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滝瀬さん家と四則演算  作者: 浅野エミイ


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3-2 滝瀬兄弟の日常~ランチタイム~

 ケチャップを買って帰ると、エプロンをした琥珀さんが待っていた。御影さんに店を任せて水晶さんと一緒に昼食の準備だ。


 翡翠くんの言うとおり、お昼はオムライスらしい。琥珀さんと水晶さんは2階のキッチンで腕を振るう。私と翡翠くんは、ダイニングからその様子を眺めていた。




「真珠くんはアレルギーとかないよね?」


「はい、大丈夫です」




 琥珀さんはボウルに卵、チーズ、生クリームを入れてかき混ぜる。あっ、これ絶対おいしいやつだ。




「翡翠、ケチャップは?」


「今出す」




 ショッピングバッグに入っていたケチャップを取り出すと、琥珀さんに渡す。




 卵液の準備をすると、今度はチキンライス。鶏肉をフライパンで炒めて、ご飯とミックスベジタブル、ケチャップを入れる。トマトの酸味が鼻孔をくすぐる。




 琥珀さんがオムライスを作っている間、水晶さんは隣でサラダの準備だ。レタスをちぎって水にさらし、カットしたトマトときゅうりとともに皿に盛る。ドレッシングはオリーブオイルと塩コショウという、シンプルなものだ。




 水晶さんのサラダが出来上がると、琥珀さんはフライパンで卵を焼き始める。洋食屋さんのように、ふわふわなやつだ。卵をチキンライスの上に乗せると、パセリのみじん切りをふりかける。ケチャップとウスターソースを混ぜたものもかけた。




「完成! 御影と鐘を呼んできてくれる?」


「はーい」




 琥珀さんに言われた私と翡翠くんは、手分けしてふたりを呼びに行く。


 翡翠くんが御影さん、鐘くんは私だ。3階の奥の部屋が、鐘くんの部屋らしい。ノックするが、声は聞こえない。


 ……入ってもいいかな。ガチャリと音を立てて、部屋に入る。窓はシャッターが閉められていて、暗い。ベッドに布団の塊がある。鐘くんだ。




「鐘くん? お昼ご飯だけど……うわっ!」




 暗闇で手を引っ張られてバランスを崩す。思わず前のめりに倒れ込むと、鐘くんに抱きとめられた。




「うーん、うるさいよ翡翠……」


「あ、あの、俺は翡翠くんじゃない……」


「……ん? って……あれ? のわぁぁぁっ!?」




 鐘くんは私を翡翠くんだと思ったらしい。別人と気づいて声を上げる。……声を上げたかったのは私のほうなんだけど。中学生の子どもと言えど、男の子に抱きしめられたんだから。


 ともかく私は鐘くんにお昼ご飯ができたことを告げる。




「ご飯の時間だって。今日はオムライスだよ」


「……真珠か。紛らわしいよ」


「顔洗ったら2階ね?」


「うん」




 それだけ言って、部屋を出る。ーーあぁ、びっくりした。性別を誤魔化しているけど、男5人の住まいに女子ひとりって、結構危ないよな。心臓がバクバク言っている。中学生でも、男の子なのは変わりない。昨日は翡翠くんにも押し倒された訳だし、今のは不可抗力だけど、気をつけないと。




 ダイニングに行くと、鐘くん以外の兄弟が勢揃いしていた。私も席に着くと、さっそくランチだ。オムライスとサラダ。滝瀬家はカフェを運営しているからプロなんだけど、本当に『お店で出された料理みたい』だ。


 オムライスの卵はふわふわだし、生クリームとチーズが入っているからか濃厚だ。




「夏休みの宿題は進んだ?」




 水晶さんがサラダを運びつつ、私たちに聞く。翡翠くんが答えた。




「ぼちぼちかな」


「真珠ならすぐ終わりそうだけどな」




 御影さんはオムライスをスプーンですくいながらつぶやく。……少しひいき目で見られているような気がする。


 翡翠くんな御影さんをじろりと見た。御影さん、翡翠くんが私をライバル視してるって知ってるよね? ギスギスするのは嫌だけど、御影さんに悪気はなかったようだ。




「……比べたわけじゃない」


「どうだか」




 翡翠くんは鼻で笑った。


 鐘くんが3階から降りてくると、6人揃う。大きく口を開けてオムライスを食べる鐘くんの姿は、やんちゃで元気な中学生のまんまだ。




「翡翠くん、午後はどうする? また図書館行く?」




 私が聞くと、翡翠くんではなく水晶さんが口を開いた。




「ふたりが行ってるのって、県立図書館? 大学の図書館にも行けばいいのに」


「大学?」


「うん。夏休みの間、解放してるよ?」


「そうなのか」




 サラダのきゅうりにフォークを刺すと、翡翠くんは私を見た。




「午後は大学の図書館に行ってみる?」


「そうだね、場所が変わればモチベーションも上がるかも」


「みか兄とアキ兄も行く?」


「……物理学のレポートもある。水晶は? 何か大学に用事は?」


「僕は店番してる。人手足りなくなったらハク兄が困るから」


「水晶さんと御影さんは、同じ大学なんですか?」


「うん。近いからね」




 私が訊ねると、水晶さんと御影さんは笑った。ふたりは地元の大学なのか。私は自分のことを振り返る。自分で言うのもなんだけど、私は頭がいい。でも、高校を卒業したあとはどうするかなんて、何も考えていなかった。成績はいいから大学進学はするのだろう。私の意思ではなく、周りの大人の期待なんかもある。大学進学するとして、どこの学校がいいのかなんて、全然わからない。




「……」




 濃厚卵のオムライスとサラダは、一瞬でお腹の中に消えていく。水晶さんと御影さんは同じ大学なのか。琥珀さんもそこの卒業生なのかな。ふと琥珀さんに目を向けると、優しそうに微笑んでいる。




 ーー私の夏休みモラトリアムは始まったばかりだ。

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