5-4 お出かけの予定
プラネタリウムを見終わると、お昼前だ。腕時計を確認する。
「ご飯は家で食べよう。この辺、食べるところないし」
翡翠くんの意見に賛同して、暑い中家まで歩く。ドルフィンまでは宇宙科学館から600mくらいだろうか。夏の間は午後2時が一番暑いと聞く。その時間になる前に、家に帰っていたい。家に到着したのは、正午だった。
「ただいま~」
私たち3人がカフェの扉を開けると、冷気が流れ込んできた。
「外の気温、何度だって?」
水晶さんが聞くと、御影さんが答えた。
「天気予報曰く、38℃だって」
「よく歩いたな、僕たち」
汗まみれで溶けそうな翡翠くんは、鐘くんとレモン水をガブ飲みする。それを見た琥珀さんが注意した。
「これ、来客用だから、翡翠たちは2階で飲んでよ」
「カフェのほうが涼しいんだもん」
鐘くんがかわいこぶりっこすると、御影さんがメニューで頭を叩いてテーブル席に座った。
「真珠、それで暗号は解読できたの?」
「それなんですけど……ちょっと大変なことがわかってしまって」
私は御影さんを含む3人のお兄さんに、科学館でのことを話す。金澤の持ってきた暗号が示していた科学館で、衛星や隕石が落下する可能性があることがわかった。
私のやらなきゃならないことは、その落下軌道の計算だ。
「はっはっは、衛星が落下ぁ~? ……マジで?」
「マジです」
冗談だと思って笑った水晶さんだが、真面目な面持ちになる。琥珀さんと御影さんも顔を見合わせた。
「真珠だけじゃないな。場合によっては俺たちモモンガーも出動しないと」
「……そうだね。真珠くん、軌道の計算について、心当たりは?」
「今から考えますって感じです。数学オリンピックもだけど、隕石落下も相当ヤバい案件ですけどね」
だけど、ヒントがなさすぎる。数学は宇宙につながる。とはいえ、宇宙に関する数式の計算なんて、常人じゃ見つけられないだろう。
「流れ星ならきれいなんだけどね……」
琥珀さんがつぶやく。落ちてくるのは流れ星ではなく、隕石や衛星。しかも地上に落下する。
「落ちたらどうなるの?」
「クレーターになるんじゃない?」
鐘くんの質問に、翡翠くんが答える。人や家屋に被害がなければいいんだけど。
私も水をごくごくと飲みながら、何かいい案がないかと考える。
「せめて、他に情報を得られる場所があるかな……」
「あっ、そうだ。科学館にあったんだけど」
「?」
鐘くんが私にもらってきたリーフレットを渡す。翡翠くんも手元をのぞき込む。
「……未来館?」
「うん。都内にある、科学博物館らしい。地元の科学館よりも大人向けみたいだよ」
「へぇ」
リーフレットには、科学博物館の内部の写真が載っている。地元の宇宙科学館は子ども向けみたいに科学実験できる場所だけど、都内の博物館は展示がメインらしい。
「オレ、これが気になったんだけど」
観音開きのリーフレットの済みにあった写真を指す。鐘くんが気づいたのは、物理学賞を獲った研究者の言葉の展示だった。
「……ん? 見づらいけど、なんだろ、これ」
研究者のものと書かれているが、日本語じゃない。よく見ると……暗号? 翡翠くんも首を傾げる。
「なんか、記号だね? 何の記号なんだろう」
「どうせ夏休みなんだから、現地に見に行ったら?」
水晶さんが軽く言う。確かに休みで時間はたっぷりある。御影さんも同意した。
「数学オリンピックの前哨戦ってわけではないが」
リーフレットをもらってきた鐘くんにも話を振るが、彼は残念そうな顔をした。
「オレ、明日から部活なんだよね」
「ふぅん、何部?」
「柔道部」
「えぇっ!?」
私は変な声をあげた。小柄な鐘くんが、まさかの柔道部だとは。あまりの意外さに目を見開くと、鐘くんはにんまり笑った。
「人は見かけによらないでしょ? これでも副将だから、オレ」
ふふんと鼻で笑う。でも、モモンガーなんて自警団をやっているんだから、武道の心構えがあってもおかしくはないのか。
「真珠、じゃあ明日にでも行ってみる? 宇宙博物館に」
翡翠くんがメガネのフレームに手を添えて、私を見やる。私はこくんとうなづく。今日は3人だったけど、ふたりきりだとまたデートだってツッコまれるだろうか。
私はそれを見越してお兄さん方にも訊ねた。
「琥珀さんは、お店ですか? 水晶さんと御影さんも」
「私は行けないけど、水晶や御影は行ってきても構わないよ?」
琥珀さんはそう言うが、水晶さんは首を振った。
「僕はこの夏ハク兄の手伝いをするって決めてるから」
……相変わらずのブラコンのようだ。御影さんに視線を向ける。お皿を拭きながら、つぶやいた。
「俺は暑い中出かけたくない」
ごもっともだ。40℃近い野外を歩くだけでも重労働。だけど、サラリーマンや会社勤めは暑い中働きに出てくれているわけで。
御影さんのつぶやきを拾った琥珀さんは、苦笑いした。
「いつからそんな柔な人間になったのやら」
「御影は行ってきてもいいんだぞ?」
水晶さんは琥珀さんとふたりきりになりたいのか、追い出しモードだ。それでも御影さんはマイペースだった。
「どっちにしろ、俺は明日家で課題レポートする予定なんで」
……クールだ。
翡翠くんは私に向き合うと、スマホを取り出した。
「じゃ、真珠。明日は科学博物館ね。行き方はーーゆりかもめに乗るらしいよ。湾岸方面だからか。入場料とか詳細は調べておくよ」
「えっ、ありがとう」
「ん」
「そろそろお昼ご飯にするよ~」
琥珀さんが声をかける。お昼ご飯はなんだろうか。意識すると、お腹がぐぅ……となり始めた。
「今日はナポリタンだと」
御影さんがにやにやしながらメニューを教えてくれる。水晶さんは一旦カフェをクローズした。入り口のドアにあるOPENの札を裏返すと、滝瀬兄弟と私は2階に上がる。
明日は博物館だが、リーフレットにあった暗号文……私に解けるのだろうか。現地でよく検証しないといけないが、解けなかったら……? いや、これは義務ではない。義務ではないけど、隕石が落下するなら解けなくてはいけない暗号だ。
数学オリンピックの前哨戦。だけど前哨戦と言うには荷が重い。明日にならないとパズルのピースは揃わないが……。隕石落下の保険を、私たちは考えなくてはいけないのだ。




