校に落ちるんです!」
「うーん、アニメの見過ぎじゃない? ほら、衛星が落ちるやつ、たくさんあるからね。夏のやつとか」
教師は聞く耳を持たない。翡翠くんも熱心に説くが、半信半疑だ。
「実は彼、数学オリンピック選手なんです! それで暗号や数式を解いたら衛星が落下するってわかって……」
「そうは言われてもねぇ。証拠、ある? そうだな、例えば……NYASAとか、研究所とか。宇宙の衛星が落ちるなら、その辺の研究所が黙っていないと思うんだけど」
ごもっともだ。私たちは黙りこくる。今からNYASAとかに連絡したら、何かわかることが出てくるだろうか。
私と翡翠くんは一旦職員室の入口から離れて、校庭のベンチに移動した。
スマホを取り出すと、翡翠くんはNYASAのHPにアクセスする。ーー特段衛星が落下するとか、そんなニュースはない。だけど私たちは急いでNYASAにメールする。『衛星が落ちてくる可能性がある』と。
「できることはこのくらいしかない……」
私ががっくりしていると、翡翠くんも肩を落とす。
「仕方ないけど、校庭や周りを少し見ていこう。校庭のど真ん中に落ちればいいんだけどね」
考えを切り替えると、校庭散策だ。グラウンドは広く、左右にサッカーのゴールが置かれている。この間に落ちてくれれば、まだ安全だ。
私もスマホを取り出す。先ほどは衛星をハッキングしても落下位置を直さないほうが胃いとはなったけど、正確に校庭に落ちるように指示を出したほうが良さそうだ。
「真珠、衛星をハッキングするのか?」
「スマホでできるかはわからないけど」
私は腕をまくった。
スマホひとつで衛星ハッキングなんて。アンダーグラウンドなサイトを経由してS-1620にアクセスする。どうやら無線は生きているようだ。それに細かい座標を打ち込む。先ほど調べた校庭のど真ん中。入力が済むとため息が出た。私たちにできることは、今のところこの程度だ。
ベンチから立ち上がると、私たちは校庭を歩いてぐるっと一周する。途中、用具室があった。
「落下ポイントってわかりやすく印があったほうがいいんじゃない? 衛星はカメラもあるでしょ?」
翡翠くんの発案に乗り、私たちは体育用具室のドアを開ける。鍵はないようだ。体育用具室から石灰を持ち出すと、ふたりで校庭の真ん中にバツ印を書いた。これで上空からカメラで確認できる。ここを目指して落下すれば、被害が防げるということだ。
書き終えると、再び用具室へ向かう。石灰をしまっていたときだった。
バタン! と大きな音がした。室内が真っ暗になる。扉のほうを見ると、閉まっていた。
「風で閉まっちゃったのかな」
「さっさと出よう」
翡翠くんがドアノブを回す。しかし、扉が開かない。
「……あれ?」
「あっちゃー……もしかして、扉の前にあった道具が倒れちゃったのかな」
鍵は閉まっていないが、もしかしたら入口に置かれていた道具が邪魔をしているのかもしれない。真っ暗の用具室で、私たちは閉じ込められてしまったようだ。スマホのライトを点けると、ぼやっと人の顔。翡翠くんだ。
「……ぶっ」
「こんなときに笑うなよ」
「ごめんごめん。普段翡翠くんって西洋人形みたいにきれいだけど、暗闇に照らし出されると不気味だなって」
「謝ってないでしょ」
ぷんぷんしている翡翠くんだが、衛星落下の時間は待ってくれない。もし衛星が本当に落ちてくるなら、この学校のグラウンドだ。ここの用具室も、もしかしたら吹っ飛ぶかもしれない。
「……何気にピンチじゃん」
思わずこぼれる。翡翠くんの顔が不気味だとか言っている場合じゃない。でも、運よくスマホはある。誰かに連絡すればーー。
「とりあえず、兄貴たち全員に連絡しよう。誰か気づいてくれるだろうから」
翡翠くんはメッセージを拡散する。あとは気づいてもらうしかない。小学校に電話して、さっきの先生に助けてもらうって手はあるけど、こっそりグラウンドに印をつけたことがバレてしまう。そうしたら怒られるだろう。
「でも、琥珀さんは警察だし、水晶さんたちは県庁。鐘くんは家にいるけど、来てくれるかな」
「信じて待つしかないでしょ」
そう言って、翡翠くんはマットの上に座る。しかし運悪く季節は夏。用具室の気温ーー何度くらいだろう。むしむしして暑い。
「しくじった……飲み物買ってくればよかった」
「脱水症状になる前に助けが来ればいいんだけど」
翡翠くんも私も真っ暗な中、汗だくだ。ここは天然のサウナ状態。普通は用具室に男女が閉じ込められたら、色っぽい話になるのだろうけど、私は男だと偽っているし、暑さ的にそれどころじゃない。
「あ、足元に窓がある。あそこから出られない?」
私が気づいて窓を開ける。だけどもこのすき間から出られるかどうかとたずねたら、これは多分無理だ。頭の大きさのほうがある。
「難しいか……」
がっくりして、またマットに座る。早く誰か助けてくれないだろうか……。暑さでぼーっとしてくる。さすがにこれはまずい。
「ちょっと脱ぐ……」
「えっ!」
翡翠くんが暑さに耐えられず、シャツを脱ぎ始める。私は目のやり場に困りつつ、仕方ないことだとため息をついた。




