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滝瀬さん家と四則演算  作者: 浅野エミイ


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5-1 依頼

 看板を置いてみて1日。カフェ・ドルフィンの来客はぼちぼちだった。朝に仕事が入っている人が仕事終わりに朝食を摂りに来たり、会社に行く前の人がコーヒーをテイクアウトしたり。


 一応夏の間のクールシェルターでもあるので、昼過ぎにお茶をしに来るご年配なんかもいる。




「『暗号解読します』ってなあに?」




 午前中のことだった。常連のおばあさんが、看板に気づいた。


 今日も私と翡翠くんは、店で勉強をしていたのだが、ようやく反応を得た。おばあさんに、カウンターにいた琥珀さんが説明する。




「今、数学オリンピックに出る子を預かっているんです。それで謎の数式とかあったら有償で解こうって」




 琥珀さんが店員スマイルを浮かべると、御影さんはクールに付け加えた。




「新しい金策ですよ」


「夢がない言い方だな。世界の謎に迫る! って感じです」




 水晶さんがさらにフォローする。常連さんは首を傾げた。




「でも、そんな依頼あるのかしら? 普通に生活していたら、数式なんて気づかないような……」


「まぁ、お遊びがてらですよ」




 常連さんの仰る通り、数式とか、謎とか、暗号とか。普段そんなものはなかなか縁遠い。暗号募集していても、依頼が来るかどうか。


 琥珀さんはお遊びがてらと言うけど、警備のおとりでもあるんだよな。常連さんは琥珀さんの作ったピザトーストとアメリカンを頼むと、それを腹に収めて店を出ていく。私と翡翠くんは、宿題をしながらその様子を眺めていた。




「……依頼なんて、そう簡単には来ない……よな?」




 私が翡翠くんに言うと、大きく伸びをする。




「確かにね。まぁ気長に待ってようよ」


「うん……」




 そのときだった。入口が開く音がした。そちらを見てみると、見覚えのある顔が。


 同じ学年の金澤だ。金澤はタオルハンカチで額の汗を拭う。




「……暑い。こんなところにクールシェルターがあるんだ」


「……金澤、だよね。いらっしゃい」




 翡翠くんが応対すると、金澤も同じ秋高の生徒だと気づいた。




「A組の、滝瀬……だっけ? 一緒にいるのは小城? ふたりって、仲いいんだ」


「注文は?」


「あの看板が目に入ってね」




 金澤は作った『暗号解きます』の看板を指さした。さっそく依頼か? 翡翠くんはそれとは別にオーダーも促す。




「暑かったでしょ? 飲み物も頼んだら?」


「あぁ。じゃあアイスコーヒー」


「わかった、ハク兄! アイスコーヒーだって。……それで?」




 金澤の正面のいすに座ると、翡翠くんはメモを取る準備をする。なんだか私より翡翠くんのほうがやる気だ。その様子を見ていた私も、翡翠くんの隣に行く。




「小城が暗号を解くって、どんな暗号でもいいの?」




 金澤は私の目を見てたずねる。うなづくと、カバンからスマホとノートを取り出す。




「今日、天文部の部活があったんだけど、TRPGってわかるか?」


「テーブルロールプレイング……だよね」


「うん。天文台が発行しているんだけど、その説明書に謎の文章があってさ」




 金澤の取り出したノートには、TRPGのやり方が書かれてある。ペンで書かれた但し書きを丸で囲っていた。




「1212、589……この数字は?」


「宇宙に関係する数字みたいなんだが、さっぱりわからない。ただTRPGの説明書に、落書きみたいに書かれていてな。そこで何かの暗号じゃないかと思って、小城の腕を貸して欲しいってこと」


「……」




 私は、並んでいる数字の羅列を眺める。これだけのヒントじゃわからない。隣の翡翠くんが金澤に聞く。




「他に何か、手がかりになるようなことはないの?」


「残念ながらこれだけだ。ただーー暗号を解いた場合、報奨金が出るらしくってさ」




 いよいよ金の話だ。部屋から出てきた鐘くんも話に食いついた。




「やっぱ、懸賞金出るんだ! やったじゃん、真珠」


「まだ解いてないだろ。鐘は気が早いな」




 水晶さんがカウンターから声を上げる。目を輝かせながら、鐘くんは金澤にたずねる。まるで尻尾を振っているわんこだ。




「で? で? いくらもらえるの?」


「ネットで調べたところ、1億円だって」


「ーー1億!?」




 金澤の話に私たちは目を剥いた。い、1億……。問題を解いたらそんなもらえるの?


鐘くんが私にも質問した。




「真珠は1億あったらどうする?」


「えーと……うーん……あっ」


「何かあるのか?」




 翡翠くんも私の顔をのぞき込む。私は夢も何もない応えをした。




「ホームセキュリティを強化して、護衛を付ける、かな」


「……まぁそうだね」




 琥珀さんが苦笑いする。今は滝瀬家に助けてもらっているけども、本当だったらお金を払って警護してもらうのが妥当だものな。




「そういうの以外! なんかないの?」




 鐘くんが楽しそうにたずねる。私は逆に質問し返す。




「鐘くんはなにかあるの? いきなり大金をもらっても、何に使うかなんてすぐには思いつかないよ」


「うーん……」




 滝瀬兄弟もみんな揃って首を捻る。最初に思いついたのは琥珀さんだった。




「私だったらドルフィンの運営費に使うな」


「そりゃそうでしょ。ハク兄は無欲だからな」


「……俺は貯金だな」


「みか兄は夢がないね。アキ兄は?」


「奨学金返済だよ」


「……」




 滝瀬さん兄弟はリアリストなのだろうか。でも1億あったらと急に言われても、すぐには使い道なんて思いつかないもんな。翡翠くんも腕を組んで考え込む。私は鐘くんに聞いた。




「鐘くんの言う夢のある使い道って何?」


「えっと……まずはゲーム環境をよくする。それと旅行したい。あとは……」


「1億使い切らないんじゃない?」


「む……確かに」




 翡翠くんの言うとおり、確かに使い切らないかも。大金があっても、結局は必要経費くらいしか使わないんだろうな。




「結局捕らぬ狸の皮算用だよね。まずは真珠が暗号を解かないと意味ないし」




 冷めた感じでツッコむ翡翠くん。私が暗号を解くーータイミングよく金澤が持ってきた暗号。この意味はわかるのだろうか。




「はい、アイスコーヒーね」


「ありがとうございます」




 水晶さんが、金澤にアイスコーヒーを出す。




「俺たち天文部は、宝のありかじゃないかって言ってるけどね」




 初めての依頼。私も金澤の暗号をノートに書き写す。天文台が考えた問題。ヒントもない課題。果たして私に解読できるのだろうかーー。

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