4-4 暗号解きます
かき氷を食べ終えると、私はメニューを再度見た。
「本当にシロップの種類、多いですね」
琥珀さん本人が反省しているぐらいだ。興味本位でいくつあるか数えてみる。
いちご、レモン、ブルーハワイ、コーラ。この辺は定番だ。さらにブドウ、宇治抹茶、レモネード、チェリージュース、メロンソーダ、アイスティー。裏メニューの梅酒は入れなくとも、10種類はあるのか。
この10種類のシロップを6人が選ぶとして……確率はどうなるんだろう?
それだけじゃない。かき氷を削る速さ。これも計算できそうで気になる。1分間で何グラム削れるのだろうか。
「うーん……」
「真珠、どうしたの?」
「かき氷のシロップと6人が選ぶ確率って、どう計算すればいいんだっけ?」
私が訊ねると、翡翠くんは顔を若干引きつらせた。
「キミ……普段からそんなこと考えてるの?」
「あっ、ちょっと気になっただけだよ!?」
「さすが数学オリンピック出場予定の要注意人物……」
「御影さんも引かないでくださいよ……」
言い訳するが、私がどんどん痛い子になっていく。仕方なく頭をかいた。
「でも、これだけ勉強できたら楽しいでしょ?」
琥珀さんがにこにこしながら聞いてくる。確かに勉強は楽しいし、やりがいもある。だけどその分『狙われる』と言うお釣りも返ってくるんだよなぁ。
「勉強、好きですけど、楽しいだけじゃないですよ」
当たり障りなく答えておく。すると御影さんが私を見つめた。……なんだろう?
「真珠は数式や暗号解読の依頼って受けたりしないのか?」
「暗号解読の依頼……ですか?」
「ああ。さっき大学の知人たちとそんな話になってな。いい商売になると思う……」
暗号解読でお金がもらえるの? フェルマーの最終定理を解いたけど、懸賞金はもらえていない。だけど、普通に考えて、暗号を解読して世間の役に立つなら、当然金銭が絡んでくるのだろう。
水晶さんもスマホを取り出す。
「フェルマーだけじゃないんだろ? リーマンなんとか、とか色々懸賞金がある数式があるんだってな」
「アキ兄、真珠は次、コラッツ予測を解くって」
「わかったら、ね」
翡翠くんが次に与えられた謎について、プレッシャーをかけてくる。でも、数式で稼ぐ、か。今の私は高校生だから難しくないかな。秋ヶ瀬高校はバイト禁止ではないからいいのかもしれないけど……。
「数式で稼ぐとしても、どんな方法で? ネットで募集するの?」
例えばホームページを作って、そこに謎を提供してもらう、とか。そうなるとまずはホームページ作成からになる。今の時代、ホームページを作らなくても、SNSのDMとかで事足りるとは思う。
「ネット? なんか面倒じゃん。依頼募集ならすぐできるよ。見てて」
鐘くんは裏が白いチラシを手にすると、マジックで大きく『暗号解きます』と書いた。
「これを店の窓に貼っておくだけ。簡単でしょ?」
「お店に迷惑じゃない?」
私が琥珀さんを見るが、本人はにこにこしている。
「これ、逆に暗号解読目当てでカフェに寄ってくれるお客も増えるかも…ー?」
「客寄せパンダだね」
翡翠くんが毒づく。私としては厄介になっている身だし、カフェの売り上げに貢献できるならそれでもいいけど、高校も大学も襲撃されている。ドルフィンが変な犯罪者から狙われたら……。
心配になるが、チラシを見た水晶さんは冷静だった。
「ついでに瑪瑙さんに連絡して、防犯カメラをチェックしてもらおう。ドルフィンの近辺に不審者がいないか見てもらえばいい」
「なるほど。あえて真珠がいると匂わせて、おとりにするってことだな」
御影さんがあごに手を当ててぼそりとつぶやく。
「今はちょうど夏休みだ。学校はないし、真珠を狙うとしても俺たちがいる」
「で? 本当にこのチラシ、貼っておくの?」
チラシの裏で安っぽい。翡翠くんの美的感覚にはそぐわないようだ。それだけではない。チラシの裏の落書きだと、子どもが書いたと思われそうだ。……まぁ、鐘くんはまだ子ども……いや、本人に言ったら怒りそうだな。それに名案ではある。
「チラシを貼るにしても、もっとなんかあるでしょ。真珠、ちょっと100均行こう」
「え?」
「看板。作るの! じゃ行ってきます」
「あ、翡翠くん、ちょっと!」
私も追いかけて外に飛び出した。
100均のある駅前に出るのに時間はそんなにかからない。暑い中歩きで10分。100均に到着すると、翡翠くんは木の板とニスなどを買い込む。
「デコパージュにするよ?」
「……何? それ」
「手芸のひとつ。お会計は……」
千円くらいで道具を買うと、またすぐに暑い中歩いて帰宅する。家に着くと、私は翡翠くんと部屋に篭もった。
「いい? この板にペイント……暗号解読しますって書いて、ニスを塗る。真珠、やる? キミの看板なんだし」
「うまく書けるかな?」
美術や工作は苦手だ。でも、もう材料は買っちゃったし、看板はあったほうがいいし。新聞紙を敷いた上に、板を乗せる。何度もニスを塗り、『暗号解読します』と描く。ーーうまくなくともわかればいいよね?
「こんな感じで……大丈夫かな」
「うん、上出来じゃない?」
あとはドライヤーで乾燥させれば出来上がりだ。新聞紙の上に乗せていた看板を持つと、1階のカフェに戻る。
「出来上がったから、窓際に置かせて」
翡翠くんが琥珀さんに告げると、くてっとテーブルに突っ伏してくつろいでいた鐘くんが起き上がった。
「できたの? 看板」
「うん、絵心なないから、本当に告知だけなんだけどね」
「……ふうん」
一瞥すると、またテーブルで居眠り。琥珀さんが声をかけた。
「鐘、眠いなら部屋に行ってね。お客さん来るかもだし」
「うーん、ふわぁ……」
あくびをすると、のそのそと起き上がって部屋へと向かう。3人のお兄さんたちは、これから店番だ。
「翡翠くん、どうする?」
「そうだね、カフェで勉強してよう。看板効果もあるか気になるし」
さっそく窓際に看板を置くと、私たちは夏休みの宿題を始める。数学のプリントは一瞬で終わったが、翡翠くんは四苦八苦しているみたいだ。
「わからないところがあったら教えるよ」
「っ! ……いい。自分で考える」
「いや、看板を作ってくれたお礼だと思ってよ」
翡翠くんの負けず嫌いな性格は知っているけど、お礼くらいはさせてほしい。
私が軽く笑うと、翡翠くんは小さくうなづいた。




