第十二話 白砂青草
沖をゆっくりと進む舟の中。
すずりの頭を膝に乗せた状態で、わたしは邪美から、すずりの真実を聞いた。
すずりは、邪美が創りだした神で、愛宕の妹にあたるらしい。そして、すずり自身は、神様の子孫として高天の地に降りて邪美に出会うまで、そのことを知らなかったという。
なぜ人間として高天の地で生活させていたのかと問うと、邪美は答えた。
「高天の地を滅ぼすため」
すずりが高天の地での生活を送る中、偽の信仰に疑問を抱いた時点で、すずりに真相を伝えて高天の地に攻め込むつもりだったと、邪美が言った。
だが、すずりはわたしと出会った。誰よりも世界を疑っていたわたしと。すずりの分まで、疑問を抱き続けるわたしと出会ってしまった。その所為で、すずりが世界に反逆する契機が一向に生まれなかった。
困ったものだ、と邪岐は唸った。
「本当のところを言うと、我様はすずりを巫女にしようと思い、高天の地へ向かったのだがな。接触しようにも、いつ何時でも貴様が張り付いているものだから厄介極まりなかった。だから、作戦を変更した」
「その作戦が、あの火事……。わたしとすずりを離すために? すずりを黄泉の天へと連れてくるために? なんで? そんなことしなくても、すずりに傷を負わせなくたって!」
「そう激昂するな。黙っていたのは悪かったが、この作戦は我様が決めたことではない。あの火事を起こしたのは愛宕で、愛宕に命令できるのは邪美だけだ」
邪美を見ると、何でもないかのように穏やかな微笑を浮かべている。
腹を痛めて産んだわけではないといっても、自分の子であることに違いはないだろうに。
神様の子孫というシステムを利用してすずりを呼び寄せるために、あの家を燃やし、すずりの顔に火傷を負わせたのか。そもそも、すずりを黄泉の天に住まわせていたのは邪美が仕組んだことだったのだ。それなのに、勝手な都合で、まるで道具のように……。
「誤解しないでください、つららちゃん。わたくしはすずりを大切に思っていますよ」
それはきっと、本心なのだろう。でも、だとしても、彼女の行動を理解するには、許すには時間が足りていないように思えた。
「邪岐さん、あなたのあの言葉も、新しい世界を創りたいと言っていたことも嘘なの?」
「嘘ではない。今もこうして世界を創るための場を探している最中であろう。あの言葉に偽りはない。ただ、本来の予定だと、高天の地を滅ぼしてから世界を創るつもりだったのだがな。すずりがあの調子だったこともあり、それは止めた。ああ、あたかも貴様が巫女にふさわしいみたいな言い回しをしていたが、まぁ、あれは半分嘘みたいなものだ」
「信じられない……」
わたしは、代替品に過ぎなかったというわけだ。
「フン。信じられなくても、信用はしているのだろう?」
それも怪しくなってきた。
「あれ、ちょっと待って。たしか、愛宕みたいな創られた神って、親に巫女がいなければ、能力は使えないって言ってたよね? でも、すずりが黄泉の天に送られて邪美の巫女になる前に、愛宕が能力で火事を起こしたんだから、おかしいよ。これも、嘘?」
「フン。鋭いな。それも嘘だ。我様があの門を通ることは、予め邪美が愛宕に伝えているはずで、戦闘に発展するはずはなかったのだ。だからバレないだろうと思ったのだが。アイツときたら……」
あの火事が愛宕の仕業だとバレないようについた嘘が、庇った相手に暴かれそうになっていたのか。滑稽な話だった。
「はぁ。本物の神だとかいっても、全知全能とはいかないものなんだね」
「そうですね。もしそんな神になれたらと、わたくしも思いますけれど。人も神も、失敗失態だらけの人生、神生でしょう」
「違いない。全知全能なんて、高天の地の『神様』みたいな概念にでもならなきゃ不可能ってものだ」
「ん……。つらら……?」
水使いの神、剣麻すずりの意識が覚醒したところで、わたしたちの舟は孤島に到着した。
それは、島というより山だった。
舟が乗り上げた砂浜から歩くこと5分。わたしたちは鬱蒼とした森の中を歩いていた。
上空には何かが飛んでいて、奇怪な音を出している。
「あれは、鳥ですね。黄泉の天はおろか、高天の地にも生息していないので、わたくしも見るのは初めてです」
周囲を注意深く観察すると、何かが動いているのが見て取れた。ここには、人以外の生き物がたくさん存在しているようだ。
「黄泉の天と高天の地以外にも、世界ってあったんですネぇ」
「とはいえ、この状態のままでは我様たちが生きていけるような世界とは到底言えないがな。ここの生物には悪いが、この場を使って世界を創造させてもらおう」
世界創造の儀式を行うための山登りの末、ようやく頂上が見えてきた。
「貴様ら、儀式中は離れておいたほうがいいから、ここらで待ってろ。よし。すずり、行くぞ」
「えっ。なんで、すずりを連れて行くの?」
「ん? 言っていなかったか? 世界の創造には供物が必要なんだが」
供物?
ちょっと待って。
それって、すずりを生け贄にするってこと?
心臓とともに、思考も停止した。




