表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

第八話 別れは会うの始め


「おい、どういうことだこれは! 説明しろ邪美! いや、邪美は今来た貴様か……。ではこの仮面の女は誰だ? 口調は貴様そっくりで、神の証明である垂飾も持っている。何がどうなってる?」


 状況が読み込めずパニック状態の邪岐。

 冷静に見えて、その実全くそんなことはないと、愛宕の件で理解したつもりだったのだが、この狼狽した様子は普段の(まだ知り合って間もないが)邪岐からは想像すらできない。とはいえ、わたしも動揺していないといえば嘘になる。

 そういえば、この仮面の女性は、一度として自分が邪美だ、などと名乗っていなかった。ただ、邪岐から、ここが邪美という神が暮らしている家だと、そう聞いていただけだった。


「仮面、もう外してもいいですよ」


 そう言われた仮面女性はおずおずと自分の顔に手を伸ばし、素顔を露わにした。


「疑り深い性格のわりには、すぐに人の言うことを信じちゃいますよネぇ。気をつけたほうがいいですヨぅ。って前にも言ったはずなんですけどネぇ」


 すずりがいた。

 目の前に、すずりが、いつもの声の、いつもの話し方の、すずりがいた。

 すずりに会ったら、きっとわたしは歓喜のあまり、泣きながら抱きつくかもしれないと思っていた。それを邪岐に見られるのは恥ずかしいな、なんて、そんなことを考えていた。だけど、それどころか、わたしは、すずりを前にして、すずりと再会して、声一つ出すことができなかった。なぜなら、目の前のすずりの顔が、いつも通りとはとても言えなかったから。

 わたしが好きだと言った、目と眉の片側が、包帯で完全に覆われていた。


「と言っても、騙すような真似をしてごめんなさいですヨぅ。でも、発案者は邪美ですから、恨むなら邪美を恨んでくださいネぇ」

「すずり……」


 いつも通りに振る舞おうとしているすずりに対して、わたしは名前を呟くことしかできなかった。

 そんなわたしを見て、すずりは困ったように笑った。


「つらら……。何でこんな所まで来ちゃったんですか? 今の私ちゃんはもう、つららが好きないつもの姿じゃないのに……。見られたくなかったのに、なのに、また会えたことが、こんなにも――」


 今度こそ、わたしは抱きしめた。


「すずり。会いたかった。すずりがどんな姿になっても、わたしは、すずりのこと、ずっと好きだよ。顔だけじゃない。すずりの匂いも、歩き方も、手の形も、全部好き。だから、わたしと逃げよう。この狂った世界から、どこか遠くに、どこか違う場所に、一緒に行こう」


 こんなの、愛の告白じゃないか。と、客観的に振り返ったところで、顔が熱くなった。けれど、わたしの腕の中で肩を震わせているすずりの耳の方が、遙かに赤いのだろう。そう思うと、恥ずかしくもなんともなかった。


「おい、いつまで玄関にいるつもりだ。さっさと入るぞ」


 一段落するまで見守ってくれていた邪岐の、我慢の限界だと言わんばかりに苛立ちを含んだ声によって、わたしは、この状況が第三者に見られていることを思い出し、前言を撤回せざるをえなくなった。撤回どころか、撤退したいぐらいだ。穴があったら入りたい。


「さてさて、いいものも見られたところで、少し早いですが晩ご飯にしましょうか。あ、その前に、結婚式でもしますか?」

「けっこん!?」

「邪美! 勝手なことを抜かすな。そもそも巫女に結婚は認められていないだろう。つららはまだ正式に巫女ではないにしても、剣麻すずりは貴様の巫女なのだろう? しかしまったく、それは反則技ではないのか」

「いやですね、冗談に怒らないでください。こんな頭岩石の人と一緒だったなんて、つららちゃんもさぞかしお疲れでしょう。さ、中へどうぞ」


 喚いている邪岐を完全に無視してわたしに微笑みかける邪美。

 すずりに自分のフリをさせたことといい、この神は少々お茶目なところがあるようだ。愛宕ほど厄介ではないにしても、どうしてこう、神というのは一癖も二癖もあるのだろう。

 そう思ったところで、ある疑問が生まれた。

 なぜ、すずりの首には緑色の垂飾が掛っているのだろう。邪美のフリをさせるために、邪美が貸し出したという見方もできるが、彼女の首にもまた、同じものがぶらさがっている。

 まぁ、再会の喜びに比べれば、こんな疑問は些細なもので、わざわざ問いただす必要もないだろう。


「四人で生活するには狭すぎますが、自分の家だと思ってくつろいでくださいね。我が家の決まり事は、炊事と入浴を全員そろって行うことです。邪岐、あなたも例外ではありませんよ?」

「阿呆か! 四人も入れるような豪勢な浴室ではないだろうここのは。いや、そういう問題ではなくだな!」

「さ、岩石さんは無視して行きましょう。すずりちゃん、つららちゃん」


 邪岐の怒声を背に、わたしは十畳ほどのリビングに案内された。




 邪美の家を訪れ、すずりと再会してから三日経った日の早朝。わたしたちは、荷物をまとめ、神妙な面持ちでリビングに集まっていた。


「本当に、ここから飛び降りるの? ここ三階だよね」

「奴らから逃れるにはそれしかないだろう。怖いなら、我様がお姫様だっこでもしてやろうか?」


 冗談じゃない。身も凍る話だ。

 拒否反応が顔に出ていたのか、邪岐は心外だと言わんばかりに肩を竦めた。


「大丈夫ですヨぅ、つらら。もし着地に失敗して骨折しても私ちゃんがおぶっていきますから」


 ベランダから地上を見て、わたしは身震いした。

 わたしは別に、高所が苦手なわけではない。たかだか10mの高さから地上を見るくらいなら、どうということはなかった。けれど、飛び降りるとなれば話は別だ。

 もし、頭から落ちたら……。想像しただけで腰が抜けそうになる。


「どうします? やっぱり玄関から出ますか?」

「ダメだ。奴らと鉢合わせする可能性がある。いつ来るか分からないが、今この瞬間に来てもおかしくは――」


 その時、インターホンの音が鳴り響いた。繰り返し、繰り返し、警報音のように鳴り続ける。やがて、ドアを叩く音も加わり、近所から苦情がくるのではないかと思うほどの騒音が奏でられ始めた。


「時間がないな。四の五の言ってないで一人ずつ降りるぞ。最初に邪美、貴様が行け。我様は最後に降りる」


 邪美とすずりは何のためらいもなく三階のベランダから身を投げた。

 わたしの番になり下を見ると、無事に着地した二人がこちらに手を振っている。

 わたしは意を決して、危険だったかもしれないが、目を瞑ったまま飛び降りた。

 体が宙に浮いている間、わたしは邪美の家で過ごした数日間のことを思い出していた。すずりとお風呂、すずりと添い寝。そして、すずりの柔らかい唇、は妄想だけれど、久々に癒やされる時間だった。なのに、なぜ、こんな事態になってしまったのか。

 それは昨日のことだった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ