5-2 暗号
金澤を見送ると、私は翡翠くんと例の暗号について検証を始めた。TRPGの説明書と、そこに記載されている1212、589の数字。
「真珠、なんかわかった?」
「全然。ってか翡翠くん、気が早すぎ」
私が指摘すると、頭をかく。フェルマーの最終定理は確かに解いたけど、私のことを買いかぶり過ぎでしょう。そんな一瞬でわかったら、それは天才以上の何か。ーー宇宙人みたいな存在じゃないか? 数字の羅列を目の当たりにして、すぐ解読なんて……。
宇宙……天文台の問題だから、それも関係するのかな。私は自分の解いたフェルマーの最終定理で使った仮説に基づいてみる。X=31。この数は素数だ。その素数で589を割ると19。1212は3の倍数。
さらさらとレポートパッドに数式を書いていく。もしかしたらこの数字って、何かの座標か? 19も素数だ。31、19、3。この3つの素数を天文学的見地で示せたら……。わかったところまでを翡翠くんに説明する。
「翡翠くん、少しわかった」
「どんなことがわかったの?」
「3つの素数が関連してるんだけど、天体図鑑とか……天文学的な座標じゃないかなって」
「ふうん、座標ねぇ……」
「俺、天文学はわからないんだけど、翡翠くんは何か気づくことってある?」
「うーん……」
翡翠くんも黙ってしまった。何かの座標を表している可能性があることがわかっても、その座標を見ないと何もわからない。
TRPGの説明書もパラパラと眺める。何かヒントはないかと思うが……そうだ。
「そーいやネットのマップとか案内あるじゃん。これらも衛星からのデータなんだよね。もしかしたらスマホのマップの座標かも?」
「あぁ、なるほど……だとしたら、スパコンで何かわかることがあるかもな」
スパコンか。簡単に言うけど、一般人がスパコンにアクセスなんてできないよな。それこそ人間の頭脳とスパコン、どちらが賢いかとかいう話になりかねないけど。でも、今回の暗号は一応地頭で解いた。数字が座標位置を示しているかもしれないと言うのも、私の考えだ。仮説の証明にスパコンが必要なのか。
「スパコン使える場所って、大学の研究施設くらいだよね」
「……いや」
翡翠くんはかぶりを振った。
「使える場所、心当たりでもあるの?」
私が聞くと、翡翠くんは琥珀さんに声をかけた。
「ハク兄、真珠を地下室に案内していい?」
「……」
琥珀さんは私を見やってから静かにうなづいた。
「うん。でも真珠くん、うちの地下室の話はトップシークレットだからね」
「っ! は、はい」
人差し指を唇に当てる琥珀さん。地下室って、何があるんだろう。
「じゃ、真珠、ついてきて」
翡翠くんに連れられる。カフェの廊下を歩くと、壁に鍵穴がある。翡翠くんは持ってきた鍵で壁にある扉を開ける。それは地下へと続く階段だった。
「暗いから気をつけて」
慎重に、階段の手すりに掴まって降りる。下へ到着すると、電気のボタンをつけた。暗かったが、ようやく視界が明るくなる。ドルフィンの地下にあったのはーー
「これってスパコン?」
「まぁね。モモンガーの活動とかに使ってる」
「あぁ、なるほど」
「それより、座標の話だよね」
翡翠くんがキーボードを前にする。そうだ、私の仮説を立証するためにスパコンのあるところまで連れてきてもらったのだ。
「えっと、31、19、3だっけ。それらが示す地図衛星の位置……か」
さっそくスパコンに入力してみる。スパコンは秒速で答えを示した。出てきた場所。それは県立宇宙科学館の場所だった。
「ここって近所にあるプラネタリウムがあるところだよね」
「天文学だから、出てきても違和感はない……。宇宙科学館に何があるんだ?」
翡翠くんもあごに手を当てて考え込むが、私は安直に提案した。
「明日にでも宇宙科学館に行ってみようよ。ついでにプラネタリウムで星を眺めてきてもいいし」
プールや海など、夏のレジャーは難しいけど、プラネタリウムで星空を見たりくらいはしたい。夏休みなのに遊ばないのは損だ。遠出ではないし、近所を散策するくらいいいだろう。
「……でも、男ふたりでプラネタリウムって」
「あっ」
謎に夢中で体裁なんて考えてなかったけど、確かに男ふたりでプラネタリウムというのはきついものがあるだろうか。実際私は女だけども、デートみたいだ。私は気にしないけど、翡翠くんはやっぱり嫌かな。
「鐘くんも誘う?」
「兄貴たちは店があるからな。鐘は暇つぶしに来るかも。声、かけてみるか」
「ところで翡翠くん、金澤くんのこととか天文部のこと、詳しく知ってる?」
今日看板に気づいてタイミングよく店に来たけど、もし暗号が解けたら報せないといけないよな。とは言え連絡先を知らない……。
翡翠くんも首を振った。
「同学年ってことしか知らない。でも秋高にいるのはわかってるし、ドルフィンにまた来るかもしれないし……連絡取ろうと思ったら、取れるでしょ」
連絡先を聞くのを忘れていたのは失敗だったが、暗号がわかったら休み明けに伝えればいいのか。
地下室からドルフィンに戻ると鐘くんがアイスを食べていた。
「ふたりともナイスタイミングだね。今日のおやつはバニラアイスだよ」
琥珀さんに声をかけられる。元のテーブルに着くと、水晶さんがアイスを運んでくれた。御影さんも同じ席についておやつ休憩だ。
私はカウンターでアイスを食べている鐘くんをさっそく誘った。
「……え? 宇宙科学館? そこに何かあるかもなんだ」
「うん。ふたりで行くのもなんだし、鐘くんも来るかなって」
「翡翠はいいの? デートにお邪魔虫いて」
「男ふたりで出かけるのをデートって言うな」
……本当はデートなんだけどね。まぁ、私も変に意識したりしそうだから、鐘くんがいるとありがたいと言えばそうなんだけど。私は笑顔で言った。
「夏休み暇だし、どうせ出かけるなら誘うでしょ?」
「オレ、勉強は嫌だよ」
「わかってるって。プラネタリウムで星も見てくるけど?」
「ーー行く」
渋っていた鐘くんだが、プラネタリウムは行きたいらしい。外は暑いけど、涼しい室内で星空を眺めるのは最高だからね。
明日は翡翠くんと鐘くんと3人でプラネタリウム。暗号を解いた先に何があるかーー。なかなかに楽しみだ。




