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病室

 息子が事故に遭った。

 息子が2人とも事故に遭った。

 2人同時に。

 信号を渡ろうとしている時にトラックが信号を無視して突っ込んで来たらしい。

 私はその現場にいることが出来なかったので、目撃した人から聞いただけだ。

 正直、トラックの運転手を憎んでいる。恨んでいる。

 わざとではない、それは知っている。当たり前だ。

 頭では分かっている。だけれど、憎んでいる。

 それも殺したいくらいに。不謹慎な言い方だったが、これ以上に今の私の心情に近いものはない。


 ****が、翔太を庇おうとしたらしい。

 が、それも無駄だった。

 ****が、庇おうと前に出たことにより、トラックの運転手が反射的にハンドルを切ったのだそうだ。

 そして、それが翔太に…。


 ここは病室だ。****の。

 未だに意識を取り戻さない。

 医者からは、

「生きているのが不思議なくらいの重傷」

と、そう言われた。

「いつ意識が戻るか分からない」

とも言われた。


 だけど、私は****の父親だ。息子を信じない親が何処にいるというのだ。いつか必ず意識は戻る。

 そのために延命措置をしている。

 大丈夫だ。私は信じている。


 ****は、どうやら親を嫌っているようだ。つまり、私達を嫌っているようだ。嫌われるようなことをした覚えはない。

 まあ、俗に言う、[反抗期]というやつだ。

 ただ、それでも親は親だ。

 私は、****に嫌われているからといって、****を嫌うような事はない。むしろ嫌ったことなどない。

 家族なのだから。


 2日に一度、ここに通っている。

 あぁ、別に仕事を休んでいるわけではない。仕事を休んでいては、延命措置もなにもあってものではない。

 私の仕事は、タクシーみたいなものだ。

 船のタクシー。

 今は、旅行ラッシュではないので仕事は回ってこない。

 それに、会社が気を遣ってくれているようだ。


「その代わり、****君が意識を取り戻したら、じゃんじゃん仕事回すからな?覚悟しとけよ?」


 私は、いい仲間を持ったようだ。


「あ、それと飯奢ってくれよ?」

 …それくらいお安いご用だ。

「叙々苑な?」

 こんな風に。私の気を紛らわしてくれる。

 そして、私の息子のことも考えてくれている。

 そんな同僚達には、本当に感謝している。


 私は****の手に触れる。

 冷たいのだ。いつも思う。これは本当に生きているのか、と。

 たが、心臓は動いている。鼓動をしている。

 酸素マスクは外せない。

 点滴も外せない。

 寝たきりだ。

 また、動き出すことを心から願う。

 2人も同時になど…そんな事になれば、多分私は正気を保てない。壊れてしまうだろう。


 ****が、商船専門高等学校に入学した。

 ****は、単に近いからその学校にしたのだと言っている。それでも私は嬉しかった。私と同じ仕事をしようとしている息子が。とても嬉しかったのだ。

 だが、その反面、やって欲しくないとも思った。

 私の仕事は、家に帰れないことが多い。家族をないがしろにしてしまう。

 ****が、家庭を持った時、その家族も****も辛い思いをすることになる。

 それは私が気にすることでもないのかもしれないが。


 そして、その1年後に事故に遭う。

 資格を取って、喜んでいた(****は表情を隠しているつもりでいたらしいが、私から見れば破顔してニヤニヤしていた)****を思うと辛くて仕方がない。


 トラックの運転手を憎まずにはいられない。

 私の家庭を一瞬で、奪ったのだ。悪気はないとはいえ。

 たったの一瞬で。病院から電話をもらい、駆けつけた時には手術中のランプが点いていた。

 私はその日、仕事で小学校にいた。船の危険性を教える授業に呼ばれていたのだ。仕事で海にいたと思うとゾッとする。

 私は息子達の大事な時に、駆けつけることもできなかったのかもしれないと思うと、やはり、この仕事を****にやって欲しいと手放しで思う事は出来ない。

 私が言えた義理ではないが、安定した収入と、無理のない労働環境で働いて欲しい。


*************


 今の****は、笑うことも泣くことも怒ることもない。

 それどころか、目を開けることもない。

 しかし、私は信じている。息子を信じている。


 私は少し妄想する。

 ****が目を覚ますと、[反抗期]が治っていたりして、などと。

 別に[反抗期]が治っていなくてもいい。目を覚ましてくれるなら、それだけで…。



 余談だが、普通なら意識不明になってから体重は少し減ってしまうらしい。

 だけど、****の体重は減っていない。

 むしろ21gほど増えたらしい。

 微々たることだが。それだけ変わったから何なのだと聞かれたら、それまでの変化だが。


 私はその21gが何かを意味しているようで、気にかかる。


 21gでは何も変わらないとは思うが、その考えを私の頭は否定する。何かがあるのだと私の頭は、そう捉えている。


 きっとそれは、笑えない何かなのだろう。

 無視できない何かなのだろう。


 …おっと、そろそろ面会時間が終わる。


 明日は妻が、来るはず。

 仕事もあるので、代わる代わる来ているのだ。


 それじゃあ、また会う時に****の意識が回復している事を願って。

ちなみにですが、叙々苑とは、少しお高い焼肉店です。

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