4-2 兄貴は僕の
朝食が済むと、私は翡翠くんに声をかけた。昨日は図書館に行ったけどボヤ騒ぎ……これって外に出るなって脅迫? 考えすぎなのだろうか。でも狙われていると言われたらそれまでだ。
「翡翠くん、今日はどうする? やっぱり俺、外に出ないほうがいいのかな」
気弱になっていたら、翡翠くんはのんきにあくびをして言った。
「真珠はとりあえず僕たちが守るから大丈夫だよ。まぁ狙われているけど、気にしてたら何もできないよ?」
「そうなんだけど……」
「でも夏休み、暇だよね」
そうなのだ。宿題はあるし、狙われている
が、家に閉じこもっているのもつまらない。かと言って出かけるような場所も特にはない……。翡翠くんと顔を見合わせていると、琥珀さんが私たちに声をかけた。
「ふたりとも暇なの? じゃ、買い物を頼まれてくれないかな」
「いいよ。何買ってくればいい?」
「焙煎する前の生のコーヒー豆だよ」
生のコーヒー豆なんて、売ってるんだ。琥珀さんは私にメモを渡す。
「ブルマンですね」
「うん。この店は豆の問屋みたいなところなんだよ」
「……ここ、普段は通り過ぎてた。高校の近くじゃん」
翡翠くんが声を上げた。秋ヶ瀬高校の周りは、地味にお洒落な店が多い。カフェ・ドルフィンもそうだ。焙煎前の豆を取り扱っているお店もあるんだな。驚きながらも買い物メモを持つと、出かける準備をする。
「昨日のうちに予約しておいたから、お金払って受け取るだけでいいからね」
「外、紫外線強そうだな」
「真珠、日焼け止めは?」
「貸してくれる?」
翡翠くんに借りて、日焼け止めを塗る。夏の間は汗で落ちやすいけど、ちょっと近所を歩くだけだから平気だろう。
帽子をかぶると、私と翡翠くんは家を出た。
「この辺……だよね」
琥珀さんの地図を見ながら近所を歩く。周りをきょろきょろしていると、コーヒー豆の香りがしてきた。ふと見上げるとーー
「ここか」
『ビーンズラボ』と看板が出ていた。私たちは店内に入る。入口には豆の袋などがあり、雑多だ。
「こんにちは~……」
翡翠くんとふたりで声をかける。店の奥に、ご年配の男性がいた。黙々と作業されているからか、こちらに気づいていないようだ。もう一度、声をかける。
「こんにちは! カフェ・ドルフィンです」
翡翠くんが言うと、店主さんはようやく気づいてくれた。
「お、おぉ……ドルフィンさん? 今日はあのお兄ちゃんじゃないのか」
あのお兄ちゃんと言われるが、お兄ちゃんは琥珀さん、水晶さん、御影さんと3人いる。どのお兄ちゃんだ?
「豆を買いに来るのは、肩までの髪の人だよ」
「水晶さんかな」
「あぁ。髪をひとつに結わいたお兄ちゃんとふたりで来ることもあるけどね」
「琥珀さんと水晶さん、仲いいんだね?」
私が小声で言うと、翡翠くんは怪訝な顔をした。
「仲いいって言うか……アキ兄、ハク兄に依存してるから……みか兄は平気なんだけどね」
「依存……?」
「ブルマンをお願いしていたんですが」
翡翠くんは頼まれていた豆を受け取る。お金を払うとレシートをもらった。
「お邪魔しました」
豆はまだ挽きたてみたいで、香りが袋の外まで漂ってくる。それと、温もりも感じる。ドルフィンに帰ると、店に琥珀さんと水晶さんがいた。
「ただいま、買って来たよ」
受け取った豆を琥珀さんに渡す。
「ハク兄、瓶」
「ありがとう」
紙袋を取り出すと、中身を保存用の瓶にしまう。
「翡翠、真珠くん、お使いありがとうね」
琥珀さんはそう言うと、私たちの頭をなでる。それを見た水晶さんが乱入してきた。
「ハク兄、僕は?」
「水晶……もう大人だろ?」
「僕もなでてよ、瓶出したでしょ!」
翡翠くんはその様子を見て肩をすくめる。
「アキ兄はこれだからなぁ。ハク兄大好きっ子でさ」
「仲良くていいじゃない?」
「……ちょっと鬱陶しい……かな?」
「がーん! ハク兄、そんなぁ……」
冷や汗をかく琥珀さん。水晶さんは大げさなリアクションを取る。端から見てれば兄弟仲も良好だし、悪いことはないと思うんだけどな。所謂ブラコンなんだろうけど。
私は翡翠くんにこっそりたずねた。
「水晶さん、他のご兄弟にはそんなに甘えたりしないよね? 琥珀さんだけ特別?」
「まぁ、次男坊だからね。長男にしか甘えられないじゃない? うちは両親不在だから、尚更ね」
兄弟が多くても大変だな。ご両親不在だったら琥珀さんの苦労の想像がつかない。男5人の長兄として、カフェの運営と家事……。私も両親不在だし、ひとりっ子なのでその気苦労は少しわかる気がする。私の場合、家事は適当だったけど。
午前10時半。琥珀さんは店のブラインドを開く。今日も夏の暑い日差し。気温も35℃を超えるらしい。
琥珀さんと水晶さんは今日はカフェの店番予定だ。私と翡翠くんは特段出かける予定もなかったので、カフェを間借りしてまた宿題をすることにした。御影さんはまた、大学の図書館に行っているようだけど、私たちは昨日のボヤ騒ぎがあったので一旦は遠慮した。
「翡翠たち、夏なのに遊ばないの?」
店に降りてきた鐘くんが勉強している私たちを見て首を傾げる。
「先に面倒なことを済ましておくだけだよ。鐘くんも一緒に宿題しない?」
私は誘ったが、中学生の末っ子はまだまだ遊びたい盛りのようだ。シャーペンをくるりと回した翡翠くんは、何気なくぼやいた。
「真珠は数学オリンピックもあるからなぁ」
そうだ。今月末にはイベントがある。脅迫とか色々あるけど、私は数学オリンピックに出場しないといけない。
一瞬、ため息をこぼしてから、課題に取り組む。宿題は難しくはないけども、量がある。勉強する私と翡翠くんを見ながら琥珀さんは笑った。
「真珠くんも翡翠も偉いね。……水晶は夏の課題は?」
「僕は今、ハク兄の手伝いで忙しいから」
「先に勉強してもいいんだよ?」
笑顔で『勉強しろ』のプレッシャー。それでも水晶さんは、屈さなかった。
「僕はハク兄とカフェの仕事をしていたいの!」
「……大きい弟を甘やかしている場合じゃないけどなぁ。翡翠と真珠くんのほうが偉いよ?」
「うっ……」
弟たちのほうを褒める琥珀さん。水晶さんにクリティカルヒットしたようだ。しかし、水晶さんはにやりとする。
「よしっ! じゃあどちらのほうがハク兄に認められる弟か、勝負だ!」
琥珀さんはまた頭を抱える。私はくすっと笑ってしまった。




