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第九話 危急存亡の夏


「ここには夏祭りという文化が存在しないそうですヨぅ。だから今年は二人で花火、見られませんネぇ。まぁ、当分火に関連するものとは縁を持ちたくないってところが正直な話ですが」


 自身の顔を覆っている包帯をさすりながら、すずりは笑った。


「わたしも、火はちょっとね」


 対するわたしは愛宕のことを思い返しながら苦笑いを返した。


「それにしても、来てみれば何てことない場所でしたネぇ。楽園だとか持て囃されてましたけど、娯楽が一切存在しないなんて退屈極まりないですヨぅ」


 きっと高天の地が楽園だという話も、神様の子孫というシステムに不満を出させないために刷り込まれた権力者たちのホラ話だったのだろう。仮に送られた後に真実に気付いたとしても、戻ることなどできないのだから、どうしようもない。


「でも、ここには黄泉の天で見ることすら叶わなかった海があるよね」

「海! 行きたいですネぇ。きっと黄泉の天の市民プールよりも広いに違いありませんヨぅ。それに、海の水は飲めるらしいですヨぅ? 甘いか辛いか酸っぱいかは忘れましたけど」

「仮に味があったとしても、飲みたいとは思わないかな。プールの水だって飲めたもんじゃないし。それはともかく、一目見てみたいのは同感」


 わたしたちは、思い思いに自分がイメージする海像を語り合った。


「貴様らの望み、もうじき叶うぞ。もっとも、ゆっくりと海水浴ができるような状況ではないだろうがな」


 入浴を済ませたばかりの邪岐が上裸のままリビングに入ってきた。


「どういうこと?」

「つらら、貴様には言っただろう。我様は新しい世界を創ると。そのためには構築する場が必要になる。黄泉の天と高天の地の手が届かないところと言ったら、海しかない」

「と、いうことは、私ちゃんたちの次なる目的地は海ってことですネぇ!」

「そういうことだ。来週くらいには出発するから、そのつもりで――」


 と、ここで、インターホンが鳴った。


「誰でしょう、こんな時間に。今日は来客の予定なんてなかったはずです」


 夕食を作っていた邪美はエプロンを脱いで玄関へと小走りで向かった。

 わたしたちは何となく、リビングの端によって、玄関から見えないように気を付けながら、会話を盗み聞こうとした。


「あら、インスペクターさん、こんばんは。何のご用ですか?」

「いえねぇ、お聞きしたいことがあって伺ったまでなんですけど。どうやら、数日前、黄泉の天から一人の少女が姿を消したようでして。それで、まさかとは思うのですが、高天の地に無断で入り込んでいるのではないかと疑惑がかけられてましてねぇ。何か、ご存じでないですか?」


 聞き覚えのある声だと思ったが、気のせいだろうか。ただ分かることは、この女性が話している少女とは、わたしのことだということ。

 このインスペクターと呼ばれた女性は、わたしのことを探している。そう直感した。


「……さぁ。皆さん仮面を被っているものですから、ここ数日少女に会ったかどうかも覚えていません。そもそも、黄泉の天には門番の愛宕がいるでしょう。少女一人があの子を突破できるとは思えません」

「ええ、そうなんですけどねぇ。彼女、少女に頗る弱いという話ではないですか。言いくるめられる可能性がないとも言えない。それに、それにですねぇ。愛宕、彼女はあなたが創った子でしょう。そこがなんとも、こう、臭ってきてましてねぇ」

「わたくしを、疑っているのですか? インスペクターさん」


 いつもの落ち着いた声に怒気を含ませた邪美に、わたしたちは息を呑んだ。


「いえいえいえ。まさか。何か知っているのならば、教えていただきたいだけですよ。まぁ、その調子だと、知っていても教えてくれなそうだ。出直しましょう」


 息を殺して見守る、否、聞守っていたわたしたちは、荒事にはならなそうだったので胸をなで下ろした。しかし、インスペクターが去り際に残した言葉が、わたしたちを凍り付かせた。


「ではこれで。……そういえば、来客がいるのですか? このサイズがバラバラの靴、全てあなたのものってわけではないでしょう。ふむ、ふむ。行方不明の少女は15歳とのことですが、足のサイズもちょうどこのくらいでしょうねぇ」

「邪推はよしてください。昔の馴染みが来ているだけですよ」

「ですか。まぁ、そういうことにしておきましょうか。では今度こそ、これで」


 ドアが閉じられる音が聞こえ、わたしたちは止めていた呼吸を再開させた。


「クソっ。迂闊だった。アイツ、もう確信しているだろうな。明日にはまた来るに違いない」

「今の人、つららを捕まえようとしているんですよネぇ。早く逃げましょうヨぅ」


 分かってはいた。黄泉の天から高天の地に無断で行くことが犯罪であることは。けれど、すずりに会うためだったのだ。後悔なんて絶対にしない。まぁ、刑罰は避けられないか。


「たしか、数千万も払わないといけないんだったっけ。どうしよう、そんなお金持ってないよ」

「阿呆か! 何呑気なことを抜かしている。いや、知らないのも無理はないか。いいか、罰金で済むのは、黄泉の天の法律だ。だが、高天の地における法律はそんな生易しいものじゃあない」

「え? 高天の地だと、どうなるの?」


 一拍おいて、邪美が答えた。


「高天の地に無断で立ち入った場合、よくても死刑です」

「よくても、死刑!?」


 ――お尻に激しい痛みを感じ、わたしは回想をストップさせた。

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