風邪
今の今まで気が動転していて気付かなかったが、体が重い。頭も痛い。そしてなにより体が熱い。
まさか、と思って念のために持ってきておいた体温計で熱を測る。こんな風に熱を測るのはいつぶりだろう?
オレは子供のころからあまり体調を崩すことはなかった。
むしろ幼稚園に通っていた頃はインフルエンザにかかって喜んでいたくらいだ。
だから熱を測るのは久し振りだ。
…まさかフィリピンで熱を測るとは思いもしなかったが。
38度3分。
なかなかの高熱である。
風邪か?
風邪薬も一応持ってきてはいるが…不味いんだよなぁ、あれ。
出来ることなら飲みたくない。
粉薬だし。粉薬って味が口の中に残るから嫌なんだよなぁ。
しかもちゃんと飲めた試しがない。大概、口のどこかに少しだけ残る。あの感覚がまた気持ちが悪い。
そんな事も言ってられないくらいに辛くなってきたので飲みますけど。
コップを取り出して、水を入れる。
やはりフィリピンでも水道は使えるようだ。
あ、これは聞いてみたいのだが、粉薬を飲むときは水を口に含んでから粉薬を入れるのか、粉薬を口に含んでから水を入れるのか、どっちなんですかね?
オレは先に粉薬を口に含む派だ。それから水も口に含んで、一気にゴクンとする派だ。
それでその後、何杯か水を飲む。
じゃないと、口に味が残って嫌なのだ。
取り敢えず薬を飲む。ゴクンと。
あれ?不味くない。てか、美味しい。オレンジの味がする。
最近は子供でも飲みやすいようにしているのか?
まぁ、オレは子供じゃないけど。立派な大人だけど。
【俺】は…もう寝てますね。
基本的には、【俺】とは話さない。用事がある時や、【俺】が暇な時だけだ。
今日は何処にも行けないな。フィリピンを出るのも風邪が治ってからだな。
飯……は、今日はいいや。食欲がない。
昔だったら、お袋がお粥を作ってくれたりしていた。
それを翔太や、親父が持ってきてくれていた。
「お兄ちゃん〜、お粥だよ〜」とか、なんとか言って。両手がお盆で塞がっているからか、足でオレの部屋の扉を開けてきたり。
「行儀が悪いから、そんな事するな」って言ったら、ムッとして、「お兄ちゃんが風邪引かなかったこんな事せずに済んだのにな〜」だったっけ?
恩着せがましいにも程があるだろ。
そして熱が下がったら、「お兄ちゃん熱下がって良かったね〜!」と、あいつは笑って言ってくる。
「看病ありがとな」そう言うと、「そう思うならお小遣いちょうだい!」
お前…まさかそれ目当てで?
「当たり前じゃん!見返りもなしに僕が働くとでも思ったのかい?」
それ何処で覚えた?「昨日のドラマでやってたよ〜」 ドラマの見過ぎだ。
「ぼくがドラマを見ているのではない」…また何かが始まったみたいだ。
「ドラマが僕を見ているのだ」
一瞬だけカッコいいと思ったけど、よく考えたら意味不明だわ。それは、何処で覚えた?
「漫画で読んだ!」 ちょっとその漫画貸しなさい。お兄ちゃんが処分してくる。
ここまでが一連の流れ。いつもやっていた。
いつも家族が世話をしてくれた。家族とはそういうものなのかもしれない。
迷惑をかけてもいい唯一の繋がりを、家族と呼ぶのだとオレは思う。オレは迷惑のかけ方を間違っていたのだが。
そして今。この世界には。家族がいない。
つまり風邪を引いても、世話をしてくれる人はいない。
…風邪ってこんなに辛かったんだな。
たかが風邪でも独りだと侮れない。
独り暮らしとか、大変なんだろうな。とか考えてみたり。
結婚とかしたほうがいいのかな?とか考えてみたり。
結婚するなら優しい人がいいな。とか妄想してみたり。
オレって結婚出来るのかな?とか焦ってみたり。
風邪になると余計な事まで考えてしまう。
それは例えば、トラックの事。
それは例えば、この世界の事。
それは例えば、翔太の事。
それは例えば、家族の事。
弱気になって、不安になって。
ここは死後の世界?
オレは死んでいるのか?
翔太は本当に…?
両親にはまた会えるのか?
いろんな事が頭の中を駆け巡る。翔け巡る。
行き交って、生き交って。
行きたくて、生きたくて。
この世界で死ねば、元の世界に戻ったりするのかな?
この世界で死ねば、家族に会えるのかな?今までゴメンなさいを言えるのかな?今までありがとうを言えるのかな?
この世界で死ねば、翔太に会えるのかな?
風邪になると余計な事まで考えてしまう。
風邪になるとよく分からない事まで考えてしまう。
え?結局何が言いたいかって?
決まってるだろ。オレの言いたい事は一つしかない。
風邪って思ったより怖いよね。




