6-4 スパコン・博
「たっだいま~」
「あっ、水晶。みんなもおかえりなさい」
車から降りてカフェに入ると琥珀さんが出迎えてくれる。翡翠くんが鍵を受け取ると、声をかけた。
「ちょっとスパコン借りるよ」
「真珠くん、何かわかったの?」
「まぁ……使えるアイデアかはわかりませんけど」
「使えなかったら困る」
御影さんがばしっと厳しく言う。その通りだけど、自信はあまりないのだ。何かわかるならいいのだが。
翡翠くんとまた、廊下から地下室へつながる階段を降りる。電気をつけるとさっそくスパコンの前に立った。
「このスパコン、『博』って名前なんだって。何でも博士レベルの頭脳を持っているって意味らしい」
「ふぅん」
「真珠の頭脳も博士レベルなのかもね?」
「ははっ、そうならいいんだけど」
私は持ってきたノートを開くと、翡翠くんに聞いた。
「このスパコンに入力するのって、どうやるの?」
「あぁ、ちょっと待ってね。キーボード出すから」
コードを引っ張ってキーボードを取り出す。私はイスを引いて、そこに座った。
わかったのは『α、♄、1/17』、若しくは『8、5、1/17』、『680、17、5』だ。これは座標の可能性もある。宇宙科学館みたいに、マップの座標か?
ともかく隕石などが落下するかもしれないし、その軌道を計算するのが私の仕事だ。
隕石や飛来物の現在位置……これが座標なのかもしれない。そして小学校で習った『みはじの公式』。隕石の位置は道のり。速さは宇宙空間でのスピード。あとは『隕石の重さ』も関係するだろう。私はスパコンに公式を入力した。
「……今、何入力したの?」
「あぁ、C言語で指令を出したんだよ」
「げ、僕より真珠のほうがパソコン詳しいんじゃ……」
「コンピューター言語はうろ覚えだけどね」
さてと。みはじの公式はともかく、あとは3つの数式……座標だ。3つの数字、かける3。これってRSA暗号×3ってことか? このスパコンでRSA暗号って解けるんだろうか。
「真珠。東都大学の巴教授には連絡しないの?」
「あっ、そうだね。書いた本人に聞けば一発だ」
スマホで、東都大学の電話番号を調べる。メモすると、さっそく連絡した。
ワンコールで大学の事務方が出てくれた。私は恐縮しながら巴先生を出してもらえないかとお願いする。だけどーー
『すみません、研究に関することは部外秘で……』
「衛星や隕石が落下する可能性があるんです!」
『大学に入学していただけないと、こちらも表沙汰にできないんです……』
さて、困った。事務方の言いたいことはわかるのだけど、大学に勧誘されてしまった。大学入試まで、またあと1年はあるんだけど。電話を切ると、ため息が出てしまった。
結局3つのRSA暗号は、私が自力で解かないといけないのか。だけどこれがマップの座標なら、スパコンでわかるかもしれない。
私はスパコン・博に、3つのRSA暗号も入力した。だけどーー
「エラーだ」
「ドンマイ」
翡翠くんに肩をぽんと叩かれ、深いため息が出る。やっぱり楽しようとするのはダメか。人間の頭脳あってのスパコンだからな。
「次、ちょっといい? 僕も調べたいことがある」
「ん? 何?」
キーボードの前を譲ると、翡翠くんはスキャナを起動させた。そして、先ほど投げつけられたGと書かれたカードの図面を取り込んだ。
「スパコンが何か知っているかもと思ってね」
「わかるもんかねぇ?」
画面を眺めていると、解析が完了した。
「わかったこと、あった?」
私が聞くと、翡翠くんはスキャナからカードを取り出した。視線はスパコンの画面だ。
『この図面は、天才集団『ジーニアス』のトレードマークに酷似しています』
「天才集団?」
まるで都市伝説の話みたいだ。翡翠くんは私に目をやった。
「これって、スカウトとかじゃないよね。その天才集団に入りませんかって言うーー真珠、誘われたら入る? そういう組織」
「えっ!? 考えたこともなかったからわからないよ。でも、このカードを持っていたやつが誘拐しようとしてたよね」
スカウトならスカウトらしく、もっと穏便に声がけすることはできるはずだ。借りる本にカードを仕込んでいた意味もわからないし、誘拐も犯罪だ。
翡翠くんはカードに視線を落としてからぼやいた。
「……真珠は頭がいいから引く手あまたなのに。僕は……」
「引く手あまたって、犯罪に巻き込まれそうになったりしてるんだけど。翡翠くん、私のことうらやましいと思ってる?」
「まぁ、ちょっとね」
飄々と答える翡翠くん。隣の芝生は青いなんて言うけど、私自身はのんきに謎解きができたら文句はないだけだ。それなのに、男装して男子高に通うだなんてややこしいことをしないと、そんなささやかな日常を送れないなんて。
「俺は翡翠くんがうらやましいけど?」
「っ!」
翡翠くんの顔を、下から見上げる。身長こそは変わりないけど、イスに座った角度から立っている翡翠くんを見るとそうなってしまう。私が素直に自分の意見を言うと、翡翠くんはなぜか顔を赤らめた。
「ん~? どうしたの? 顔、赤いよ?」
「キミってやつは……素直過ぎることがいいこととは限らないからね?」
私が茶化しながら笑うと、翡翠くんは顔を背けた。でも、本当のことだ。私はひとりっ子だから兄弟がいるのはうらやましいし、勉強ができるから偉いってわけでもない。
私は照れている翡翠くんを眺めながらつぶやいた。
「……俺は孤独な天才よりも、みんなわいわいできるほうがいいなって」
「それ、もう答え出てるじゃん」
あっ。翡翠くんに言われて気づく。『ジーニアス』からの勧誘……というかオファー。私の答えはNoらしい。自分でもよくわからない感情を持て余しながらだけど、私自身は、管理された自由より自然体がいい。
本当なら、女子として花の高校生活を送りたかったかも。滝瀬兄弟との日常は楽しいけど、私の正体がわかったら……。じっと翡翠くんを見つめる。翡翠くんはキーボードを片すと、肩を叩いた。
「今日わかったことはこれくらいだな。僕も真珠くらい頭がよかったら、本当のヒーローになれたのかな……」
本当のヒーローね。私にはそれがどんな存在なのか、わからなかった。




