8-1 ジェノサイド
白銀さんが連行され、部屋でひと息つく。だけど私は金澤のことも気になっていた。多分、白銀さんは秋高天文部の書き込みを見たのだろう。
私の仮説。それは……
「翡翠くん、白銀さんはジーニアスじゃないんじゃない?」
「え? でもカードを置いたのは白銀さんだよね」
「例えば……誰かからジーニアスの話を聞いて、カードを受け取った、とか」
「それって本当のジーニアスの会員が他にもいるってこと?」
私はスマホでSNSを見る。秋高天文部の書き込み。カフェ・ドルフィンの紹介。私が暗号解読したら、ただのチェックだと言った。
それにーー
『この暗号は俺たちでも解けなかった。小城はそれを難なく解いたんだよ』
この言葉が引っかかる。私は翡翠くんに金澤のことを訊ねた。
「翡翠くん、金澤くんって成績どうだっけ。俺、順位とか気にしてなかったから……」
「嫌みか?」
「ごめん」
「まぁいいけど。確か10位以内には入ってたよ」
ジーニアスの会員はIQ170以上。それなら試験も成績はいいはずだと思ったけど、金澤は上位にいるようだ。
翡翠くんはため息を落とすと、私のノートに目をやった。
「金澤がジーニアスだって可能性もあるけど、その前に3つの暗号……RSAだっけ? も解かないと」
ジーニアスが解けなかった暗号。それを私は解いてしまった。だけどそれならジーニアスも私に協力するのが筋では? 誘拐……はわからなくはないけど、何で私の命を狙ったりするわけだ?
「ジーニアスの目的がわからない」
「……RSA暗号を解読したら、わかるかも?」
「どうだろう」
プラネットナインを示す、3つの暗号。『α、♄、1/17』、『8、5、1/17』、『680、17、5』は座標の可能性もある。私はスマホでマップアプリを起動させる。数字を入力してみると、近くの小学校が表示された。
「……城ノ崎小学校?」
「小学校に何があるんだろう」
私が解いた暗号は、太陽軌道だ。もしかしてーー私は最悪の予想を口走った。
「城ノ崎小学校に、隕石落下するかもしれないってことじゃ……」
「なっ!」
「有り得ない話じゃない」
私はスマホのサテライトマップを開いた。サテライトマップとは、人工衛星や隕石を監視するアプリだ。一般人でも見られるらしいが、私はペンを手に取った。
ヒントは3つのRSA暗号。どうやら座標は城ノ崎小学校を示している。太陽軌道で、城ノ崎小学校の上空を通る衛星や隕石の日時を確認する。
座標から逆算して、予定の日時を割り出す。公式自体は難しいものではなかった。
「3日後……隕石が落下するかもしれないのか?」
「隕石落下……」
ごくりと唾を飲み込む。これって大問題じゃないか? 金澤はこのことを知っているのか?
「金澤くんがジーニアスかどうかはわからないけど、隕石落下の話は気づいてるのか?」
「どうだか。でも……もしかして、ジーニアスの目的って……」
翡翠くんが口ごもるが、私は発言を促した。
「何? 目的って」
「ジェノサイドだよ。宇宙からの落下物。それが城ノ崎小学校に落ちるとしたらーークレーターができるかもしれない」
「っ!」
私は翡翠くんを見つめた。ジーニアスの目的がジェノサイド? ターゲットはうちの近く。
「ど、どうしよう。行政に言ったほうがいいよね? 住民の避難とか……」
「だけど問題は、僕たちの意見を聞いてくれるかだよ。いたずらだと思われるかも」
「証拠がない、机上の空論ってことか」
「ハク兄に相談しよう」
私たちは部屋からカフェに移動する。偶然にもそこにいたのは……
「金澤!」
「よっ、滝瀬と小城。俺に何か用事があるんじゃないかってね」
「……」
先読み。ジーニアスは私たちの行動を予測する。だけど今回は呼び出す手間が省けた。
「俺に聞きたいこと、あるんでしょ?」
金澤はアイスコーヒーを飲みながら訊ねる。私が口を開いた。
「金澤はジーニアスなのか?」
「ご名答。俺はジーニアス会員だよ。試験は適当だったりするけどね」
その言葉に翡翠くんがピリついた。
「……それはともかく、隕石落下のことだ。ジーニアスも解けなかったのか? この暗号」
話を戻すと、私はたずねた。金澤は首を振ると、スマホを取り出した。
「隕石落下、ね。そうとわかってどうするの?」
「金澤は? 落下予測は地元の小学校。もしかしたらこの町自体に大きな穴が開くかもしれないんだぞ」
スマホで見ているのは、どうやら私が見ていたサテライトマップみたいだ。
「俺は勝手に逃げるよ。この町に思い入れなんてないから」
「なんだと!?」
翡翠くんが金澤に掴みかかる。金澤はその手を叩いた。
「野蛮だな、滝瀬」
その様子を黙って見ていた琥珀さんだが、金澤に謝罪はしなかった。それは琥珀さんも同じ気持ちだったからではないだろうか。カウンターにいた御影さんもだ。御影さんは腕を組んで、金澤をにらんだ。
「金澤、お前たちジーニアスが人工衛星を乗っ取って、故意に落とそうとしているーーという線はないのか?」
「ふふっ、どうだかね。でもどうする? 宇宙から何か落ちてくるかもしれないんでしょ? 俺は逃げるよ?」
「……」
ジーニアスが故意で起こそうとしている人災なのか、自然のことなのかはっきりはしない。金澤はにんまり笑うと、テーブルにお金を置いた。
「はい、コーヒー代。そうだ、今回の暗号解読の報酬。この街の人たちの命ってことでいいよね?」
「なっ!」
金がもらえないとかそういう問題じゃない。だけど、命は金に換えられない。それなのに金澤は。
「IQが高くても人間性が低かったら意味ないな」
「何とでも言えよ。でも、俺が教えて小城が暗号解読したから隕石落下の危機がわかったんだろ」
それはそうだが、これから地域住民に避難を呼びかけたり、行政に連絡して対策を練らないといけない。だけど本当に隕石落下するかどうかもわからない。それでもやらないといけないのか。街の人々を守るために。
「じゃ、俺はしばらくここの街を離れるから。夏のバカンスでね」
「くそっ、お前ってやつは……」
翡翠くんがテーブルに拳を打ち付ける。金澤はそんな様子を気にせず、笑顔で席を立った。




