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第十一話 土地に叢雲天に風


 朝になり、多少の明るさが戻ってきた時分。岩場を抜けたわたしたちは、海を見た。

 昨日、この川に辿り着いた時は既に真っ暗だったため気付かなかったが、眼前には眩い青が広がっていた。


「これが、海……。市民プールどころの話じゃなかった……」

「すごいですネぇ。水面がチカチカと光ってますヨぅ。こことは違って、随分と明るいですネぇ」


 上を見上げると、黄泉の天の陰が海までは及んでいないことが分かった。


「仮面を被っていれば怪しまれることはないだろうが、いつ追っ手が来るかも分からん。あまりはしゃぐなよ?」


 なんて言われても、砂浜に着いたわたしとすずりは、湧き上がる高揚感を抑えきれない。

 靴を脱ぎ捨て、満ち引きを繰り返す波を素足で感じたり、定期的に繰り返される音に耳を澄ませたり、砂浜に落ちている木の枝を拾ったり。途中からは邪美も加わり、目的を忘れそうなほどに、笑い合った。


「幸いこの時間はワーカーの始業前だから見つかる心配はないものの、呑気すぎないか貴様ら。特につらら、貴様は命を狙われているも同然の状況なのだがな。って、聞いちゃいない。フン。まぁいい。おい、ワーカーが使っている船を見つけたからそれに乗るぞ。体に巻き付けているワカメを捨てて今すぐ来い」


 邪岐の二度目の呼びかけでようやく折れたわたしたちは、船があるという場所に向かった。


「これ、船というよりボートですネぇ」


 すずりの言う通り、この舟は、10人以上乗ったら沈んでしまいそうな大きさだった。


「でも、立派な船倉がありますよ」


 と、全員が舟に乗り込んだ瞬間、船倉から一つの影が現れた。


「あなたたち、ご自分の立場を分かっていらっしゃるのですか? いえねぇ、昨日の夜から私、ここで待っていたのですが、あなたたちときたら、いつまで経っても遊んでばかりで。こんな薄暗い場所で待つ身にもなってもらいたい」


 声から、一昨日、邪美の家に訪問してきたインスペクターだと分かった。

 ワーカーやそれに擬態するわたしたちの白い仮面とは違い、黒い仮面をつけていた。


「出航する我様たちを見送りにきたってわけでもなさそうだな」

「ええ、ええ。そこの、雪上さんを逮捕する必要がありますし、勝手に高天の地を離れようとするあなたたちを見逃すことはできませんねぇ。あ、舟から降りようとしても無駄です。既に囲んであるのでね」


 砂浜の方を振り返ると、黒い仮面を被った人々が続々と押し寄せてきていた。


「フン。だがこの状況が四対一であることは変わらん。そんな中で全員を捕らえることが貴様にできるのか?」


 と言っても、この四人の戦闘能力は皆無だ。目の前のインスペクターがもしも戦闘に長けていたら、すぐに制圧されてしまうだろう。


「いえねぇ。どうせあなたたち極刑は免れないですから、ここで殺してしまっても何の問題もないんですよ。私、追いかけたり捕まえたりは苦手ですがねぇ、殺しは得意なんですよ。相手が神なら特に」


 そう言ってインスペクターは懐から二本の短剣を取り出した。


「まさか、あなたは……。わたくし、聞いたことがあります。二本の短剣で数多の神を屠ったとされる、神堕ろしのカムイ。それが、あなたですか?」

「ははは。そんな名前で呼ばれていた頃もありましたねぇ。今は誰でもない、ただのインスペクターですよ。ああ、その子たちには、こうも呼ばれていましたが」

 そう言ってインスペクターはおもむろに仮面を外した。


「桂木先生!?」


 わたしたちの担任で、聖典の授業を担当していた桂木先生が、凶器を両手に微笑んでいた。


「いけませんよ? あなたたち。剣麻さんは神様の子孫として労働を、雪上さんは高校生として妄信をしているべきだっていうのに、こんなところで何をしているのだか。遙々こんな場所に行かなくてはならない先生のことも考えて欲しいものだ。ああ、神よ。教え子を殺害する私をお救いください」


 そう言って桂木先生が一歩踏み込んだ瞬間、刃がわたしの眼前に迫っていた。いや、確実に、首に狙いを付けられていた。


「つらら!」


 愛宕の火柱から逃れた時のように、邪岐に投げ飛ばされたわたしは、宙に浮かびながらそれを見た。

 わたし以上に吹き飛ばされていく桂木先生と、腕を指揮者のように掲げているすずりを。

 そして、不自然にも突如現れた水の渦を、わたしは見た。


「これは、一体どういう――」


 息つく間もなく、船首で片膝をついている桂木先生を第二波が襲った。

 見間違いだろうか。この水は、明らかに、すずりから生まれている。


「よし今だ! 邪美、貴様はこのオールを使って漕げ! 砂浜から離れるぞ!」


 邪岐はもう片方のオールで、視覚がほとんど機能していないであろうずぶ濡れ状態の桂木先生と応戦していた。


「神堕ろしのカムイ! 貴様だろう、我様たち個神を聖典から削除したのは!」

「ええ、ええ。そうですとも。私は神が憎かった。こんなつまらない世界を創った神が憎くて仕方がなかったんですよ。だから殺して、消して、捏造したんですよ! ああ、神よ、罪深い私をお救いく――」


 水の渦が顔に、邪岐のオールが腹に直撃した桂木先生は、舟からはじき出され、海に消えていった。

 この数分のうちに起こった一部始終を呆然と眺めていたわたしは、すずりが倒れ込んだのを見て我に返った。


「すずり! 大丈夫? それに、さっきの……」

「つらら……。私ちゃん、本当に、神様の子孫だったみたいですヨぅ……」


 そう言い残して、すずりは意識を失った。

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