6-1 おのぼりさん
朝は夏休みにしては早く起きている。6時半に目覚めて、琥珀さんのご飯を食べて。
今日は都内のほうまで出かける。翡翠くんと宇宙博物館へ。天気はいいのか暑すぎて困るのか、晴天也。歯を磨いたらさっそく出かける準備。持っていくものはノートとペン。財布とスマホ。
Tシャツにジーパンというラフな格好で、家を出る。駅までは10分かからない。まだ暑くなる前に出ようと思っていたが、朝からすでに暑かった。
途中のコンビニでペットボトルのお茶を買うと、駅に到着だ。これから満員電車に揺られて、新橋のほうへと向かう。新橋からゆりかもめに乗り換え、目的地へ。宇宙博物館がある駅は、閑散としていた。
「まだ朝早いからかね?」
私が口を開くと翡翠くんは博物館前のチケットブースに目を向けた。
「夏休みだし、混んでるかと思ったけどーーこの場所あまり知られていないのかな」
列はできているけど、めちゃくちゃ混んでるわけではない。最後尾に並んで、開館を待つ。チケットブースの列は開館時間より10分早く動き出した。
「学生2枚」
ふたりでチケットを買うと、入り口まで行く。開館時間ちょうどに、博物館は開いた。チケットをミシン目に沿ってちぎってもらい、いよいよクーラーの効いた涼しい博物館散策が始まる。
「鐘くんの見つけた暗号の場所はどこだろう」
私は昨日もらったリーフレットに目を通す。
「この吹き抜けの3階みたいだよ」
1階から3階にかけて、大きな星空が展示されている。地元のプラネタリウムとはちょっと違うが、1階のソファに寝そべるとプラネタリウム気分を味わえそうだ。
午前中の朝早い時間とはいえ、暑い中歩いてきたので、ゆっくりとクールダウンしたくなり、翡翠くんとソファに座ってペットボトルのお茶を飲む。目的地は、この吹き抜けのスロープを上った先だ。上るのに体力が必要なので、一旦休息だ。
水分補給すると、坂道を上る。途中、歴代の宇宙飛行士の顔写真とサインが書かれているパネルが飾られていた。
3階まで上ると、科学者たちのコメントコーナーへ足を向ける。リーフレットに載っていた科学者の名前を確認して、暗号文を書いていた人のコメントを探す。ーーあった。
「これじゃない?」
翡翠くんの肩を叩く。暗号文を見てみると、まったく理解できない。それでも私はノートにメモを取る。
『α♄ 1/17』
♄は天文記号って言うんだっけ。分数はハングル文字……αはフェルマーの最終定理を解いたとき、偶然記号に対応する数字を解き明かしたことがある。αは私の見解では8、♄は5だ。1/17はよくわからない。
暗号文を書いた日本の科学者は、巴さんと言うらしい。どこか大学に所属している研究者だろうか。話を聞きたいけどーー。
ともかく3つの記号と数字をノートに書き留めると、私は翡翠くんと近くのソファに座った。
「何かわかる?」
「うーん……。事前に解読した記号もあるけど、1/17はよくわからない」
αは8、♄は5だから……1/17の3つの最小公倍数とか? 私はノートに書いて計算する。この3つの最小公倍数は680。6、8、0をすべて足すと14。1と4を足すと5。♄の数字と同じだ。680と14と5か。私はノートを見ながらつぶやいた。
「これって……RSA暗号かも」
「なに、それ」
「3つの暗号から解き明かすものだよ。この場合、8、5、1/17だけど、680、17、5からも表される」
「……全然わからないよ」
「俺もだ」
「真珠がわからなかったら、僕がわかるわけないじゃん」
翡翠くんはニヒルに笑うけど、この暗号を書いた巴さんならわかるのだろうか。私はコメントの横に書かれていた巴さんの肩書きを見た。
『東都大学名誉教授』
東都大学に連絡したら、巴さんの話を聞くことができるだろうか。でも、なんて言えば……衛星や隕石落下する可能性があるなんて言っても、変な学生だと思われるだけでは?
とりあえず、私もわかる範囲で考えてみる。まずはこのRSA暗号を解かなくては、巴教授の話について行けないかもしれないし。
「東都大学に連絡してみる?」
翡翠くんが言うと、私は縦に首を振った。
「うん。衛星や隕石落下なんて、地球の危機だし……。私が何か協力できることがあるかも」
巴教授が東都大学に所属している旨をノートにメモると、ちょうど博物館内にあるカフェに目が行った。
「少し休憩する? 頭使ったからか甘い物がほしい」
「そうだね。10時のおやつの時間か。寄っていこう」
カフェに入ると、私たちはコーヒーとケーキセットを注文する。私が頼んだケーキは、いちごのタルト。翡翠くんはチョコレートケーキだ。
黙々と食べながら、巴教授の暗号に目をやる。α、♄、1/17……。見当が付かない。金澤が持ってきたのは宇宙科学館の座標だった。ってことは、このRSA暗号も座標か?
私はケーキを食べながら、あることを思いついた。
「翡翠くん、さっきここの2階に隕石落下のシミュレーションがあったんだけど……」
「そんなのあった? 気づかなかったけど」
私は翡翠くんに説明する。
2階にあった大きな画面に触れると、画面に映った隕石が破壊されるというものだった。私が知りたいのは、隕石や衛星の落下軌道。シミュレーションは、画面に触れるだけで地球に落下する障害物を壊せたけど、実際にはレールガンなどを使わないといけないのだろうか。
レールガン、か。だとしたら、地上からもレールガンの角度なども計算しないと。……そこまで考えた私は、ノートを取り出した。
さっき見つけたRSA暗号はわからないけど、衛星や隕石の落下の公式。道のり÷速さとか、小学校のときにやった『みはじの公式』だ。宇宙空間から地上への道のりと、落下するスピード。時間は地球を一周することを念頭に置いておけば、何かわかるかも。
ノートに整理すると、私は翡翠くんに言った。
「お茶飲んだら、ちょっと2階のシミュレーションに寄っていいか?」
「うん」
そんな話をしているうちに、オーダーしたケーキとコーヒーが来る。いちごのタルトは酸味が効いていておいしい。翡翠くんはチョコレートケーキに舌鼓を打つ。
ティーブレイクをすると、私たちは席を立った。




